目的本位の営業ウーマン
「うーん」
「ダメですか〜?」
「思い込みが激しすぎますね。なんですか、このいきなり武士の話が出てくるのは?」
「ですから〜、主人公の男の子が武士の子孫っていう設定なんです〜」
「ちょっとこれじゃあねえ・・・」
「ありがとうございました。はい、次行こ!」
切り替えが早く相手への虚礼も廃する合理性。これが花井部長の強みのようだ。けれども、僕は疑問がわいた。
「花井部長。あんなドライな感じで先方の担当者とやりとりしてて大丈夫なんですか?」
「うん。まったく問題ないよ。わたしはああいう仕事本位・目的本位の『実務家』しか相手にしてないから」
「そういうもんですか」
「ヒロオくん、marusanは零細出版社で生きるか死ぬかなのよ。仮に私がさっきの担当者と仲良くなったとするわね。でも、来月には彼は別部署に異動してるかもしれない。ううん。それどころか転職してるかもしれない」
「あ・・・確かに」
「もちろん、一個の人格同士、相手を尊敬して私は仕事してるわ。だからこそ仕事っていう目的そのものにストイックでとことん仕事のための時間が欲しいのよ。親睦深めるならゴルフじゃなく読書会や業界の勉強会で、食事するなら軽食で打ち合わせしながら」
「うーん」
「『エラい人たち』みたいに大物ぶって余興やってる暇なんてないのよ」
花井部長は軽四ワゴンをコンビニの駐車場に停めて人数分のおにぎりとサンドウイッチ、コーヒーをごちそうしてくれた。車内で午後の戦略を軽く打ち合わせる。
「午後はユウリちゃんを前面に出すわ」
「え? わたしをですか?」
「そう。ユウリちゃん、あなた自分の容姿をどう思ってる?」
「え。普通・・・だと思いたいですね」
花井部長はふるふると首を振る。そしてビシッとユウリを指差した。
「ユウリちゃん、あなたは、かわいい‼︎」
「え、え?」
「だからヒロオくんもユウリちゃんに惚れたんでしょ?」
「え⁈ いやあの・・・」
「バカップル、はっきりせんか」
「うわ! セヨ、いたのか‼︎」
ワゴンのバックシートからセヨがむくっと起き上がった。花井部長がセヨにおにぎりを放る。
「まあウチほどではないがユウリもそれなりだぞ。色仕掛けをしないテはない」
「花井部長・・・」
「ユウリちゃん、心配しないで。色仕掛けじゃないから」
「あら?」
セヨが期待外れのような表情をしておにぎりを一気喰いする。花井部長は無視してユウリに話し続ける。
「主人公のパートナーであるシナリのイメージがユウリちゃんだとはっきり先方の担当者にアピールするのよ。きっと小説への感情移入がしやすくなるわ」
「なるほど」
「ヒロオまで・・・」
「いや。僕のタイシじゃ面白くもなんともないけど、ユウリならきっと相手の雰囲気も和むよ」
「うん〜、わたしもそう思う〜」
「男なら色仕掛け有効だな」
「セヨちゃん、残念ながら残り5社、全員女性担当者よ」
「おりり。ならば逆効果ではないか」
「ううん。女性の方がより合理的よ。純粋にユウリちゃんを『媒体』として冷徹な目で見て長谷ちゃんの小説もフラットな評価をしてくれるわ」