13.純然たる殺意
ルイスは目抜き通りを、なるべく日陰の壁際に身を寄せ、コソコソと足早に歩いていた。
その脇に抱え込むようにして、なにやら重厚な黒革の大きなバッグを引っ掛けている。
(ヤバいヤバいヤバい! こんな物騒極まりないブツを所持してるってバレたら、即座に憲兵さんに包囲されて首を跳ね飛ばされる……ッ!)
すれ違う人々の視線や影にいちいち怯え、まるで己存在を世界から消し去ろうとするかのように気配を極限まで殺し、ささささーっと影から影へと通りを急ぐ。
思えば『ユーリー・バウト工房』では、実に濃密で夢のような時間を過ごさせてもらった。
高級な紅茶をご馳走になり、刃物マニアとして目の保養以外の何物でもない至高の高級ナイフたちをひとしきり見物させてもらい(なんと二時間以上もアレやコレやと穴が開くほど眺めていた)、工房長のユーリー氏とも、いつしか「この鋼の鍛えが〜」「柄の重心バランスが〜」と熱い刃物談義に花を咲かせてしまったのだ。
なんでもユーリー氏自身は鍛冶師というわけではなく、世界各地の腕利き職人から委託販売を引き受けている『裏の武器商人』というのが彼の真の素性らしい。
それを聞いた瞬間——。
(ぶ、武器商人……っ! 別名……死の商人……っ!!)
と、またしてもルイスの読書で培った無駄すぎる知識の歯車がグルグルと爆速で回り出した。
戦のあるところに、どこからともなく現れては権力者に大量の兵器を売りつけ、さらには敵対する陣営にもまったく同じ兵器を売りさばく。
時には自らの莫大な利益のために政治的・軍事的な盤面を裏から巧みに操作し、戦争の火種を人工的に生み出しては武器を売り、稼いだ大金でさらに恐ろしい兵器を買いつける。
一切の倫理や社会意義を置き去りにした、悲しき資本主義に取り憑かれた冷徹無比な怪物……という凄惨なイメージを勝手に膨らませていたルイスだったが、いざ膝を突き合わせてみれば、ユーリー氏は実に話のわかる「気さくで親切なおじちゃん」という印象に180度塗り替えられていった。
別れ際には、なぜかルイスの手を固く握り締め、
「ありがとう……私は生まれてこの方、神など信じたことはないがね。君という素晴らしい存在がこの帝都に現れてくれたこと……今日初めて神に感謝したよ」
などと感無量といった面持ちで熱烈な抱擁を交わされ、手土産に最高級の茶葉まで持たせてくれた。
そして何よりも——この、脇に抱えたとんでもなく物騒な『殺傷兵器』を快く融通してくれたのだ。
さらには、あの至高の刃物が整然と並ぶ夢のような空間が一目で気に入ってしまったルイスに対し、
「いつでも、また遊びにおいで」
と優しく微笑んでくれたのだから、田舎から出てきたばかりの素朴な青年ルイスにとって、あのユーリー氏を好きになるなと言う方が無理な話であった。
だが、目下の最大の懸念はただ一つ。
――この、やべぇブツ。
このバッグの中身「凝縮された純粋な殺意の塊」を、一刻も早く宿の自分の部屋へと運び込むことだ。
ガシャンガシャンと音を立てて巡回警備を行う憲兵騎士団の鎧の軋み音にいちいち心臓を跳ねさせ、冷や汗を流しながら、命からがら宿屋を目指す。
どうにかこうにか辿り着き、宿屋の重い木戸をそっと開けて滑り込むと、ルイスはようやく安堵の深いため息を吐き出した。
その時である。
「ルイスさん?」
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!??!?」
絶叫と共に天井まで跳び上がり、慌てて振り返ると、そこにはホウキを手にした不思議そうな顔のリリィが立っていた。
バクバクと早鐘を打つ心臓の動悸を悟られまいと、ルイスはすかさず前髪をファサ……とキザになでつけ、爽やかな笑みを引きつらせた。
リリィはと言えば、可憐な首をちょこんと傾げながら尋ねてくる。
「今日は、お夕食はこちらで召し上がりますか……?」
だが、その愛くるしい瞳の奥底には——。
(こいつ……あの会員制の武器商から、一体何を調達してきやがった……?)
という、観察的な思考が蠢いていた。
しかし、そんな恐ろしい裏の顔など露知らず、ルイスはと言えば。
「あ、ああ、リリィちゃん! うん、いただくよ……ぜひお願いするよ……!」
どうにか動揺を隠し、紳士を気取って言葉を紡ぐ。
(あっっぶねー……っ! いや、ちょっと待てよ? こんなご禁制の品をこの宿に持ち込んで、もし万が一憲兵のガサ入れでもあったら……リリィちゃんにまで多大な迷惑がかかっちゃうんじゃ……!?)
どこまでも呑気というか、的外れな優しさを発動させてハラハラするルイス。
「かしこまりました! では、準備ができたらまたお呼びしますね!」
リリィは完璧な営業スマイルで返答する。
しかし、その愛くるしい微笑みの裏側に隠された真の思考は——。
(殺す……。ギルマスからは『監視のみ』と命じられているけれど、帝都暗殺者ギルドの不動のエースはこの私だ……!)
溢れんばかりの純粋な殺意をルイスの背中に向けいていた。
だが、ルイスはと言えば。
「ありがとね〜!」
可憐な美少女の満面の笑みに完全に絆され、鼻歌交じりのルンルン気分で階段を上がっていくのだった。
……しかし、自室に入った瞬間、ルイスの表情からゆるみが消えた。
素早く扉をガチャリと施錠し、窓辺へ駆け寄ると厚手の遮光カーテンをシャッ! シャッ! と隙間なく閉め切る。
そして、大事にぶら下げていた例の黒革バッグをベッドの上にそっと横たえた。
ゴクリと唾を飲み込み、留め金を外す。
少し震える手で、それを開く。
中から現れたのは、鈍い光沢を放つ黒黒とした金属製のパーツの山だった。
ルイスはそれらを慎重に一つ一つ取り出し、真っ白なシーツの上に手際よく並べていく。
一見すると、どこかの高度な鍛冶道具か、細工師が使う特殊な工具セットのようにも見えた。
だがルイスは、淀みない手つきで、先ほどユーリー氏からみっちり伝授された組み立て手順を脳内で再生しながら、カチン! カチャリ! とパーツ同士を組み上げていく。
そして最後に、極細の鋼線を撚り合わせた頑丈なワイヤーを、しなやかな金属製プレートの両端へとひっかけ、全身の腕力を込めてグッと引き絞り、美しく湾曲させた。
——完成。
組み上がったのは、遠く東大陸で開発され、王国のドワーフ技師たちがその技術を模倣・改良し、この帝都へ極秘裏に密輸されたという最新鋭の長距離殺傷兵器——クロスボウであった。
【連射式小型クロスボウ:試作改型】
・全長:650 mm(ストック展開固定時)
・全幅:420 mm(アーム展開時)/ 310 mm(コッキング時)
・本体重量:2.4 kg(未装填時)/ 2.7 kg(ボルト満載時)
・装填数:6本(着脱式トップマガジン構造)
・使用材質:高弾性複合強化アーム、軽量鍛造オリハルコンフレーム、耐摩擦強化樹脂
これは、従来の「弓」の概念すら根底から覆しかねない凶悪な兵器だ。
特別な訓練を受けていない素人であっても、ただ引き金を引くだけで、数十メートル先のフルプレートアーマーを着込んだ重装騎士すら容易に射貫くことができる、無慈悲なる殺意の具現化。
出来上がった凶器を見つめ、ルイスの額を冷たい汗がスッと伝い落ちた。
(な、なんか……僕、ただ『ロックバードを狩るための弓』を探していたはずなのに……とんでもなくヤベーもん売ってもらっちゃった気がする……っ!)
狩猟用の素朴な弓の持ち込みすら厳禁されているこの帝都で、こんな国家機密レベルの殺人兵器を所持していることが発覚すれば、縛り首どころか公開処刑は免れない。
……しかし。
男という生き物の哀しいサガか、その鈍い金属光沢と洗練された機能美、圧倒的な「秘密兵器感」に対し、ルイスの少年心が猛烈に「格好いい……っ!」とときめいてしまうのを止められなかった。
(え〜、どうしよう〜! こんな凄いの手に入れたら、やっぱり実際に外で試し撃ちに行ってみたいなぁ〜! でも、いくら郊外の森でも、こんな凶悪な武器使ってるの見られたら速攻で憲兵さんに通報されるのかなぁ〜……!)
ベッドの横で「う〜ん、う〜ん」とクネクネ悶絶していたルイスだったが、ついに我慢の限界が訪れた。
「うーん、試し撃ち……、してみたいなぁ」
ルイスは部屋の中をキョロキョロと見回す。
しかし、当然ながらこの狭い木造の客室で本物のボルトを放てば、壁を貫通して大変な惨事を引き起こす。
(やっぱり、実際に撃つのは街の外に出てからじゃないと無理かぁ〜)
ルイスはあっさりと矢の装填を諦めた。
しかし、一度火がついた"ごっこ遊び"の衝動は収まらない。
ルイスは素早く踏み込み、カチャリ! と両手でクロスボウを構えた。
そして、かつて読んだ冒険小説のハードボイルドな主人公になりきり、渋い低音ボイスで囁く。
「……フッ。そのナイフを引き抜くより先に、俺の矢は六本、正確にお前の心臓を撃ち抜くぜ……? どうだ? 試してみるか……?」
壁に向かって完璧なキメ顔を作り、ひとり悦に浸る三文芝居。
……しかし。
そんなルイスのおバカな一人芝居が向けられた、まさにその壁の真裏——隣の隠し部屋では。
(ちっ……!! 気づかれたッ……!??)
壁に耳を当て、仕込みナイフを握りしめていたリリィが、恐怖に顔を跳ね上げさせていた。
ルイスが部屋に入り、無防備になった隙を狙い、壁の隠し扉から滑り込んでその寝首を完璧に刈り取る手はずだったのだ。
だが、壁の向こうの怪物は、隠し扉の存在も、自分がナイフを握りしめたタイミングすらも完全に察知し、死の予告を叩きつけてきたのだ。
(くっ……! なんなのよ、アイツっ!!)
リリィは背中に冷や汗を流しながら、音もなく静かにナイフを収め、気配を殺して後方へと撤退していった。
……そんな命がけの誤解が壁一枚隔てて展開されていたことなど、露知らず。
ひとり満足したルイスは「ふぅ、カッコよかったぞ僕!」と自画自賛すると、組み立てたクロスボウを大事に机の上へと置いた。
「さーて! リリィちゃんが呼びに来るまで、一眠りしよっ!」
ベッドへダイブして横たわると、わずか三秒後には「すや〜〜……すぴ〜〜……」と無邪気極まりない可愛らしい寝息を立て始めていたのだった。




