表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢のインフラ改革 ~ハリボテ魔法で国を直して成り上がる~  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/10

第5話 商会決起集会と、癒やしのマッサージチェア

ドサッ、と重い音がした。


「局長!?」


私が振り返ると、都市計画局の執務室の床に、キース局長が倒れていた。

彼は書類の山に埋もれるようにして、ピクリとも動かない。


「キースさん! しっかりしてください!」


駆け寄って抱き起こす。

体は熱いのに、顔色は紙のように白い。

呼吸は浅く、目の下のクマはもはや「クマ」というより「殴られた痕」のように濃くなっていた。


「……う、うう……予算が……決裁印を……」


うなされている。

完全に過労だ。

ここ数日、彼は私の作ったインフラ設備の事後処理や、各所への根回しで、一睡もしていないようだった。


このままでは死んでしまう。

私は咄嗟に判断した。

ここ、役所に置いておいたら、彼は目が覚めた瞬間に仕事を始めてしまうだろう。

強制的に休ませる場所が必要だ。


「……私の家に運びます!」


   *   *   *


数時間後。

私の屋敷こと元廃屋の居間にある長椅子(ソファ)に、キースを寝かせた。


天井には相変わらず「青空の背景画」が嵌め込まれており、夜なのにそこだけ真昼の陽光が降り注いでいる。

その光の中で、キースがゆっくりと目を開けた。


「……ここは? 天国か?」

「私の家です。残念ながら現世ですよ」


私が濡れタオルで彼の額を拭くと、キースはバッと跳ね起きた。


「いかん! まだ商業ギルドへの回答書が……! 王都の景観条例の改正案も!」

「ダメです! 寝ててください!」


私は彼の肩を押し戻した。

普段なら大の男を押し留めるなんて無理だが、今の彼は生まれたての子鹿のように弱っていた。


「体、バキバキじゃないですか。こんな状態で良い仕事なんてできません」


触れた肩の筋肉が、まるで鉄板のように硬い。

血流が滞っているのが服の上からでも分かるほどだ。

これでは頭痛もするだろうし、思考力も落ちるはずだ。


「……だが、休んでいる暇はない。君の『クマの蓋』のせいで、商会連中が作者に会わせろとうるさいんだ」

「えっ、私のせいですか?」

「良い意味でな。物流が改善した礼を言いたいらしい。……だが、君を奴らに会わせれば、どんな無理難題を押し付けられるか分からん。俺が止める」


キースはこめかみを揉みながら、苦しげに息を吐いた。

私のために、そこまでしてくれていたなんて。


胸の奥がギュッと痛む。

私にできることはないだろうか。

彼の疲れを取り、この岩のような凝りをほぐす方法は。


ありますね。とっておきの癒やし道具(アイテム)が。

前世の記憶。

温泉施設の休憩所にあった、あの黒い革張りの椅子。

硬貨を入れると極楽へ連れて行ってくれる、現代技術の結晶。


「キースさん、ちょっと待っていてください。貴方の体を治す『特効薬』を作りますから」

「薬? 調合の知識もあるのか?」

「いえ、物理療法です」


私は部屋の中央、空間が空いている場所へ移動した。

イメージするのは、最高級の「全自動按摩(あんま)椅子」。

重厚な革の質感。

背中、腰、足を包み込む形状。

そして内部には、巧みな動きをする「揉み玉」と、血行を良くする「温熱魔具」。


「『舞台装置生成(ステージ・クラフト)』――セットNo.99、極上癒やしの(ヒーリング・シート)!」


ドォォォン!


重々しい音と共に、部屋の中央に「それ」が鎮座した。


「……なんだ、それは」


キースの声が震えている。


「自動按摩椅子です。座るだけで全身の疲れを取ってくれますよ」

「……按摩椅子?」


キースは眼鏡の位置を直し、まじまじとそれを見つめた。


そこにあるのは、黒光りする巨大な箱型の椅子だ。

体を固定するための革ベルトや、腕を挟み込むためのカフがついている。

そして、背もたれの部分からは、揉み玉代わりの「突起」が何本も突き出していた。


前世の記憶にある按摩椅子を再現したつもりだが、私の手癖の悪さが災いしたらしい。

黒い革は不気味な光沢を放っており、突き出した突起は鋭利な杭に見える。

全体的な影の(シルエット)が、どう見ても――


「……処刑道具か?」

「違います! 癒やしの椅子です!」

「あの突起は? 背骨を砕くための杭に見えるが」

「ツボを押すための指圧機構(ユニット)です!」

「腕を挟む部分は? 拘束具だろう?」

「加圧用です!」


キースは青ざめた顔で後ずさった。

あんなに疲れていたのに、恐怖で少し元気になっている。


「セレナ……俺は君のために働いてきたつもりだ。何か恨まれるようなことをしたか?」

「してませんよ! もう、騙されたと思って座ってみてください!」


私は強引に彼の手を引き、椅子へ誘導した。

キースは「くっ、殺せ……」と言わんばかりの顔をしていたが、抵抗する体力もないようだった。

彼を座らせ、起動石(スイッチ)を入れる。


ウィーン……ガシャン。


「ひっ」


椅子の背もたれが倒れ、キースの体を水平にしていく。

同時に、腕と足がカフによって固定される。


「待て、動けない! これはやはり尋問用の……」


「施術開始、『極楽揉み解し』の儀!」


ボボボボボ……!


椅子全体が微振動を始めた。


「う、おおおおおお!?」


キースが奇声を上げた。

背中の突起が、背骨の両脇にある筋肉を正確に捉え、グリグリと回る。

ふくらはぎのカフが収縮し、鬱血した足を下から上へと絞り上げる。

首元では、温かい魔力の風が吹き出し、凝り固まった神経を温める。


「ど、どうですか!?」


私は心配になって顔を覗き込んだ。

もしかして強すぎただろうか。


キースは目をカッと見開いていた。

口は半開きで、眼鏡がズレている。


「……あ……あ……」

「痛いですか? 止めますか?」

「……いや……止め、るな……」


キースの表情が、みるみるうちにとろけていった。

恐怖に引きつっていた頬が緩み、眉間のシワが消え、まるで魂が抜けたような恍惚の表情になる。


「……すごい。石のようだった背中が……溶けていく……」

「でしょう! 見た目は怖いですけど、中身は優しい子なんです!」

「……ああ……そこだ……肩甲骨の内側……神よ……」


キースは完全に「椅子」に身を委ねていた。

拘束具だと言っていた腕の部分も、今では心地よい圧迫感として彼を包んでいる。


十分後。

施術が終了し、椅子が静止した。

キースはすぐには起き上がらなかった。

起き上がれないのだ。

全身の力が抜け、粘液魔物(スライム)のように椅子と一体化している。


「……生きてますか?」

「……ああ。生まれ変わった気分だ」


キースがゆっくりと体を起こした。

その顔色は、先ほどまでの土気色が嘘のように、健康的な赤みが差していた。

目の下のクマも心なしか薄くなっている。


「信じられん。一晩眠るより回復した気がする」

「良かったです。この椅子、差し上げますから、役所の執務室に置いて使ってください」


私が提案すると、キースは真顔で首を横に振った。


「いや、それは無理だ」

「えっ、なぜですか?」

「執務室にこんな『鉄の処女(アイアン・メイデン)』みたいな椅子があったら、部下が恐怖で逃げ出す。俺が悪の組織の首領だと思われてしまう」


「む……意匠(デザイン)は再考します」


私が唇を尖らせると、キースはふっと笑った。

その笑顔は、今まで見た中で一番自然で、柔らかいものだった。


「ありがとう、セレナ。体だけでなく、心も軽くなった」


彼は椅子から立ち上がり、私の頭にポンと手を置いた。


「君はいつも、俺の予想の斜め上を行く。……だが、君がいなければ、俺はとっくに潰れていただろう」


大きな手が、私の髪を優しく撫でる。

その体温が伝わってきて、私は急に顔が熱くなった。


「わ、私は……ただ、貴方が倒れると、私の契約が破棄されそうで困るから……」

「ふっ。そういうことにしておこう」


キースは眼鏡を掛け直し、キリッとした表情に戻った。

でも、その瞳は優しく私を見つめていた。


「さて、回復したからには仕事だ。……と言いたいところだが」


彼はチラリと「拷問椅子」を見た。


「もう一度(ワンセット)、頼んでもいいか?」

「ふふっ、どうぞ。延長料金は高いですよ?」


「国庫から払おう。それだけの価値がある」


再び椅子に吸い込まれていく有能な都市計画官を見ながら、私は小さく拳を握った。

見た目はともかく、性能(スペック)での勝利だ。


窓の外では、夜明けの光が差し込み始めていた。

私の「変な魔法」が、この国を少しずつ、確実に変えている。

そんな予感と共に、私も長椅子の隅で、泥のように深い眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ