第105話・謎の記者との出会い
(____そろそろ、立ち直らないと)
仕事も長らく休んでしまった。
内心はまだ衝撃の余波の名残りが佇んでいるが、
しかし、ずっとこんな確証が得られない物事に執着し続ける訳にも、調子のままでも居られない。
そろそろ立ち直らないければ。
ふと、携帯端末が鳴る。
手を伸ばして、内容を見れば
携帯端末の着信には、『記者』の表示されていた。
記者から連絡は無かったからか驚きを見せながら、
理香は着信を取り、電話対応をする。
「はい」
『こんにちは。今、宜しいでしょうか?』
「__はい。構いません。用件は何でしょうか」
何処から、上手く行かなくなかった?
あれだけ、何もかも順調に物事が行って居たのに。
何処で何を間違えてしまったなんて、自己中心的で
プライドの高い繭子にとって、自分自身の落ち度を認められない。
だが。
出来るだけ記憶を手繰り、思い返してみる。
順風満帆に生きてきた繭子にとって上手くいかなかったのは娘だけ。
まるで娘は自分自身を否定するかの様なアンチテーゼの存在。
居なくなった異父姉をまた見詰め続けないといけないのか。
今度は“異父姉”ではなく、“実娘”として。
嫌気と共に彼女は、繭子は忘れかけていた憎しみを思い出させた。
だから。
八つ当たりかの様に、その憎しみを返すかの如く、
娘に、憎しみだけをぶつけてきた。
(そう言えば、あの子が現れてからだわ)
繭子の脳裏に浮かぶのは、あの女。
__椎野理香だ。
椎野理香が現れてから、
順風満帆な性格に戻っていた繭子の環境も何かも全てが全て一辺した。
自分自身や会社の不正には目を凝らしていたのに
あっさりと情報漏洩には気をつけていたのに何処からか、
JYUERU MORIMOTOの情報が世の中に流れてしまった。
今まで、誰にも知られずに済んだ事が今更になって。
それは何故だ?
(___まさか、ね…)
疑ってしまった。
椎野理香が、
自分自身から全てを奪った首謀者だなんて。
けれど、辻褄が合う。
自分自身が知りえない事を彼女は知っていたし、彼女は
JYUERU MORIMOTO社長室にも出入りしていた唯一の人間だ。
疑う余地はある。
まさかと否定していく度に心が、どんどん青ざめていく。
繭子は、呆然自失としてソファーに座り込んだ。
『___今回の記事はどうでしたか? 読まれましたか?』
「___はい。目を通しました」
物腰の低そうな記者に、冷静なまま理香は言葉を返す。
担当記者ではないが、初めて森本繭子の裏での情報を伝えたのが白石だった。
直接的に会った事は無いが、森本繭子の情報を提供する為に電話での会話をする関係だ。
今回の記事の内容について話しところで
白石は軽く本題へ身を乗り出した。
『一度、お会いしたいと考えているのですが』
白石記者の言葉に、理香は呆然とする。
一度、会ってみたい。
今まで電話越しでしか会話した事ない相手。
彼女はどんな姿をして、どんな人物像なのか。
そして誰も知りえない森本繭子の情報を何故、彼女は知っているのか。
まるで、箱に注ぐ花弁が溢れ、溢れてしまう程に。
記者としてもだが、一人の人間として
森本繭子という欲望の女の裏を暴いて破滅まで追い込んだ彼女の人物像に好奇心すら抱いてしまう。
一人の人間を破滅させるまで追い詰めるだけ追い込んだ
彼女は、冷酷非道で強かで大した人間だと。
その姿はまるで、サイコパスの様だ。
電話越しだけではなく、直接
会って見てみたいという感情が浮かんだ。
そして聞きたい。まだ森本繭子の裏での情報を。
白石もまだ森本繭子の穢れた情報を飲むにはまだ足りない。
白石記者の申し出に、理香は目を泳がせて
一瞬、迷いに心が揺らいで、どうするべきか考えた。
きっと真剣な声音から嘘ではないだろう。
一瞬、躊躇したが、腹を括る。
「__分かりました。何時が良いですか」
『___私が支えになりますから』
あの柔い頬笑みが、背筋が凍ってぞっとする。
彼女が必要だ。そんな事を思い繭子は椎野理香を欲した。
懐いてくれ、献身的に傍に居てくれた彼女を自分自身も可愛がっていた。そして名誉回復の為に彼女を利用しようとした筈で__。
けれど。
もしも、彼女が、自分自身を堕ちる様に仕向けたのなら?
信じたくない。まさか。彼女が、椎野理香が陥れたのなら。
そもそも彼女は、何者なのだろうか。
何の舞いぶれもなく彗星の如く、椎野理香は現れた。
嫉妬する程の天才的で完璧な何事も長けた才能も、慈愛に満ちた性格も。
そもそも彼女は何者なのだ。
他人の筈に、献身的に繭子を支えていた。
探偵を雇い通して探っても、何も分からなかった人物。
繭子は手を握り締めて歯軋りする。
途端に込み上げてくるのは、怒り。
もう思い込んだら、止まらない。
アイツだ。アイツのせいだ。
なだらかな昼下がり。
記者との待ち合わせは、あるカフェだった。
ゆったりとした静観なカフェから見える街並みに視線を向ける。
ついつい癖で予定時間より早めに来てしまったからか、
まだ時間がある。待っている間、文庫本を読みながら、
理香は白石記者を待っていた。
「___君かな?」
「はい?」
声がした瞬間に、視線を向ける。
現れたのは、凛とした端整な顔立ちと雰囲気を持つ優しそうなラフな私服姿の男性だった。
ラフな出で立ちに、一見見ても、記者とは思えない。
「__君が、椎野理香さんですか?」
「はい。私が椎野です」
(___誰かに、似ている)
白石は、内心驚いてデジャウに襲われる。
目の前に待っていたのは、柔くおっとりとした顔立ちと雰囲気をした女性。
彼女は淡く微笑んでいる。
初めて会った。
けれど、その顔立ちを見た瞬間に何処かで違和感を感じた。
どうも初対面な気がしないのだ。何処かで会った気がする。
それはなんとなく、という感じではない。
確かな気がしてならないのだ。
だが、
(誰だ? 誰に似ている?)
そう思っても、確証が得られない。
気のせいだろうか。
固まったままの白石に、理香は首を傾け問いかける。
「___どうかしましたか?」
「あ、いえ。すみません。なんでもないです。
美人だったので見とれてしまっただけです」
「………そんな」
口説き文句を言って、はぐらかす。
感じたデジャウと違和感は、何だったのだろう?




