表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒薔薇の檻  作者: 麗夜
53/150

第53話「過去の扉」

六月になった。

ある日の午後、ルシアンが珍しく言った。

「見せたいものがある」

連れて行かれたのは、王宮の奥の一室だった。

普段は使われていない部屋で、埃はないが空気が古い。棚に古い書類や小物が並んでいた。

「ここは?」

「母の部屋だった」

エレナは静かにその部屋を見渡した。

三十年以上前に亡くなった、ルシアンの母の部屋。

家具は残っていた。小さなドレッサー、椅子、窓際の本棚。窓から庭が見えた。あの黒薔薇の庭が、遠くに見える。

「なぜ今、ここに?」

「お前に見せたかった。理由は——うまく説明できないが」

エレナは部屋の中を歩いた。本棚に並んだ本を見た。詩集、歴史書、植物図鑑——エレナの父が持っていた本と、似たような種類の本だった。

「お母様は、本が好きだったんですね」

「そうだと聞いている。私が生まれてすぐに体が弱くなったので、直接覚えているのはほとんどない」

「でも、この部屋に来ることはありましたか」

「子どもの頃、よく来た。母の香りがしたから」

エレナは窓際に立った。庭が見える。

「ここから、黒薔薇が見えますね」

「母が好きだった花だ。だから、あそこに植えた、と庭師から聞いた」

「百年に一度しか咲かないのに、好きだったんですか」

「咲かなくても、その存在が好きだったらしい。咲く日を、ずっと待っていたと」

エレナはその言葉を聞いて、胸が温かくなった。

咲く日を待つ。それは——希望だ。

「お母様も、あなたのことをずっと見ていたと思います」

ルシアンが少し間を置いた。

「……なぜ」

「この部屋から庭が見える。あなたが子どもの頃、この庭で遊んでいたとしたら——ここから見えた」

ルシアンは窓の外を見た。

しばらく黙っていた。

「……会いたかった」

声が、かすかに震えていた。

エレナは何も言わなかった。ただ、ルシアンの隣に立った。

二人で、窓の外を見た。

庭に、黒薔薇の蕾が見えた。まだ固い蕾。でも、確かに存在している。

「お母様が、また咲かせたのかもしれません」

エレナが静かに言った。

ルシアンは答えなかった。

でも、その目が——少し、濡れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ