第八夜 猫をさがせ
クイーン
安堂家(実家)に飼われている三毛猫。かにかまが大好き。
名前は有名なレジェンド探偵からいただいて理真が名付けた。他に「思考機械」と「隅の老人」も命名候補として挙げられていたが、由宇の意見も聞き入れてこの名前に落ち着いた。
登場作品『三毛猫クイーンの冒険』『猫の心地よい場所』他
理真のお母さん
料理が得意でいつもやさしい理真の母親。夫は元新潟県警捜査一課の刑事だったが、理真が幼い頃に殉職している。
理真が事件捜査に介入することを、心配しつつも認めているのは、父親の血が娘に受け継がれていることを嬉しく思っているためなのかもしれない。
登場作品『サイキ大戦殺人事件』『三毛猫クイーンの冒険』他
こんな夢を見た。
「おじゃましまーす」
誰もいないと分かっているが、私はいつもの癖でひと声かけ、安堂家の玄関で靴を脱いで廊下に上がった。
私は理真から鍵を預かって、ひとり彼女の実家にやってきたのだ。平日のこの時間、宗は高校に行っているし、理真のお母さんも急用で出かけていると理真から聞いていた。
今夜の安堂家の食卓は鍋だそうだ。普段、この家に居るのは理真のお母さんと宗の二人だけのため、鍋をやるには少しばかり寂しいということで、私と理真もお呼ばれ(理真は実家だが)したのだ。理真は原稿の締め切りが迫っていて(珍しく)忙しいため、先に私だけお邪魔して鍋の下ごしらえをしておこうということだ。
スリッパを履いて居間に入る。先ほど私は、「誰もいない」と言ったが正確には違う。安堂家の飼い猫クイーンがいるはずだ。クイーンは完全室内飼いの猫のため、外に出ることはないし、そもそも戸締りをしているから外出のしようがないのだ。
居間に出されているこたつの中を覗いたが、クイーンの姿はない。今の季節、クイーンは一日のほとんどをこの中で過ごすはずなのだが。まあ、いいか。
さてと。私は居間から続きになっている厨房スペースへ行き、冷蔵庫を開けて鍋の具材を確認した。バラ肉、白菜、長ネギ、糸こんにゃく、豆腐、締めのうどん。ここに私が買ってきたウインナーを加える。これは理真のリクエストだ。まあ、鍋なんてスープに具材を投入するだけだから、下ごしらえといっても材料を切るくらいしかない。白菜や長ネギを切り分けるなんて、数分もあれば終わってしまうだろう。……そうだ。私は入れたばかりのウインナーを冷蔵庫から取り出した。ウインナーをタコさんにしておいてやろう。私は一本ずつウインナーを切断して、タコの脚になるよう切れ込みを入れていく。そんな地道な作業に熱中していると、
「ん?」
二階から物音がして、私は包丁を動かす手を止めた。さてはクイーンだな。今は二階に上がっているらしい。気にせずに、私はタコさんウインナーを量産する作業に戻った。が、
「待てよ」
再び包丁を止めた。私がいる居間の上は宗の部屋のはずだ。物音は確かに真上から聞こえてきた。ということは、クイーンは宗の部屋に入り込んでいるのか? 私は包丁と作製途中のタコさんウインナーをまな板に置くと、手を洗って廊下に出た。クイーンのことを可愛がっている宗だが、自室に愛猫を入れることは決してない。というのも、以前クイーンが宗の部屋に入った際、棚の上に跳び乗って、彼の大切なプラモデルを何体も床に落としてしまった前科があるためだ。安堂家で宗の部屋にクイーンが入ることは禁忌中の禁忌なのだ。ここは私が止めなければ。
階段を上がりながら思う。それにしても、クイーンが入り込んでいるということは、宗のやつ、今朝は慌てていて部屋のドアを完全に閉めずに登校したということなのか? 階段を上がりきって見ると案の定、宗の部屋のドアは数十センチ開いた状態となっていた。私はそのドアを全開にして、
「クイーン!」
室内に声をかける。昼間とはいえ、カーテンが閉ざされているため部屋は薄暗い。私は壁のスイッチを入れて照明を灯す。が、視界に猫の姿はどこにもない。肝心のプラモデルが並んでいる棚を見てみたが、床に落ちていたり倒れていたりというものはない。宗のコレクションが被害を被らずに済んだことはよかったが、クイーンはどこに消えたというのだろうか? 私が来る前に、すでに宗の部屋をあとにしていたのか? 私は照明を消すと廊下に出て――当然ドアはしっかりと閉める――宗の隣の部屋に目をやった。その部屋もドアが数十センチ開いている。ここは実家暮らしをしていた頃の理真の部屋だ。今は、宗がプラモデルを作る際の工房として使われている。姉には無許可だ。
「クイーン、ここか!」
私は工房(元理真の部屋)のドアを開け放つ。タンスや使わなくなった家具が壁際に並び、作りかけのプラモデルや塗料の瓶などの工具が載った座卓が中央に位置している。照明を点けてみたが、ここにもクイーンの姿はない。製作途中のプラモデルにも、特段荒らされた様子は見られない。タンスの上なども確認したのち、部屋を出た私の耳に、再び何かの物音が飛び込んできた。今度は階下からだ。いつの間に一階に? 私は階段を駆け下りる。
どこからだ? 私は居間へ駆け戻る。襖が数十センチ開いていた。あの向こうは仏間だ。私は襖に飛び付いて引き開ける。畳敷きの六畳間、その奥には床の間と、理真の父、安堂哲郎の写真が立てられている仏壇が。ここでも照明を点けて確認してみたが、三毛猫は発見できない。仏壇が荒らされていないことに安堵して、私は居間に戻った。
「帰還したのか?」
私は床に伏せてこたつ布団をめくる。が、やはりクイーンはそこにはいない。と、背後で音がした。厨房スペースのほう――
「――タコさんウインナー!」
私は跳ね起きて流しに飛び戻った。タコさんウインナーを三毛猫から死守するために。が、私の心配は杞憂に終わった。まな板の上に載ったタコさんウインナーは、作りかけのものも含めてすべてが無事だったのだ。ふう、と胸をなで下ろした直後、私はクイーンの捜索を再開することにした。もうここまで来たら意地だ。何としても放浪する三毛猫をとっ捕まえてやろう。どこだ? 今度はどこに消えた?
――! 廊下から物音! 逃がさんよ! 私は脱兎の如く居間を飛び出すと廊下を走った。クイーンの姿はないが――と、そこに、
「ただいまー」
玄関から声が聞こえてきた。理真のお母さんの声だ。私は三毛猫の追跡を中断し、お母さんを出迎えることにした。
「お邪魔してます」
「由宇ちゃん、こんにちは。悪いわね。夕飯の下ごしらえをしてくれてるんですってね。理真から聞いたわ」
「いえいえ……」
材料を切るだけですから、と言い掛けて、私は言葉を止めた。理真のお母さんが片手に提げているバスケットを視認したためだ。見覚えのあるそれは……。あのバスケットの用途は、確か……。
「よいしょ」理真のお母さんは、そのバスケットを廊下に置くと、「健康診断の予約を入れていたんだけど、私、すっかり忘れちゃっててね。慌てて病院まで行ってきたのよ。何も問題ない、健康そのものですって」
理真のお母さんがバスケットの蓋を開けると、ひょっこりと頭を出した安堂家の飼い猫、三毛猫クイーンが「にゃー」と鳴いた。




