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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第8章・追う度に深まる謎
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第102話・破滅を避ける者、逃げる者



何処まで、追い詰めればいい。


あの女を、破滅へと追い込んだ結末は何がある?




「___簡単に、貴女は堕ちたりしないって思っていたのに」




なのに。



あの女は、悪魔は、堕ちた。

あの欲望の塊を実体化したような悪魔だったから、簡単に罠を仕掛けても堕ちたりしないと思っていた。

けれど自分自身が思っていたよりも、相手は脆かったらしい。


マスコミの、森本繭子への熱は再加熱していた。

連日連夜、森本繭子の自宅や会社には張り込んでいるし、

ワイドショーでは話題が持ち上がる度に熱を帯びた討論が繰り返される。


悪魔の計画も精神も乱した帳本人である理香は、

冷めた眼差しで無情に悪魔を見詰めているだけだった。






真っ暗な部屋。

森本邸のカーテンは全て締め切られ、中は見えない。

記者は極寒の寒さにも負けず、森本邸の前に張り込みを続けていた。



そんな記者の存在に気付きながらも

どうしようか、と繭子は塞ぎ込む。

もう言い訳も何も出来ない。今の姿は自分自身の恥を晒すだけだ。

そんな事はプライドが許せなかった。

けれど為す術もない。


(こんな惨めな姿を晒すのは、もう嫌よ……)



ふと思い浮かぶのは、あの彼女。

彼女がまた何か力になってはくれないだろうか。

自分自身の名誉回復と知名を再び、上げる為に。




_________プランシャホテル、理事長室。



怪訝な面持ちでプランシャ理事長は、グラフを睨む。

タブレット端末に掲載されているのはJYUERU MORIMOTOとの協同ブランドの成績と売上のグラフ。

案の定、思わしくない。


森本繭子の騒動があってから、提携先のプランシャホテルも風評被害及び、提携会社として白い目で見られている始末だ。

提携経営を結んでいる事も良く思われてはいない。

ただプランシャホテルの評価を下げられる事は頭の痛い話で、目を背けたかった。


(______JYUERU MORIMOTOを突き放せば、高城の株も評価も保たれるだろうか?)


原因が分かっているのなら、その毒素を突き放せば良い。

ならば提携を解消する、という形を取っても良いのではないか。

このままでは悪環境のまま、時が進んでいくだけだ。

そんな事は避けたい。


高城の株や、名を落とすのであれば。

だったら、原因の毒素を突き放せば良いだけの話だ。



「___失礼します」



軽いノックの後に、入ってきたのは芳久だった。

二人の表情は固い。が、やがて英俊は微笑を浮かべながら


「__ちょうど良いところに来たな。話がある。座れ」

「___解りました」



















「__スープ煮、ありがとう。美味しかった」

「………なら良かった」


貸した水筒を返して貰う。

遠慮なんて良いのに、水筒は綺麗に洗われてあった。

完全に理香の自己流だが相手の口に合っていた様だ。



水筒を持ったまま伏目がちに

呆然としている理香に、芳久は内心、思った。




彼女は走り過ぎだ。

森本繭子への執着と熱は、止まる事はない。

だが。短期間であれだけ母親から全てを奪い追い込む術を彼女はやり遂げた。

欲望の女王という森本繭子が、這い上がれない程に。


次は何をやるのか分からないけれど。




(__内心、何処かで疲れてるんだろうな)




相手にも、現実にも常に気を張っていなければならない。

その重荷も、苦労も解る。現に芳久も似た様な立場にいる。


「___あまり、無理するなよ」

「___してないわ。無理なんて」


肩に手を置いて、青年は去っていく。

理香は青年が置いた肩に手を置いてから、また目を伏せる。


壊され、冷たい心になったのなら、もう誰かの温かさなんて要らない。

どうしても人の温情には違和感を覚えて、何処かで拒絶している自分自身がいる。

人の温情は孤独を望む理香を、(さうぎ)ろうとしていた。



しかし、時折にして

人の温情に後ろめたさを感じるのは否めない。





知らない方が良いのに。

けれど。青年を見ていると最近は、別の__何か違和感を感じた。



「……芳久」

「なに?」


呼び止められた青年は足を止め、復讐者の方へ振り向いた。

繊細な美貌に浮かんだ憂いの横顔。

頬杖を着きながら、理香は呟く。



「無償の手料理、ってどんな味がするの?」



理香の問いかけに、芳久は固まる。

手料理とはどんな味だと聞かれても、どう答えていいのか。



自分自身にとっても、それは未知だ。

ちらりと伺い見た彼女の表情は何処か真剣で、はぐらかせそうにもない。

けれども確定出来る結論を言える訳でもない。



「……決まりなんてないんじゃないかな」

「え?」


「料理は作り手によって味は違うし、それにほら………」


言葉に迷う。

芳久の表情を見た後で、理香は視線を伏せて話を紡ぐ。


「………私は、母親の手料理は食べた事がないから。

自分自身で作れる様になってからは作った事しかなかった」

「………そうか」


母親の手料理なんて、理香は口にした事がない。

自分自身が作るばかりで、母親が料理を作っている背中も

何も見てすらいない。そもそも彼女が料理を出来るのかさえ知らないのだ。



だから幼少時、母親に今日の夕飯は?と、

無邪気に聞いている同級生の子が内心、羨ましく思えた。

あの子達は優しい母親の元、無条件の母親の愛情の込もった手料理を当たり前に食べている。


否。母親から与えられる愛情も、手料理も、寧ろ当たり前なのだ。

子供にはその権利がある。




憂いの横顔を見せ、昔話を語る理香を伺いつつ

芳久は窓際に座りながら、珈琲に視線を向ける。



「………俺はさ。手料理なんて、

もう数十年食べていないし、もう食べれない」

「……………」



もう優しい母の手料理は食べれない。

懐かしいとしか感想を言えない。けれど忘れたくないのに

年を重ねるにつれ母の手料理の味は、記憶から遠退いていく。


「母さんが亡くなってから手料理とは無縁でさ。

今の母さんは怪我をしたくないっていう理由から料理を作らない主義の人なんだ。だから一番も食べた事はない」

「………そう」

「………でも。理香にぶち破られたよ」

「え? 私が?」


きょとん、とした眼差しと表情で、此方を不思議そうに見詰めてくる。


「理香が、スープ煮作ってくれたでしょ。

久しぶりに手料理を食べたんだよ。あれってさ。

考えてみたら無償の手料理だろう?」

「…………そうなのかしら。……よく分からないわ」

「じゃあ、俺が勝手にそう思っておくよ」


理香は首を傾ける。

青年の言葉は解らない。だが、なんだか笑えてきた。





『____森本社長、お久しぶりです』

「はい。ご無沙汰しています………」


女社長の声は震えていた。

英俊は理事長室の窓から見える夜景を見ながら、少し微笑する。

もう、否、高城の_プランシャホテルの評価を下げるのなら、

そんなものは要らない。


『___一度、会食しませんか?

提携会社でもあるのにも関わらず、会食した事も会った事もないでしょう。

“今後”について、ゆっくり話したいんです』



その言葉に繭子は、どんどん青ざめていく。

震えが止まらない。


それは

繭子が、今、恐れている事だ。



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