普通の終わり
お祭りが終わって一週間がたった。とてもいい経験になったあの祭りは、ちょっとしたいざこざがありつつも無事終了した。最も優秀な鍛冶師に送られる、ベスト・オブ・スミスの称号はもちろん師匠に送られることになったが、師匠はそれを辞退した。皆驚いたし、是非受け取ってほしいと説得したけど、師匠は頑なだった。なんで断ったのかを聞いた時、師匠は恥ずかしげもなくこう口にした。
「ここに居る全員、本気で打ったんだ。勝ち負けじゃあねえだろ」
その後に、師匠は「それに、人前は苦手だ」とポロッと口にしていた。師匠はいつだってこの世界を楽しんでいる。いや、この世界に生きているという感じだ。最初の頃は感じることができなかった色々な感情や思いに、少しづつ触れる事ができるようになってきた。
自分をきっかけとして、誰かが鍛冶を始めた。そのことはすごく嬉しかったし、自分が世界に認められた瞬間だった。普通感じることのできない感覚、感動、感情。その全てを感じた時に、なんとなく師匠が私を弟子にとってくれた理由がわかった気がした。
「ん……」
「はい」
師匠が差し出した手に、小鎚を手渡す。机にかじりついて、彫金を施している師匠の横に腰掛けて、作業を眺めながら手伝いをする。お祭りの時に、結構な数の商品を売ったから、意外と最近は仕事の量は穏やかだ。特に今日は朝から曇り模様で、今外はバケツをひっくり返したかのような土砂降りが地面を叩いている。騎士団の皆さんや、シュタインさんにエリーゼさんが、何故辞退したのかと突撃してきた以外は、いつもより暇な時間が流れている。
私といえば、この間お話をした職人の女の子が、相談や質問を送ってくるので、それに答えたり、感化されて私も武器を打ったり、そんな毎日を過ごしている。
お祭りで師匠に突っかかって来たのは、何でも扶桑教国という、自由国家とは遠く東の地にある国の鍛冶師だった。移動にも時間がかかるこのゲームにおいて、扶桑教国で一番の腕を持つと言われていたが、ゲームにおいては師匠が有名だったから。今回の祭りでギャフンと言わせてやるために、遠路はるばる自由国家までやってきたらしい。しかし、マイペースな師匠の前に撃沈。必ず打てない武器を作ってやると、鼻息あらく帰っていった。あれから師匠のもとに、ココらへんでは珍しい武器のレシピや武器そのものが送らてくるようになり、師匠もその送り主に色々と送り返しているようだ。
「師匠」
「どうした」
「師匠は、なんで鍛冶を始めたんですか」
ずっと気になっていた事を、今のうちだと思って聞いてみる。師匠は戦闘職の腕前もかなりのものなのに、なぜ生産職を選んだのか。特に師匠は生産職の中でも古参の方で、ゲームに置いて最先端を行っている。戦闘職としても、絶対に有名プレイヤーになっていたはずなのに、何故この道を選んだのか、聞いてみたかった。
「そうだな……」
師匠は作業の手を止めたっぷりの間を持って、吐き出すようにしゃべりだした。
「始めたのは、シュタイナーとエリーゼが鍛冶師がいないとぼやいていたからだ」
答えはことのほか意外なものだった。てっきり最初から、鍛冶を突き詰めていたのかと思ったら、そうでもなかったようだ。あのお二人に、進められるがままゲームを始め、振り回されながらゲームをプレイし、その中で鍛冶に出会ったらしい。
「初めて打った剣は失敗した」
街の中を駆けまわって、生産職としての知識を付け、いざ打ってみたら失敗に終わった。誰もが通る道を師匠も、同じように通っていたのだ。なんだか嬉しい。
「悔しかった、だから、続けた」
「悔しかったから……」
「気付けば、のめり込んでただけだ」
師匠はそう言って、また作業に戻っていった。
正確に、的確に、一定のリズムで繰り返される金属音を聞きながら、師匠の横顔を見つめる。鍛冶のこと以外に目を向けない、凄まじい集中力で武器を打ち上げていく。もはや芸術とも言えるその技に、目は釘付けになる。
悔しかったから、続けるというそのモチベーション。誰かと研究するわけではなく、ひたすらに一人でその道を突き詰めていく。こんな人に出会えて本当に良かったと思う。私が始めた時に、共に始めた人の殆どは、もうとっくに生産職を辞めて元の生活に戻っていった。たった一人で、終わりの見えない迷路を延々と歩き続けているような気分の中、師匠に出会って。壁をぶち壊して進むような、そんな爽快な毎日に変えてくれた。
「アリスも、そうだったんだろ?」
「えっ?」
気づけば下に向けられていた目が、私の方に向けられている。考え事をしていたせいで全く気づかなかった、変な顔を見られてしまっただろうか。少し照れながら聞き返すと、師匠がまた口を開く。
「悔しかったから、頭下げてまで弟子入りしたんだろ?」
あの時はどうしようもなくて、藁にもすがるような気持ちで師匠のもとを訪れた。でも、確かに悔しかった。自分よりうまい人がいて、そんな人達の打った武器を見ると悔しくて悔しくて、どうしても成功させたくてムキになっていた。それでから回って、切羽詰まって、気づけばこの店の前に立っていて。師匠の顔を見た瞬間、それまで張り詰めていたものが切れた。
「一緒だな」
何も答えない私の目を見て、いつもの笑みを浮かべながら、師匠が言葉を口にする。師匠はいつも私の心を見透かしたような言葉を私に投げかけてくる。いつもいつも、私のしんどい部分や、出し切れていない気持ちをわかってくれて、楽にしてくれる。
私の頭に手をおいて子供を褒めるように、少し乱暴に撫でる少しくすぐったい感覚に、少し目を細めてしまう。
「お熱いのはいいんだけど、営業時間外にやった方がいいと思いまーす」
「右に同じだな」
「ッ!」
いつの間にか、店内にシュタイナーさんとエリーゼさんが居る。どこから見られていたんだろうか、思わず恥ずかしくて顔を下に向けて隠そうと努力するが。耳まで赤くなっていることをエリーゼさんがいじくり回してくるので、全く無意味な行為なんだろうが、せめてもの反抗だ。
「来たなら声をかけろ」
「だっていい雰囲気だったしねえ、邪魔しちゃ悪いと思って」
「まああそこまでラブラブオーラ出してたら声もかけづれえよ」
師匠はあまり気にした様子もなく、お二人に苦情を言うが。まさに暖簾に腕押し、気にした様子もなく更にいじってくる。
「そこらへんにしておけ、アリスに迷惑だろう」
「えっいや……私は、その、別に……」
私のことを気遣ってか、師匠がかばってくれるが。迷惑かと言われればそうではないが、しかしそれを口にするのは、少し恥ずかしいというか。なんと答えればいいかわからず、あたふたしてしまう。
「まったく、二人でイチャイチャしちゃってさあ」
「ほんと、長年連れ添った夫婦みたいだったぞ」
「ふっ!ふふ夫婦!!?」
思いがけない言葉に動転してしまう。なんだか最近の私の妄想を覗かれていたのかと疑ってしまうような、ありえないことなのに妙に羞恥心が沸き上がってきてしまう。
二人にいじられるアリスを、ジョンは優しく見守るように、穏やかな表情で椅子に腰掛けている。一度は曇り、土砂降りになってしまった空も、今は晴れ渡っている。まだ雨の名残がある通りにも人が増え始め、少しずついつもの喧騒が帰ってくる。とある路地にある鍛冶屋、ジョン・ハンマー。そこには今日も鉄の叩く音と、静かな時間が流れている。
とりあえず第一部終了です。
これから第二部がはじまります。
ちなみになんですけど、外伝的なの要りますか?
要望があれば、最初の方の二人組とか、ハルバード使いとか。
脳筋と男装女子とか、自由国家騎士とか。
読みたい方は、感想にハクナマタタって書いといて下さい。




