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うっかり最強暗殺者の生存戦略 ~冒険者になりたかっただけなのに、なぜか裏社会の伝説になりました〜  作者: ヤマザキゴウ


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7.初仕事

「え?! えぇ?! これ、やっぱりよくないよね……?」


 漆黒の闇が支配する深夜の街路。ルイスは、重厚な館を囲む白い漆喰の外壁にぴったりと背を預け、冷や汗を流しながら葛藤していた。


 脳裏に浮かぶのは、あの「暗殺者ギルド」で突きつけられた最初の依頼書。


 ――『プエルト商会の会頭を殺せ』


(いやいやいやいや! 人を殺すなんて絶対にダメでしょ! でも……断ったら僕が、処理される……!)


 あのギルドマスター・ヴィクターの冷徹な眼光と、「脱退者は抹消する」という恐ろしい鉄の掟が、絶えずルイスの背筋を氷のように冷やす。


 だが、どれほど悩んでも解決策など浮かぶはずもない。

 結局、意を決したルイスは夜陰に紛れて大邸宅の広大な庭園へと忍び込んでいた。


 草木を揺らす夜風の音と、秋の虫の鳴き声が不気味に混ざり合う。ルイスは足音どころか呼吸の気配すら完全に遮断し、影そのものとなって広大な芝生を疾走した。


 庭園のあちこちには、厳重な甲冑や剣を身につけた雇われの用心棒たちが巡回している。しかし、茂みから茂みへと風のように移動するルイスの姿を捉えられる者など、誰一人としていなかった。


(うぅ……でもやっぱり、人殺しなんて英雄のやることじゃないよなぁ……)


 潜伏した茂みの中で、ルイスの心は千々に乱れていた。


 己の命が惜しいからといって、罪なき人の命を奪う。そんなものが、幼い頃に思い描いた「正義の体現者」や「誇り高き勇者」の姿であるはずがないのだ。

だが、その時――。


「誰だッ!? そこに誰かいるのか!?」


 ざっ、と甲冑の擦れる音とともに、巡回中の用心棒の一人が、ルイスの潜む茂みへ鋭く松明の火を向けた。

 ルイスは咄嗟に息を呑み――


「ニャ〜〜〜ン♪」


 と、祖父から叩き込まれた完璧な周波数の鳴き真似を披露した。


「なんだ……野良猫か……」


 用心棒は警戒を解き、深くため息をつくとそのまま去っていった。


(ふぅ……危なかったぁ……!)


胸を撫で下ろしたルイスは、再びシュタタタタタ! 疾走すると、無音の跳躍で闇を纏い、邸宅の二階、明かりの漏れる窓の下へと取り付いた。


 凹凸の少ない垂直の外壁。しかし、幼少期から過酷な深山で木登りに親しんできたルイスにとっては、階段を上るよりも簡単な作業だった。カサカサと壁を這い上がり、そっと窓の中を覗き込む。


 室内では、数人の男たちが重苦しい空気の中で話し合いを繰り広げていた。どうやら話し合いはかなり煮詰まり、荒れているようだった。


 壁にしがみついたまま、ルイスは耳を澄ませる。


「はっ! グレイブ一家が宣戦布告だと!? ああ! いいぜ、受けて立とうじゃねえか! 我らプエルト商会を舐めた代償は、血で支払ってもらうぞ!」


「しかし会頭! このまま全面戦争に突入したらどうなるか……!」


「バカモン! もう手遅れだと言っているのだ!」


「ですが、もし『帝国憲兵騎士団』に例の裏事業のことまで勘づかれたら、我々は一発で終わりですぞ!?」


「だからッ! そのためにあの強欲な議員を巨額の金で抱き込んだのだろうがッ!!」


 怒号と怒鳴り声が飛び交う室内。


 ルイスの脳内で、それらの言葉が素早く組み合わさっていく。

 幼い頃から大量の英雄譚や勧善懲悪の物語を読み漁ってきたルイスの直感が、一瞬で結論を弾き出した。


(あ……コイツら、とんでもない悪党だ!!)


『憲兵騎士団にバレたらヤバいこと』をやっている時点で完全なギルティである。


 それに、故郷の村で祖父が言っていた言葉が、鮮烈に脳裏に蘇ってきた。


 ――『ルイスよ、よく聞け。世の中にはな、物語に描かれる以上の悪が存在する。それも、とびきり根の腐りきった奴らがな……』


 ――『えー? 爺ちゃん、いつも『物語と現実は違う』って言ってるクセに、変なのー』


 反論した幼いルイスに対し、祖父は冰のように冷たい眼光でこう続けたのだ。


 ――『……いいか。人語を発するだけの、獣がいるのだ。もし、そのような悪に出会ったなら――』


(うん、爺ちゃん! 僕、出会っちゃったかも!)


 ルイスの胸の中にあった迷いや罪悪感が、まるで憑き物が落ちたかのように一瞬で消え去った。


 祖父から口酸っぱく教え込まれた、あの金言の続き。


 ――『迷うことはない。殺せ――』


 ルイスは穏やかな、澄み渡るような気持ちで再び窓の中を覗き込んだ。


 ちょうど室内からは大半の男たちが退室していき、豪華な革張りの椅子に腰掛ける男の後頭部だけが残されていた。上質な衣服を纏い、威厳に満ちた背中。


(よしっ! 正義の天誅だ!)


 ルイスは懐から愛用のナイフを引き抜くと、窓の僅かな隙間に刃を差し入れ、カチャリと鍵を押し上げた。


 静かに窓枠を開け放つ。

 夜風が不意に室内へと吹き込み、机の書類を揺らした。異変を察知した椅子の中年男が、驚愕の表情で振り返る。


「ッ!? な、誰だ――!?」


 それが、彼の生涯最後の言葉となった。


 ルイスの手から放たれたナイフが、空気を切り裂く必殺の軌道を描き――男の首元へと深々と突き刺さった。


「ブグッ……!? こ、コォォォォ……ッ!?」


 凄まじい大量の血を撒き散らし、喉を押さえて悶絶する男。


 ……だが、月光に照らし出されたその姿を見たルイスの顔から、一瞬で血の気が引いた。


 男が着ていたのは、豪奢な会頭の服ではなく、シワひとつない、燕尾服。


(ちょ、ちょっと待って!? 思わず投げちゃったけど……え!? この人、商会長じゃなくて……執事さんじゃねえええええッ!? ヤバいヤバいヤバい!!)


 一瞬で脳内が未曾有のパニックに包まれる。時すでに遅し。

 ルイスは窓から室内に滑り込むと、血の海に倒れる男に駆け寄った。


「ねえ!? 大丈夫ですかーっ!? え、ヤバくね!? マジで!? ちょっと待って!!」


 必死で執事の首元を押さえ、血を止めようとするが、ルイスの手の隙間からどくどくと溢れ出す真紅の液体。


「ング……ッ! ぐ、ぐはぁッ……!」


 ゴボリと大量の血反吐を撒き散らし、燕尾服の男は急速にその瞳から光を失っていく。


(……え、ヤバ……僕、人違いで全然関係ない執事さん殺しちゃった……!? いやいやいやいや! いやいやいやいやおかしいって!!)


 過呼吸になりそうなほどのパニックの中、ルイスの脳は凄まじい現実逃避のギアを叩き込んだ。


「う、うん! 大丈夫! 大丈夫だよオジサン! これしきの傷、死にはしないって! うん、大丈夫! 執事さんは死なない! そうだよ、ね!? 大丈夫だよね!? 本当はまだ生きられる! そうだよ、家では可愛い娘のソフィアちゃんとマリーちゃんが、お父さんの帰りを待ってるんだからぁぁぁ!!」


 脳内で瞬時に二人の架空の娘――ソフィアとマリーを創り上げ、必死の妄想で現実を塗りつぶそうとしながら、ルイスは首からナイフを引き抜いた。


「ぐフッ……」


 それが、執事の真の最期だった。

 男の身体から完全に力が抜け、ガクリと頭が垂れる。


(……うん。……死んだっぽい。……いや、これ本気でマズいってぇぇぇぇッ!!)


 ルイスは冷たくなっていく死体の周りを、頭を抱えてグルグルと高速で旋回し始めた。


 悪党を裁くのはいい。

 爺ちゃんの教え通りだ。

 だが、今自分の手で殺めてしまったのは、ただ指示に従って働いていた無抵抗の執事のおじさんなのだ。


 これでは冒険者でも英雄でも勇者でもない。

 ただの不注意で人を殺した「最悪のポンコツ殺人鬼」ではないか!


(どうしよう……! 帝国憲兵騎士団に捕まったらどうなっちゃうの……!?)


 激しい恐怖と罪悪感により、ルイスの「脳内劇場」が最悪のバッドエンドを上映し始めた。


『被告人ルイス! 罪なき執事を殺めた大罪により――生きたまま火炙りの刑に処す!!』


 帝都の薄暗く重厚な大審問廷にて、冷酷な裁判官から死刑判決を下される自分。


 荒野の処刑場へ引きずり出され、怒り狂う大衆から大量の石を投げつけられる。

 衆人環視の群衆の中には、育ての親である祖父が心底失望した目で自分を見つめ、知り合ったばかりの麗しき少女・リリィが「汚らわしい……」と冷ややかな蔑みの目を向けている。


 更には――


『お父さんを返せ! この悪魔!』


『地獄に堕ちろッ!』


 ルイスの妄想の中にしか存在しないはずの執事の娘、ソフィアとマリー(架空の存在)が、ボロボロと涙を流しながら殺意に満ちた目で石を投げてくる。


 処刑台の柱に縛り付けられ、足元の薪に無情にも火がくべられた。


 めらめらと黒煙を上げて燃え上がる業火が、己の身を焼き尽くそうとしたその瞬間――!


『僕はぁぁぁぁ! 王都でカッコいい冒険者になりたかっただけなのにぃぃぃぃーーーッ!!』


「ハッ……!?」


 劇的な脳内シミュレーションから、過呼吸気味に現実に引き戻されたルイス。


 その直後――ドアの外から、怒号と荒々しい足音が迫ってきた。


「なんだ今の叫び声は!?」


「旦那様! どうなされましたッ!?」


「中に誰かいるぞ!!」


 バンッ!!

 と激しい音を立ててドアが蹴破られる。


 踏み込んできた強面の用心棒たちが目にしたのは――

 血に染まった鮮血のカーペットと、静まり返った『誰もいない室内』だけだった。

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めっちゃヤマゴウだな
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