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第六夜 上越新幹線大爆破

(やす)(てる)()

 新潟県警生活安全部少年課所属。

 その長身と、たくましさすら感じさせる凛々しい顔立ちから、県警内でも特に女性人気が高い刑事。猫とスイーツが好き。

 登場作品『三毛猫クイーンの冒険』


(ふる)()(ろん)()

 新潟県警生活安全部生活保安課所属。

 パステルカラーの洋服を好んで着用し、カラフルな縁の眼鏡を使用している。捉えどころのない性格も相まって、丸柴刑事とは別のベクトルで刑事に見えない。漫画『ドラゴンボール』が大好きで、挨拶の第一声は、ほぼ「オッス! オラ()(くう)!」

 登場作品『流星より愛をこめて』

 こんな夢を見た。


 走行中の新幹線のデッキ。私の前では、安輝子刑事が携帯電話で通話をしている。その表情はシリアスそのものだ。凛々しいその横顔に見とれながら、私は彼女の通話が終わるのを待った。


由宇(ゆう)、論子」安刑事は携帯電話を懐にしまうと、私と、その隣に立つ降乃刑事の顔を見て、「大変なことになった」

「何が起きたんですか?」

「この新幹線に、爆弾が仕掛けられているらしい」


 今から一時間ほど前のこと、「新潟駅発の上越新幹線に爆弾を仕掛けた」という恐るべき内容の電子メールが県警に届いたという。その新幹線というのが、まさに今私たちが乗っているこの便だという。


「爆弾には速度計が付けられていて、時速235キロから少しでも減速したら即爆発する仕組みだそうだ」


 安刑事は、眉間に皺を刻み込み、私と降乃刑事に告げた。


「時速235キロって、凄いスピードですね」


 降乃刑事が訊くと、安刑事は、


「私たちが乗っている上越新幹線の最高速度は240キロだ」

「5キロしか差がない……」

「JRは、この新幹線の駅への停車をすべて中止して、速度を240キロに保って走行させているということだが……」


 メールの文面によれば、その爆弾は新幹線に仕掛けられた時点では作動しておらず、爆弾自身の速度が時速235キロに達した時点でスイッチが入る仕掛けになっていたという。私たちを運ぶ新幹線は当然、すでにその速度に到達している。

 一度起動した爆弾は、犯人のパソコンからの遠隔操作で停止できるらしい。犯人は爆弾を止める条件として、警察庁長官と、警視庁及び各道府県警本部長全員の割腹自殺を要求してきた。余程警察に恨みを持つ相手のようだ。


「それじゃあ、この新幹線が終点の東京に着くまでに犯人の居場所を特定して乗り込んで、爆弾を止めないといけないわけですか」

「ああ、だが、それよりも」と安刑事は私の顔を見返して、「オレたちで爆弾を発見するほうが早いだろう。爆弾さえ見つかれば、この場でオレが解体できる」

「なるほど」


 安刑事は少年課所属で、爆弾を解体する技術など持ち合わせていないはずだが、夢だからいいのだ。ちなみに安刑事の一人称は「オレ」だ。女性としては珍しいが、その外見に似合いすぎているから困る。


「乗務員たちにも協力してもらって、さっそく取り掛かろう」

「はい」


 私と安刑事、降乃刑事、新幹線の乗務員たちは、協力して爆弾の捜索にあたった。もしも爆弾が仕掛けられているのが車外であれば為す術はないが、この新幹線は車庫を出て新潟駅始発で運行されている車両だ。犯人が爆弾を車外に設置できる隙はなかっただろう。車両が新潟駅に到着して発車するまでの間に、爆弾は犯人によって車内に置き去りにされたという可能性のほうが高い。

 そして、捜索が開始されて一時間も経過した頃、


「あ、ありました!」


 降乃刑事の声を聞き、私は飛んでいった。降乃刑事は蓋の開いた小振りのスーツケースの前でおろおろしている。私と安刑事も、そのケースを覗き込んでみると、


「……間違いない」


 私は、ごくりと唾を飲んだ。そこには、ダイナマイトのような筒が数本束ねられ、何本ものカラフルなコードで何かの機械と複雑に接続された、「どんなチープなドラマでも、今どきこれはないだろ」と言いたくなるような外見の爆弾が入っていた。

 念のため、安刑事は爆弾を車両の最後尾のデッキに持ち込み、乗客、乗務員たちはなるべく前方の車両に移動させた。解体に失敗して爆弾が爆発してしまったとしても、被害を最小限に抑えるための処置だ。


「よし……」


 安刑事は腕まくりをすると爆弾の構造の確認を始めた。私も乗客と一緒に避難していろと言われたのだが、安刑事のそばに居させてもらうことにした。降乃刑事は、乗客たちの不安と混乱を抑える役割を安刑事から与えられ、前方車両に残っている。


「どうですか?」

「これはやっかいな代物だな……完全に解体するには、少なくとも三十分は――」

「輝子ちゃん! 大変なことが!」


 そこに降乃刑事が駆け込んできた。どうした? と安刑事が訊くと、


「この先のカーブで、どうしても減速しなければいけないって、運転手さんが……」

「どういうことだ?」

「雪の影響だって。時速235キロのスピードのままそのカーブに差し掛かったら、間違いなく脱線してしまうって……」

「カーブに到達するのは?」

「十分後くらい」


 そんな。爆弾の解体に短くても三十分かかるのだとしたら、どう考えても間に合わないではないか。


「カーブでは、どのくらい減速するんだ?」

「時速205キロが限界だって」

「カーブを抜けるまでの時間は?」

「約二十秒……輝子ちゃん、どうしよう……」


 降乃刑事は眼鏡の向こうに涙を浮かべ、その場にへたり込んだ。

 爆弾は時速235キロを少しでも下回ったら爆発するという。減速の幅や、それがどのくらいの時間続くかなどを訊いても無意味なのではないか? もう、犯人の馬鹿げた要求を呑むしかないのだろうか。


「くうー……」と古乃刑事は、「私が悟空だったら、この爆弾を持って界王星かいおうせいまで瞬間移動するのに……」


 悔しそうに涙をこぼした。それを聞いた安刑事は、


「瞬間移動……移動……それだ!」


 パチンと指を鳴らした。


「……論子、頼みがある」

「なに?」


 眼鏡を外してまぶたを拭いながら、降乃刑事が答えると、


「車両デッキのドアを、すべて開けてもらってくれ」安刑事は立ち上がり、「論子、由宇、オレに作戦がある」



 今、安刑事は上着を脱ぎ捨てて身軽な格好になり、脚を曲げ伸ばして屈伸をしている。手には解体を中止した爆弾が抱えられていた。その横では、彼女を見守る私と、携帯電話を耳に当て緊張の面持ちの乗務員の姿もあった。乗務員の携帯電話は運転室に繋がっている。


「十秒前です」


 乗務員の声に、安刑事は屈伸をやめて深呼吸した。八、七、と乗務員によるカウントダウンが始まり、安刑事は両脚を前後に広げて前傾姿勢をとった。乗務員の声が「五」を告げた瞬間、安刑事は床を蹴って走り出した。その五秒後、体感によって新幹線が減速されたことを知った。(くだん)のカーブに差し掛かったのだ。

 安刑事の立てた作戦、それは、爆弾を抱えたまま、車内を進行方向に向けて全力疾走するというものだった。そのために安刑事は車両連結部のドアをすべて開放してもらったのだ。乗客、乗務員たちは安刑事の走行の支障とならないよう、左右の座席部分に待機してもらっている。つまり、カーブで減速を余儀なくされる分の速度を、安刑事自身の脚力で補おうというわけだ。

「要は、新幹線の速度じゃなくて、あくまで爆弾自体が時速235キロ出ていればいいわけだろ」

 とは安刑事の言葉だ。


 私たちの乗っている新幹線は八両編成。上越新幹線ときに使用されているE2系電車は一両が二十五メートルだから、新幹線の全長は(ここからは分かりやすいよう算用数字で記す)25メートル×8両=200メートルとなる。

 安刑事は学生時代は陸上部のエースで、200メートル走で24秒台の記録を出したことがあったという。すなわち、全力疾走すれば時速30キロの速度を出せるということになる(200m÷24秒=秒速8.333…メートル×60×60=時速30キロ)。つまり、爆弾を抱えたまま新幹線の進行方向に向かって走れば、新幹線の速度プラス、安刑事が走る速度で爆弾は移動するということになる。減速した時速205キロに時速30キロが加えられ、安刑事自身(と抱えた爆弾)は時速235キロで動いている状態となるわけだ。新幹線がカーブを曲がりきる時間は、先ほどの乗務員の話のとおり、約20秒。その間、時速30キロをキープして走りきることが出来れば……。


 いてもたってもいられなくなり、私も安刑事を追って走り出したが、当然のことながら、まるでついていけない。陸上部エースは伊達ではなかった。

 安刑事は中間地点の5号車を抜け、4号車に突入した(上越新幹線の場合、東京寄りの車両から若い番号が振られている)。さらに3号車、2号車に到達。未だ爆弾が爆発していないということは、安刑事は200メートルを24秒で走るためのトップスピード――すなわち時速30キロ――を維持し続けられているということだ。ついに彼女は最終の1号車に突入した。新幹線がカーブを曲がりきって時速240キロの速度を取り戻すまで、あと数秒。いける! 私はそう思った――が、


「わっ!」


 走っていた私はバランスを崩して転倒してしまった。急に車体が揺れたためだ。車体が横風を受けたものと思われる。前方に目をやると――


「輝子さん!」


 彼女もまた、車体の横揺れの影響を受けていた。スプリントの姿勢を保ち、疾走は続けていたものの、その体は大きく横に傾いており、完全に体の重心が両脚の間から逸脱してしまっている。次の瞬間には彼女も私と同様、体のバランスを崩して転倒してしまうことは火を見るよりも明らかだ。そうなったら爆弾に載る速度は、再び新幹線の出しているスピードだけとなってしまう。新幹線はカーブをまだ抜けていない。


「論子!」


 安刑事の声が響いた。と同時に、彼女は手にしていた爆弾を前方に向かって放り投げる。座席の間の通路をほぼ水平に飛んだ爆弾の先に、降乃刑事の姿があった。座席に避難していたのだが、安刑事の声に反応して飛び出してきたのだろう。安刑事は転倒してしまったが、まだ走っている途中で投擲(とうてき)された爆弾には、時速30キロ以上の速度が載ったままだ。投げられた爆弾は、降乃刑事によってしっかりとキャッチされた。この瞬間、追加でかかる加速は消え、新幹線の速度のみが爆弾には計上されることとなったが……爆発はしなかった。新幹線は数瞬前にカーブを抜け、時速235キロ以上の速度を取り戻していたのだ。


「やった! 輝子さん!」


 私は倒れ込んで仰向けになった安刑事の胸に飛び込んだ。


「由宇……」


 彼女の汗ばんだ手がやさしく私の頭を撫でる。


「輝子ちゃん!」


 と私の上に降乃刑事も覆い被さってきた。


「二人とも、オレに惚れ直したか?」


 頬に浮かぶ汗を拭って、安刑事は私たちに向けて片目をつむった。


 その後、爆弾は無事解体され、警察の捜査によって犯人も逮捕されたことは言うまでもない。

※上越新幹線の最高速度は作中にあるように時速240キロですが(2020年現在)、実際の走行に際しては、上毛高原~高崎間にある中山トンネルを通過する際に、速度を時速160キロまで落とす必要があるそうです。

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