闇夜に踊れ、恋が始まった 幕後
「本当に気を付けるのよ、冬青」
「すまないなぁ、冬青。柘榴のことでお前を振り回してばかりで……」
義理の母が涙を流し、義理の父は肩を抱く。
手持ちの荷物を片手に、冬青は両親を安心させるように微笑んだ。
入学式は明日。
寮に入ることになっている冬青は、本日中に化物学園に向かうことになっていた。
特別階級が学園の寮に入るなんてよっぽどのこと。
そんな「よっぽど」が起こったのだから仕方ない。
「いえ。可愛い妹が寮に入りたいというんですから、義兄としてサポートするのは当然のことですよ」
「冬青ーーーー!」
若干無の顔で冬青は告げる。
家族とも柘榴とも上手くいっていなかった時は当然ながら寮に入ろうと下調べをしていたのだ、不安などはない。
けれども、けれども……!
「可愛い柘榴と離れるのが……!辛い!!」
「大嫌いなままでいて」と柘榴にお願いされているので、冬青はメイドや他者の前では冬青なりに冷たい態度に務めている。
冬青なりに、であってメイド達からは「デレを隠しきれていないツンデレ」とか噂されているが。
しかし家族にはいいだろうと思っているのか、両親に対しては「柘榴大好き」みたいな態度で接するようになっていた。
そのため、生まれながらにして「柘榴大好き」という態度である両親も冬青のその叫びに応じ、3人は「わかる」「ごめんね」なんていいあっている。
それを理由にしてこんなにもまとまるなんて、当の柘榴からすれば複雑ではないかというものだが……
冬青が寮に入る理由となった、当の柘榴といえばーーー
「う、うう……恥ずかしい……」
未だ、頭を抱えていたのだった。
「本当にどうしたのかしら、柘榴ちゃん……」
「2、3日前から唸ってるよね、悩んでいる姿も可愛いけど。パパの可愛い子ちゃん……」
「………………俺が聞いてきますよ」
荷物を置き、冬青は柘榴に近づく。
愛し気にーーーそして、「その感情」を誰にも気づかれないように。
そっと赤い髪に触れると、柘榴は潤んだ目を義兄に向けた。
「冬青兄様……」
「どうかした?お兄ちゃんにいってごらん」
「…………実は」
頭がパンクしそうになっていた柘榴は、自分が独占欲を抱いてしまったことを冬青に告げる。
それでもうどうしたらいいのかわからなくなってしまったことも。
そして、数日前から恐れていることも。
「も、もしかして私…………こ、恋、とかですかこれ」
冬青は笑顔のままで、冷静さを装いながら思った。
なんてこった、これはまずい、と。
柘榴は今までどちらかといえば鈍感な方だった、こと恋愛的な感情に対しては特に。
階段から突き落とされてから、他人の感情や心の動きに対して敏感に反応するようになっているはずなのに、恋愛的な感情やそういう物事に対しては疎いというか……
だから冬青は安心していたところもあった。
柘榴はわかってスルーしているのだろう、と。
(もしかしてこの子、恋愛に関しては完全に初心ってことか?)
話を聞くに、ゾーイに指摘されるまで自分が独占欲を抱いたってこともわかっていなかったらしい。
わからないままにしていてくれればよかったのに。
ゾーイに対して、冬青はそんなことすら思ってしまう。
もしも自分が今まで通り明日も明後日も柘榴と一緒にいられるとしたら、ゆっくり丁寧に恋愛感情についても何かしら方向性を決めてあげることもできるかもしれない。
義兄として……というのは本当に耳障りの良い、そして調子の良い言葉だ。
本当の自分は義妹に対して義兄以上の感情を持ってしまっている。
でもこの感情を冬青は伝える気持ちもなければ、明かすつもりもなかった。
柘榴の側にいたいから。
恋人であればいつかは別れる日が来る、けれど家族だったら永遠に側にいれるから。
(とはいっても……気持ち穏やかに見守れるかといったらまだ自信はないですし、それに柘榴のこれはまだ恋愛感情というよりは……)
一瞬でそこまで考えた冬青は、よしよしと柘榴の頭を撫でる。
そして告げた。
「お気に入りのぬいぐるみをとられてしまいそうになったら、お前はどんな気持ちになるかな?」
「お気に入りの……?絶対嫌ですが……」
「どうかな?その感情とお前の中に芽生えた感情、似てやしないかな?」
「…………似てます……えっじゃあこれ、恋とかじゃなくて本当にただの独占欲ってことですか?」
「フフフ。仲の良い友達や家族がとられることが嫌って気持ち、小さな子にもあるでしょう?お前は今まで仲の良い人というものがいなかったから、余計にゾーイ王子や俺達を特別視しているんじゃないかな?」
「た、確かに……!!」
義兄のわかりやすい例えと言葉は溶けていくみたいにす、と納得することができた。
柘榴は大きく頷く。
(何百年も生きておりますが、私って生まれてこの方、友達なんていませんでしたし家族ってものも久しぶりですからね……!)
独占欲を抱いてしまうのも不思議ではない。
そう思うと何だかホッとして、柘榴は息を吐き出した。
「友達に対して独占欲丸出しで動いてしまうこと自体ははしたないことですが、恋愛感情ではないと知ってなんだかホッとしました」
「…………そうなの?」
「はい!私、誰とも結婚する気はないので」
「え?」
冬青だけではなく、両親の声も重なる。
悩みがなくなってさっぱりとした顔の柘榴は、力強く拳を作った。
にっこり、と爽やかに笑いながら。
「冬青兄様がいますし!」
それは、「冬青兄様はモテるし優秀ですから四方木家は安泰ですし、私が処刑されても大丈夫ですもんね!」という意味の発言だった。
しかし、柘榴が処刑されるなんてことは誰も知らない。未来のことだから当然である。
その結果、冬青は完全に固まり、両親は顔を見合わせた。
柘榴は首を傾げる。
「冬青兄様、お顔が真っ赤っかですが……」
「………………独占欲、です」
片手で顔を隠しつつ、冬青は何とか呟く。
あらそうですか、と柘榴はあっさりと納得した。
「そ、冬青…………そ、そのお前達にち、血の繋がりはない、からパパは、その……」
「マ、ママもその……!」
「違います。違うんです。きっと柘榴はブラコンという意味で……!」
小さな子がお兄ちゃん大好きっていっているのと変わりないと思うんです、と冬青は動揺する両親に必死に弁明する。
ついさっき判明したところだが、この義妹は恋愛感情に対しては初心なのだ。
異性として好きなんていっているわけがない。
それは冬青は力強くいいきれる。
両親も娘の発言に対して何となくそれは感じ取れたらしく、動揺はすぐに落ち着きそしてーーー……
「頭を打ってからお兄ちゃん大好きな子になったと思っていたけれど、そんなにお兄ちゃんが好きだなんて……」
「柘榴ちゃんは仕方ないよ。一番身近にいるのは冬青だし、冬青は優秀で優しいし、面倒見が良いからなぁ。パパの若い頃に似て顔も良いし」
「というかあの子は四方木家の跡取りだというのに、恋愛に興味がなさすぎるわよね……婚約者選びも難航している……それなのに人狼の飼主になるなんて、本当に……箱入り娘として大事に大事に育ててきすぎたかしら」
「……冷静に考えてみると、冬青は思っていた以上に柘榴ちゃんの結婚相手として好条件すぎるな……?」
「義父さん?義母さん……?」
囁き合っていた両親は顔を見合わせ、そして微笑む。
冬青の肩に手を置き、両親は告げた。
「柘榴がブラコンのままだったら、よろしくね。冬青」
「パパとママは反対しない!」
「え?え、え?」
あれ…………?
こんなはずでは、なかったのに。
義兄として側にいることができたらそれで十分で、愛人の子である自分なんて柘榴に相応しくなくて、柘榴の恋愛を応援したくて……
「冬青兄様。そういわれれば聞きた……どうかしましたか?」
キョトンとする柘榴の声に、冬青は一気に赤くなる。
心臓がドキドキと脈打つのを感じた。
「何でもないのよ、柘榴ちゃん。ちょっと冬青に将来のことをね」
「お兄ちゃんと離れちゃって寂しいなぁ、柘榴ちゃん。パパがハグしてあげよう!」
「パパはハグをする時にヒゲをジョリジョリとしてきますので、ご遠慮したいです」
永久脱毛を誓いながら父がしょげている間に、冬青は何とか落ち着いている風を気取った。
何か話そうとしてなかった、と柘榴に尋ねる。
慰めている母を見ていた柘榴は、「ああ」と声をあげた。
「独占欲であって恋愛感情ではないんじゃないか、と冬青兄様は仰ってくださいましたが……」
「うん、そうだね」
「では恋愛感情というのはどんな感じですか?」
今まで柘榴にとって「恋愛」とはゲームの中の話だった。
買ってきた乙女ゲームのキャラクターを見て、ダウンロードしたアプリのキャラクターを見たり、実際にプレイしてみて、その中から攻略したいキャラクターと会話をして、デートして、仲良くして、告白して、されて。
そしてスタッフロールが流れる。
それが今までの柘榴の「恋愛」。
「………………そうだな」
冬青は柘榴を見る。
炎のように真っ赤な髪に、金と赤の目。
あの日から、この少女は自分を捉えて離さない。
今まで見てきた他人の中で誰よりも可愛い。
愛する自分の「いもうと」。
「こっちを見てほしいって思ったり、遠くにいたって、たくさん人がいたって声が聞こえたり、何かをしていても思い出したり、もっと話したいって思ったり……手を繋ぎたかったり…………髪に、触れたいって思う感情かな」
柘榴は何度かまばたきをした。
ピンときていない様子だった。
冬青はそれに安心して、息を吐く。
柘榴の赤い髪に手を伸ばし、触れる。
視線を下げて何かを考えているようだった柘榴は顔を上げると、ニコッと笑った。
その顔が可愛らしくて、冬青は柘榴の鼻先を指で弾く。
眉を寄せて唇を尖らせる柘榴はもっと可愛くて、冬青は目を細めた。
(ああ、これは恋愛感情だ)
諦めていたものを掴んでもいい、と許された。
永遠に側にいれる、このままでも。
誰かのものになって幸せになる「いもうと」を永遠に側で見守れる、それを選んだ。
「…………お兄ちゃんが、幸せにしたいんだ」
「誰をですか?」
「お兄ちゃんは妹を幸せにするもんだよ」
「そうなんですか?じゃあ私、妹よかったですね。幸せ者です」
楽しそうに笑う柘榴に、冬青の胸がいっぱいになる。
もっと幸せにしたい、幸せになってもらいたい、幸せになりたい…………それは今まで望んでもいなかったこと。
「…………柘榴。お兄ちゃんのお願い、聞いてくれる?」
◯◯◯
「冬青兄様!楽しんでくださいね!」
「クフフ!ありがとう、柘榴!」
冬青のお願い。
それは学校まで柘榴に見送ってほしい、というものだった。
転送装置を使うと学園まではすぐに着くが、そうではなく一緒に馬車に乗って。何でもない話をして笑って。
そして柘榴は馬車の窓から顔を出し、学園に残る義兄に向かって手を振る。
「早く帰ってきてくださいね!」
「……お兄ちゃんがいなくて、寂しい?」
本来ならば寮に入ってしまうと長期休み以外は帰れないのだが、冬青や柘榴は特別階級。
平日でも理由さえあれば帰ることができる。
冬青の問いに、柘榴はすぐに笑った。
「寂しいです!」
冬青の黒い長い髪が風になびく。
顔をくしゃくしゃにして、義兄は嬉しそうに笑っていた。
そんな義兄に手を振り、柘榴は遠くなっていく化物学園を馬車から見下ろす。
天馬は高く高く上がっていく。
あっという間に小さくなる、愛しき学舎……
(あと1年。あと1年で私もこの学園の生徒……)
待ち遠しい。
待ち遠しくてたまらない。
「私の最期の場所」
柘榴は笑う、肩を震わせて。
処刑台に向けて歩き出すーーー
「嗚呼、楽しみですね」
魔女は、鬼姫は、楽しそうに、愛しげに微笑んだ。
「ただいまー!可愛い柘榴!愛しいお兄ちゃまが帰ってきましたよ!」
「あ、冬青兄様……今週も帰ってきたんですね」
ちなみに、冬青は柘榴が入学するまで毎週末帰宅したのだった。
次からは化物学園編です!




