第一話 旗の夜
革命が起きようとしていた。
幹線道路の幅いっぱいに人がいた。
老人もいた。
若者もいた。
仕事着のままの者も、
子どもの手を引いている者もいた。
誰もが旗を持っていた。
声を張り上げる者はいない。
石を投げる者もいない。
ただ、歩いている。
静かに。
一定の速度で。
その列は交差点の向こうまで続き、
さらにその先の橋を越え、
夜の街へ飲み込まれていた。
炎などどこにも見えない。
それなのに、
窓を閉め切った執務室の中まで、
焦げ付くような熱が入り込んでくる。
「ありえへん!なんで逆らうんや!!」
キーツは机を蹴った。
右側の脚が床を擦り、書類の束が落ちた。
「黙って言うとおりにしたれ、このドアホども!」
窓へ駆け寄る。
眼下を埋める人々の顔など見えない。
ただ旗だけが、夜の街をゆっくり流れている。
白。
青。
赤。
文字を書いた布切れ。
古びた国旗。
手作りの旗。
どれもキーツには同じものに見えた。
反逆。
ただそれだけだった。
「おかあさんの祝福をもろうたあたしがてっぺんなんや!」
叫びながら、キーツは窓枠を殴った。
拳に痛みはない。
代わりに、脚の奥で小さな振動がした。
かちり。
何かがずれたような音だった。
部屋の隅に立っているコクドが顔を上げた。
外国から来た青年である。
キーツ付きになってから長いが、
自分から言葉を発したことはほとんどない。
「なんや」
返事はない。
「なんやねん!」
コクドは窓の外を見た。
それだけだった。
キーツは舌打ちした。
廊下の向こうで怒号が上がった。
議会場から人々が出てくる。
扉が開き、ゴエイカンが姿を見せた。
制服の襟を正し、キーツの前まで来る。
「職務は果たしましたので、これで。」
キーツは一瞬、意味が分からなかった。
「……は?」
ゴエイカンは敬礼もしなかった。
ただ踵を返した。
「おい」
呼び止めても振り向かない。
ブンカンが慌てて後を追う。
「さすがにそれは……非常識では。」
ゴエイカンは足を止めた。
「非常識?」
振り返る。
その視線はキーツではなく、ブンカンに向いていた。
「今日だけで、何人が職を失いました」
誰も答えなかった。
「何人が逮捕されました」
沈黙。
「何人が国外へ逃げました」
ゴエイカンは小さく息を吐いた。
「私の勤務時間は終わりました」
そして出て行った。
キーツの顔が引きつった。
ありえない。
公務員は国家に従う。
国家の頂点は自分だ。
ならば、自分に従うのが当然ではないか。
外から低い音がした。
最初、風かと思った。
違う。
人間の声だ。
何万人もの声が重なると、それは言葉ではなくなる。
地鳴りになる。
キーツの脚が震えた。
また、音がした。
かちり。
今度ははっきり聞こえた。
キーツは右脚を見た。
薄い筋が走っていた。
皮膚ではない。
そのもっと奥。
人工組織と肉体の境界。
白い線が、足首から細く上へ伸びている。
そのとき通信端末が鳴った。
画面には名前が表示されない。
それでも誰なのかは分かる。
「おかあさん!」
返事の代わりに、キョウソが言う。
「これはもう役に立たない」
足に亀裂が入った。
意識が遠のく。
視界にコクドが走り込む。
キョウソが・・・刺され、る、だと?
おかしい。
何が起きている。
いやだ。
このままでは終われない。
かえせ。
あたしの時間を。
おかあさんにとってかわるはずだった。
こんなのは違う。
チガウ。
チ、ガウ……
そして。
遠ざかっていく意識の向こうで、まだ人々は歩いていた。




