天銀のクレイモア
「天銀」という、最上級金属がある。以前話した通り、聖銀は一度焼入れをしてしまうと加工ができないが、ある特殊な方法を用いることでさらなる加工が可能になる。聖炭と呼ばれる炭を幻想のホドに入れ、魔力の火を焚く。そこに聖銀のインゴットを入れて熱し、それを加工して、最後に聖銀と同じように祝詞をあげながら焼き入れることにより「天銀」という、更なる祝福を受けた金属に昇華する。
聖銀との違いとして、大きいのは祝福の強さである。天銀は本来「天使聖銀」という名前で、焼き入れの際に上げる祝詞は、天使の慈悲と加護を願うものになっている。聖銀という祝福された金属に、更なる祝福を望む事こそ、高い信仰心を表す事であるとされている。細かな違いとしては、更に軽く鋭い切れ味を持つようになる。
聖銀の特性上重さと言うものがひとつの長所でもあり、同時に短所でもあった。自らの技量を高めることで、その切れ味を高めることの出来る聖銀は、聖職者にとっては一つの試練としても捉えられる。実際に、聖職者を志すものは教会に入信し、一人前の聖職者になるための修行として、聖銀を使った試練を受けなければならない。
そうした修行を乗り越えた、一人前の聖職者のみが天銀製の武器を手にすることが出来る。この武器はあまりにも祝福が強いため、普通の人間には扱うことが出来ない。聖銀は教会で一度祈りを上げればいいが、天銀ともなると、その力は絶大なためそれ相応の試練を乗り越えた者にしか扱えないのだ。鍛冶師も天銀を打つときは、教会からの許可を得た者にしか打つことがなく、それは鍛冶の準備が大変であるから、皆進んでは打とうとしない。
まず一時的に天銀を扱えるようになるために、一度教会へ出向いて祝福を受けるための手続きをする。そして教会の教主に祝福を受け、上質な炭を聖炭へと清めてもらう。次に祝福の祝詞を上質な紙に綴ってもらい、最後に焼入れの際に使う水を祝福してもらう。これだけの事務仕事を行い、やっとのことで天銀を打つ準備が終わるのだ。その後は通常のホドで聖銀のインゴットを鍛え上げ、やっと天銀を鍛える準備ができる。更にここから祝詞を何度かあげながら、幻想のホドで聖銀を鍛え、やっとのことで武器を打つ事ができる。
このように天銀を鍛えるのは非常に手間がかかり、更にお金もかかるので、技術面においても経済面においても、勿論信仰心においても聖職者としての高みへと至った者しか、手にすることが出来ないということがわかって頂けただろう。今回はそんな天銀を使った武器を作る。
スコットランド人の傭兵が愛用し、スコットランドの高地人「ハイランダー」が使用した。広く薄い剣身に十字型のヒルト、そして最大の特徴である複数の輪っかによって形作られるガード。全長は1m~1.5mの間のものが多いが、中には2mに達するものもあったという。重さを利用し叩き切る両手剣とは違い、切れ味を重視した剣身をしている。剣自体が軽量な為、扱いが難しくはあるがその特徴を活かした、素早い攻撃が持ち味といえる。
ここまで言えば分かる通り、注文を受けた武器はクレイモアである。
ヒルトの部分が十字になっているというのは、剣身までヒルトが飛び出しているということであり、その部分もクレイモアの特徴の一つだろう。今回作り上げるクレイモアの全長は、約1.2m。クレイモアの中では、非常に小柄な部類に入る。依頼主が女性で小柄だからこその大きさだが、それでも聖職者の女性がこのような武器を求めるとは思っても見なかった。
ここまで長く、グダグダと語ってきたのには理由がある。
「どうかされたのですか? ジョンさん」
先程から鍛冶の風景を、作業場の椅子で見つめている女性。今回の依頼主だ。
「いや、なんでもない」
「そうですか……」
彼女は弟子の知り合いのようで、アリスの後に始めて、最近ようやく試練を終えたらしい。アリスは天銀製の武器をどこに頼むか悩んでいた彼女に、ジョンハンマーを紹介したらしい。そのアリスは彼女の隣に腰掛けて、ボソボソと小声で話している。時折「お父さん」や「やめて」等といったフレーズが聞こえてくる。気分はさながら娘の友達が遊びに来て、リビングに居場所がなくなり、ソファーで背を向けて新聞を読む父親の気分である。
「アレあんたのお父さん? なんかださいね(笑)」
「ちょっとやめてよー(笑)」
的な妄想を繰り広げたところで、悲しくなってやめる。アリスに限ってそのような事を言ったりはしないと思うが、こうして二人に作業を見られるのはどうも居心地が悪い。
とにかく今はこの武器を打ち上げることに全身全霊をかける、ここで失敗をしてしまうと、アリスの顔に泥を塗る事になってしまうからだ。もうすでに、剣身はあらかた打ち上がり、後は微調整をして焼入れをするだけだ。小鎚で叩き直線を直し、それによって生じた表面の凹凸をかんなで削り、空締めを行っていく。ここで最終調整を行い、焼入れを入れた際に歪んだりしないようにする。
空締めを終えて、焼き入れの準備に入る。阿吽の呼吸で弟子が部屋を暗くしていく。後ろで弟子の友人が困惑した声を上げたが、弟子が何かしら喋っていたので恐らく説明をしたのだろう。暗くしておかないと、火の入り方が見えなくなってしまう。見えなくなるというのはそのままの意味で、どれだけ熱が加わっているのかを鍛冶師は色で判断する。その為、微妙な色の変化がよく見える、暗い状態で焼入れは行うのだ。
「師匠行きます」
「おう」
祝詞の書かれた紙に剣身を包み、清められた聖水を準備し、聖炭に魔力の炎が勢い良く燃え盛る。後ろでは祝詞の記された聖書を手にした弟子が、何時でも行けると声をかけてくる。魔法や精霊等に馴染みの深いエルフにとって、この作業は非常に相性が良いようで、本来神官や聖職者を招かねばならない所を弟子に任せている。
「……すごい」
後ろで何か声が聞こえたが、集中している今、声は耳に届かない。真っ白にも近いほどに、聖銀は熱を持っている。少しずつ少しずつ、光が強くなっていく。天使の加護が与えられているから光るのか、それとも元々この金属が持っていた輝きなのかわからないが、心まで浄化されそうな光が、暗い作業場を照らしていく。
無事焼入れが終わり、磨き上がった武器を抱え、弟子の友人は足早に店を出て行った。
「随分と機嫌が良いな」
「ンフフッそうですか?」
満面の笑みのまま、カウンター横の特等席に腰掛け、アリスはこっちを見ている。なんとなく気まずくなり、視線を逸し店内に目を向ける。
「やっぱりカッコいいって言ってもらえたら嬉しいんですよ」
アリスは心底嬉しそうに、先ほどと変わらない笑顔でこっちを見ている。確かにクレイモアは非常に良い出来ではあったが、そこまで嬉しいものだろうか。カッコいいと言われるのは確かに嬉しいが、ここまで上機嫌になるものなのだろうか。
「よくわからん」
「わからなくていいんですよっ」
アリスはいたずらっ子のような笑顔を浮かべ、作業場の片付けにとりかかるため、作業場の中に消えていった。
女心と秋の空とは言うが、まだまだアリスのことを理解は出来そうにない。
友達「あれあんたのお父さん?(笑)」
アリス「やめてよー(笑)」
友達「プークスクス」
的な勘違いをするジョンが書きたかったんです。




