第七夜 赤と緑の謎
城島淳一
新潟県警捜査一課警部。管内で起きた事件に対して理真の出馬を要請するか否かの判断は、主に城島によってなされている。警察内に少なからずいる、民間探偵の捜査への介入を快く思っていない警察官たちからの防波堤の役割も担っている、理真のもっともよき理解者。
登場作品『サイキ大戦殺人事件』『殺人鬼いろは』他
安堂宗
理真の弟。高校一年生。
姉譲りの推理力を発揮して、学園で起きた事件をいくつか解決した実績を持つ。決め台詞(?)は「食いしん坊探偵と呼ばれた、安堂理真の名にかけて!」
登場作品『恋はチョコほど甘くない』『歳末の探偵―そして温泉へ』他
こんな夢を見た。
「被害者は、デザイン会社に勤めるウェブデザイナーの男だ。ナイフで胸をひと突きされて、ほぼ即死状態だったらしい」
城島警部は私たちに事件の概要を説明した。私と一緒に話を聞いているのは理真――ではなく、彼女の弟、安堂宗だった。
いかな理真の弟とはいえ、殺人事件の捜査を高校生にさせていいのか? という当然の疑問が頭をよぎったが、「夢だからいいか」と私はすぐに納得した。それにしても、警部が呼んだのがどうして理真じゃなくて宗なんだろう? これも夢の作用?
城島警部の話は続き、
「真正面からナイフを突き立てるという犯行方法から、犯人は被害者と顔見知りだった可能性が高く、当然、強い殺意を抱いていたはずだ。その条件に合致する人物が捜査によって浮かんできた。
まず、商社に勤めるサラリーマンの狐島櫂狸。被害者とは、ある女性をめぐって鍔迫り合いをしていたのだが、その女性は最終的に被害者を選び、そのことを未だに根に持っているという。
職場の同僚の赤柳善次。被害者とはとにかく折り合いが悪く、事あるごとに諍いを繰り返していたという。あるとき、赤柳の作ったウェブサイトを被害者に酷評され、怒り心頭に発して「殺してやる」と発言したことがあったそうだ。
個人経営のウェブデザイナー、森目黄太郎。以前は被害者と同じ会社に勤めていたのだが、会社を通さずに個人で仕事を請け負っていたことを被害者に見つかり、それがもとで退職を余儀なくされたということだ。会社の看板なしで個人が仕事を取るのは想像以上に難しく、自業自得とはいえ、密告した被害者のことを相当恨んでいたらしい。
食品会社事務職の山牛緑。以前は被害者と付き合っていたのだが一方的に振られたらしい。本人としては年齢的に結婚も視野に入れての付き合いのつもりだっただけにショックが大きく、振られてから一週間近く仕事を欠勤するほどだったという。
建設作業員の家路大策。被害者とは高校時代からの知り合いだ。ギャンブル好きで常に金に困窮しており、被害者から十万単位の借金をしている。その返済が滞っていることをSNSを通じて会社の人間たちに暴露され、社内で立場がなくなったと恨みを抱いていた。
以上の五人だ」
「その容疑者たちにアリバイはあるんですか?」
宗が訊くと、
「確認できたものはひとりもいないな。それも含めての容疑者というわけさ」
「なるほど」
「それで、だ」城島警部は口調を改めると、「今回、理真くんではなく宗くんに捜査を依頼したのはだな……」と懐に手を入れて、「発見された死体は、こういう状態になっていたからなんだ」
取りだした写真を私たちに見せた。
「……これは」
「……なんですか?」
宗と私は、その写真を凝視して呟いた。胸にナイフを突き立てられた被害者が俯せに倒れている。そして、その両手には、
「人形……ですか?」
私の言葉に城島警部は頷いた。被害者はその両手に一体ずつ人形を握りしめていたのだ。しかも、ただの人形ではなかった。一方は赤色、もう一方は緑色をしている。これは、もしや……。
「拡大したものが、これだ」
警部は二枚の写真を追加で開示した。間違いない。私は詳しい名称までは知らないが、これは……。
「『リュウモウジャー』ですね」
私は漠然と「戦隊もの」としか知らなかったが、その正式名称を宗が口にした。そうらしいな、と警部も頷くと、さらに宗は、
「『武士竜戦隊リュウモウジャー』のメンバーである、リュウモウレッドとリュウモウグリーンのソフビフィギュアですね、これは」
「そうなんだ。被害者は特撮もののファンで、こういったフィギュアなんかを蒐集していたそうだ。殺害の状況からして、被害者は事切れる寸前に、机の上に並べてあったリュウモウジャーのフィギュアの中から、この二体を握りしめたのだと見て間違いない」
先ほど警部は被害者のことを「ほぼ即死」と言い表していた。即死に至るまでの「ほぼ」の瞬間に、写真に写る二体の人形――フィギュアを手に取ったということか。であれば、これは……。
「この二体のフィギュアは、被害者が残した〈ダイイング・メッセージ〉ということですね」
宗の結論に、警部は大きく頷いた。それで私にも分かった。警部が理真ではなく宗を呼び出したわけが。こういう特撮もののことであれば、男子である宗のほうが理真よりも断然詳しいだろう。私も当然こちら方面は完全な門外漢で、今日においては、特撮デビューが俳優の登竜門となっている、という程度のことしか知らない。
事件の謎の解明を期待された宗は、
「レッドとグリーン、すなわち、赤と緑、ですか。そのものずばりを現わした名前を持つ容疑者がいますね」
「ああ」と警部は応じて、「赤柳善次と山牛緑の二人だな。警察の中でも、当然その可能性は考えたが、二人の間に面識はなく、共犯の可能性は今のところ浮かんできていないんだ」
「そうですか。では他に、赤と緑……まさか……」
私も改めて容疑者たちの名前を思い浮かべ、宗の言わんとしていることを理解した。宗は、眉間に皺を寄せると、
「赤と緑……すなわち……」
「正直、それも会議で上がった。狐島櫂狸だろう」
宗は頷く。“狐”と“狸”というわけだ。はは、まさかね。
「馬鹿馬鹿しいとは思うが」と警部はため息をひとつ挟んで、「狐島に動機があってアリバイがない以上、可能性はゼロじゃない。その線を捨てるわけにはいかないな。何でも、こういったダイイング・メッセージを残す被害者は、死の瞬間に通常では考えられない思考が思い浮かぶという説もあるらしいじゃないか」
“比類なく神々しい瞬間”といわれるものだ。
「ところで警部」と宗は、「ちなみに、犯行時に現場が暗かったということは有り得ますか?」
「いや、死体発見時、犯行現場である被害者の自室には明りが灯っていた。死亡推定時刻も考慮して、犯行時部屋には照明が点いていたと考えていいだろうね」
「被害者は即死状態で、この二体のフィギュアを手に取った瞬間に息を引き取ったわけですよね。ということは、その時点で犯人はまだ現場に残っていた。しかも、照明も灯っていた。つまり、被害者が人形を手にする様子――つまり、被害者がダイイング・メッセージを残す様を、犯人は確実に目撃していた、ということになりますね」
「そうだろうな」
「ついでに言うと、被害者が闇雲にフィギュアを二体選んだというのも考えがたいことになりますね。現場は明るかったのですから」
「うむ」
「であれば、赤柳善次と山牛緑の共犯、あるいは狐島櫂狸が犯人だという考えは排除していいと俺は思います」
「そうか、被害者が自分を指し示すダイイング・メッセージを残したことを、犯人がそのまま見過ごすはずがないからだね」
「そうです。にもかかわらず、被害者のメッセージがそのままになっていたということは、犯人がダイイング・メッセージに気付かなかったためだと考えていいと思います」
「犯人が気付かないメッセージ……それは、いったい?」
「“赤”と“緑”は、その両方を合わせて初めて意味を成すメッセージだったんです」
「どういうことだい?」
「被害者はウェブデザイナーだったんですよね。ウェブデザインなどのコンピューター上において、色は“光の三原色”で表されるんです」
「光の三原色?」
「はい。いわゆる“RGB”というやつです。“R”はレッド、“G”はグリーン、“B”はブルーを意味します。光の三原色というのは、赤緑青の三色の混色によって様々な色を作り出すんです。この方法によって赤と緑を混色すると、黄色が出来上がります」
「黄色? じゃあ、犯人は……森目黄太郎?」
「ちょっと待って下さい、警部。この“光の三原色”というのは、一般にはあまり馴染みのない言葉でしょうけれど、被害者を始め、ウェブデザイナーであれば常識と言っていい知識のはずです」
「――そうか! 森目黄太郎も同じウェブデザイナーだから、もし彼が犯人だったら、被害者のダイイング・メッセージの意図を見破っていた可能性が高い!」
「そうです。だから犯人は、このメッセージに気付かなかった人物」
「……誰だ?」
「家路大策だと俺は思います」
「家路大策? 確かに彼は建設作業員だから、光の三原色を知らなかった可能性は高いが……名前に黄色はおろか、色が一切入っていないぞ……」
「名字の“家路”の読み方を変えると、“イエロー”と発音できます」
「なるほど……よし、もう一度、家路を叩いてみよう。宗くん、ありがとう」
警部は部屋を出ていった。
「宗くん、さすがだね」
私が声をかけると、ダイイング・メッセージの謎を見事解き明かした少年探偵は、
「いや、たまたまですよ……」
はにかんだような笑みを浮かべた。それを微笑ましく見ながら、私は、
「被害者としてみれば、そのものズバリの“ダイイング・メッセージ”を残したかったところだろうけど、それだと犯人にバレバレだから知恵を絞ったんだろうね。まさに“比類なく神々しい瞬間”」
「……何がですか?」
宗が、きょとんとした顔を向けてくる。
「えっ? だって……」と私は、「本来であれば、イエローのフィギュアをメッセージとして残したくなることころじゃない? そのほうがずっと手っ取り早いんだし」
「……ああ」
「なになに? 私、何か変なこと言った?」
「江嶋さん、『武士竜戦隊リュウモウジャー』のメンバーにはですね、黄色、つまり『リュウモウイエロー』というキャラクターはいないんですよ」
「えっ?」
「武士竜戦隊リュウモウジャーは、レッド、ブルー、ピンク、グリーン、ブラック、そして追加戦士のゴールドの六人で構成されているんです。だから『リュウモウジャー』のメンバーの中から“イエロー”をメッセージとして残そうと思ったら、“レッド”と“グリーン”の混色を使うしかなかったわけです」




