第134話・嘲笑う執着心
言葉の表現が酷いので、ご注意下さいませ。
青年の悟った発言に、理香は何も言えなくなった。
否。その悟り切った表情を見てしまえば、その言葉を聞いてしまえば。
ある意味、芳久なりの無言の圧力なのかも知れない。
しかし青年には
言葉を失わせる程の説得力がある様に思う。
___それが青年の能力なのかは分からないけれど。
「散々振り回してごめん。ありがとう。
理香、疲れたでしょ。もう家に戻って休んで」
「___分かった。でも何かあったら、連絡して?」
「ありがとう」
そう言い残して、理香は芳久から離れ
部屋を後にすると、不意に廊下の壁に持たれかかる。
目を伏せて内心溜め息を着いてから、我に返ると不思議に思う。
(___どうして、人の面倒を見ていたのかしら……?)
自分自身は、他者に関心も興味はない筈。
けれど不意に我に返った瞬間に何故、と思い浮かぶ。
元々人と関わる事は苦手で避けてきた筈なのに、
何故、無意識に他人の領域に踏み込んでいたのだろう。
憂鬱染みた眼差しを伏せたまま、
無意識的に鞄を漁り、携帯端末を取り出す。
スイッチボタンを押しても、画面は暗い。
刹那に理香は気付いた。思い返せば
病院に向かった際に電源を落としたっきりだった。
故にだいぶ月日が経っているだろう。
理香は必然的に携帯端末の電源を入れた。
自分自身の人間関係は限られているから、
あまり携帯端末に連絡は入らない。
だが。
理香は伏せていた目を見開く。
携帯端末に入ってきた連絡の数は膨大だったからだ。
電話は数分を挟みながら一日に何十回、
それだけはなく脅迫文とも取れるメールが数件。
理香は指先でスクロールさせながら全ての着信履歴、メール内容を冷めた眼差しで見詰めた。
“____逃げるつもり? 許さないわよ、あんたはあたしの所有物なんだから”。
“____大人になったからって良い気になってるの? 所詮は何の力もない小娘の癖に”
____あたしに従わないならあんたに価値は無い。そろそろ帰らないと危険な目に遭わせるわよ”。
案の定、その電話もメールも全て森本繭子からである。
繭子からの連絡を一つ一つを確認していく度に哀れみと冷めた眼差しと心情を向け
仕舞いには全てを確認した後は、鼻で嘲笑った。
(貴女のしつこさは、変わらないわね)
脅迫めいた、こんな事な執拗な連絡でもしない限り、
娘に振り向いて貰えない、偽りの虚勢を張った哀れな女。
相変わらず執着物には異常さを見せる所は、強制されなくとも
自然と飽きれ、果てには絶句する程に呆れる。
昔は、こんな事に傷付いていたのか。
そう思うと馬鹿らしくなる。
だが。
(___私が、こんな貴女に執着するなんて、ね)
12年前、とっくの果てに
他人にも人にすら興味が失せた癖に自分は何故、こんな悪魔に執着するのだろう。
けれど引き下がれないのだ。意地とも呼べる執念と恨みと憎しみは消えはしないのだから。
画面をスクロールさせ、
改めて内容を確認していると突然画面が切り替わる。
マナーモードにしている影響で携帯端末が震えた。
通話を知らせる画面、表示された名前。
理香は冷めた微笑をする。
そして、また来た。___悪魔が。
「____はい?」
『____あんた、人を無視してどんな神経してるのよ!!』
初端からまるで鼓膜を突き破る様な、怒号。
繭子の声を聞いた途端に疎ましく鬱陶しく感じる。
相手は怒りに浸透にしているだろうからと理香は予め携帯端末を耳に寄せては居らず、離していた。
「___随分と怒っているんですね」
『あんた、何様のつもり!? 母親からの連絡を無視し続けるなんてどういう神経してるの!?』
「___…………」
「貴女と接する以上、普通の神経では付き合えないわ」
自然と、嫌味と皮肉混じりの冷たい呟きが溢れていた。
理香の冷め切った声音は、案の定、繭子の憎悪と気分を逆撫でしていた。
『なんですって!? まるで人を異常者みたいに言って!!」
「………………(この人に付ける薬はこの世に無いわね)」
「良い!? 話があるから今から家に来なさい。早くね!!』
今の時刻は、深夜二時。
大体の人も草木も寝静まっている時刻だ。
わざわざ人に足を運ばせて深夜に呼び出すとは。
否。自分本意に、自己中心的に世界が回っている悪魔には関係の無い事だと悟るが、呆れ果て、みるみる心が冷めていく。
「___こんな深夜に人を呼び出すなんて、非常識ですね」
『煩い!! 子供は母親の言う事を聞く生き物なの。
それを逆らうなんて、あんた……どんな神経をしているの!?』
頭が怒りに沸騰している人間には、言葉は届かない。
今も電話越しにやいやいと話を聞くのも鬱陶しいのだが、
これを無視でもすれば殊更ややこしくなるだろう。
(一体、無一文のこの人は何がしたいの……)
相変わらず、身勝手な人間だ。
そう理香は思いながら、内心嘲笑い、心がみるみる冷めてゆく。
だが。良いだろう。この際、売られた喧嘩を買ってやる。この女を野放しにはさせはしない。
「分かりました。ご自宅に向かえば良いんですね?」
『そうよ、早く来なさい! これ以上、身勝手な事を、あたしの声を無視したら許さないから。良いわね!』
「____………」
一方的に電話は途切れた。
ツーという無機質な音を聞きながら、理香は鼻で嘲笑う。
(___許さないから?)
あんたに、そう言われる権利も筋合いもない。
何時も理不尽で身勝手な理由で振り回していく。今まで、許されない事をし続けてきた癖に。自分自身の非の行いを認めないのが悪魔らしい。
許しを下すのは、悪魔ではない。
寧ろ、許しを下すのならば天使の方であろう。
(____身の程知らず。貴女が私を許さないのならば
私も、貴女を許さない)
まだ、復讐は終わっていないのだから。




