第45話「春の予感」
三月になり、雪が解け始めた。
庭の雪だるまは、とっくに溶けていた。でもエレナはその場所を、時々通るときに見た。何もなくなった石畳の上を。
春が来ていた。
王宮の庭に、最初の花が咲き始めた。白い小さな花が、まだ枯れた枝の間から顔を出している。
エレナは毎朝の散歩で、その変化を楽しんだ。
公爵の件は、まだ完全には解決していなかった。処分の最終的な決定は、まだ出ていない。でも公爵の動きは止まっていて、王宮の空気は以前より落ち着いていた。
マリアが、エレナに話しかけてくるようになった。
廊下ですれ違いざまに、短い言葉を交わす。最初は業務の確認だけだったが、だんだんと雑談が混じるようになった。
「公爵の件、あなたが動いたんですね」
マリアが言った。
「色々な人が動きました」
「でも、最初の糸口を作ったのはあなたでしょう。ガロン商人への接触」
「どこで知ったんですか」
「宮廷は狭いので」
エレナは少し笑った。
「マリアさんは、どうしていましたか。あの頃」
「……私は、何もできませんでした」
マリアが少し俯いた。
「殿下を守りたいと思いながら、何も。あなたは動いていたのに」
「私の方が、失うものが少なかっただけです。あなたは長くここにいて、立場があって——それを守りながら動くのは難しい」
「言い訳にしていたかもしれません」
エレナはマリアを見た。
「遅くありません。これからできることがあれば、すればいいだけです」
マリアが顔を上げた。
「……あなたは、なぜ私にそんなに優しいんですか。嫌がらせをした私に」
「同じ場所で働いているから。それだけです」
マリアはしばらく黙っていた。
「……殿下を、よろしくお願いします」
それだけ言って、去っていった。
その言葉を、エレナは静かに受け取った。
恋心の諦めと、それでも残る大切さ——その両方が、マリアの言葉に込められていた気がした。




