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亀裂【改】  作者: きじの美猫


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第十二話 旗をつくる人

最初の旗を誰が作ったのか、誰も知らない。


ある町の縫製工場では、余った布を女性が持ち帰った。

「何に使うんだ」

同僚が尋ねた。

「まだ決めてない」


家に帰り、布を机に広げた。

文字を書こうと思った。

だが何を書くか決まらなかった。


正義。

自由。

国民。

どれも大きすぎる気がした。

結局、何も書かなかった。

白い布のまま棒へ結んだ。


別の町では、少年が古い国旗を倉庫から出した。

埃を払った。

祖父が言った。

「それをどうする」

「持ってく」

「どこへ」

少年は答えた。

「みんなが行くところ」


首都では道路の使用許可が取り消された。

鉄道の一部が止められた。

公共広場には柵が置かれた。

それでも人は来た。


歩いて。

自転車で。

船で。

遠い地方から何日もかけて。

ソウノクニから来た老人もいた。

第五話の広場で石碑を見上げていた老人だった。


入国審査官が尋ねた。

「目的は?」

老人は笑った。

「昔の借りを返しに」


その夜。

キョウソの施設では荷造りが始まっていた。

重要書類が焼かれる。

資金が国外へ送られる。

職員が消える。


キョウソは通信端末を握っていた。

キーツへ何度連絡しても、状況は改善しない。

役に立たない。

そう判断するまで長くはかからなかった。


部屋の入口にコクドが立っている。

「おまえは残れ」

返事はない。

「キーツを見張れ」

沈黙。


「聞いているのか」

コクドはゆっくり顔を上げた。

キョウソはその目を見た。

初めてだった。


恐怖も服従もない。

ただ、冷たいものだけがあった。

「なんだ、その目は」

コクドは答えず、部屋を出た。

上着の内側の冷たいなにかが重く感じられた。


同じころ。

イシは手術記録の原本を箱へ詰めていた。

警察へ提出するためだった。

逃げようと思えば逃げられた。

それでも残った。


シンパンカンは自宅でカーテンを閉め、電話線を抜いた。

外には報道陣がいる。

タヌアの自治都市ではデズ社への強制調査が始まった。

タヌアは国外へ出ようとしたが、空港で止められた。

オウは国境へ軍を寄せながら、介入する気はないと声明を出した。

キタノクニはそれを監視していた。

誰も善意だけで動いてはいなかった。


それでも。

国の中では、人々が同じ方向へ歩き始めていた。


深夜。

ゴエイカンは制服を着た。

妻が尋ねた。

「行くの」

「ああ」

「首相を守るの?」

少し考えた。

「職務だからな」

玄関へ向かう。


「でも」

振り返る。

「職務が終わったら帰る」

妻は笑った。

ゴエイカンも、ほんの少し笑った。


官邸。

キーツは一人で鏡を見ていた。

顔色が悪い。

右脚には細い線が増えている。

黒ずみは膝を越えて広がっていた。


端末が鳴る。

キョウソだ。

キーツは取らなかった。

また鳴る。

取らない。

三度目。

キーツは端末を握った。

「……おかあさん」

声が出ない。


市場の裏を思い出した。

泥のパン。

石。

木箱。


あのころは何も持っていなかった。

いまは官邸にいる。

金がある。

地位がある。

護衛もいる。

それなのに。

あのころより寒かった。


窓へ近づく。

遠くに明かりが見えた。


一つ。

二つ。

十。

百。

道路をこちらへ動いている。

人の列だった。


キーツは目を細めた。

「なんや、あれ」

答える者はいない。


街の外れ。

白い旗を作った女が家を出た。

少年が古い国旗を担いだ。

老人が杖を持った。

学生が端末をしまった。

農家が軽トラックを降りた。

教師が歩いた。

運転手が歩いた。

外国から来た者も、その列に入った。


誰かが言った。

「旗、逆さですよ」

男が自分の旗を見る。

「あ、ほんまや」

直した。

隣の人が笑った。

そこから少し笑いが広がった。


だが誰も叫ばなかった。

石も持っていない。

武器もない。

必要なかった。


彼らはただ歩いた。

一つの通りから。

もう一つの通りから。

橋を越えて。

駅を越えて。

夜の街を進んだ。


小さな流れが合流する。

また合流する。

やがて道路の幅いっぱいになる。

その先に、官邸の明かりが見えた。


白い旗が揺れた。

古びた国旗が揺れた。

手書きの旗が揺れた。

誰かの足音がした。

次の足音が重なった。

その次も。


それはまだ地鳴りではなかった。

けれど、

夜は始まっていた。

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