第30話「嵐の中の静けさ」
評議会での問題提起から一週間、宮廷は波立ったままだった。
有力貴族たちの間で、ルシアンへの見方が分かれ始めた。これまでルシアンを支持していた派閥の一部が、公爵の言葉に揺れている。
エレナへの視線も変わった。
廊下ですれ違う貴族たちが、エレナを見る目に値踏みや侮蔑が混じるようになった。侍女たちの中にも、距離を取り始めた者がいる。
でもエレナは、変わらなかった。
毎朝庭を歩き、書類を整理し、仕事をこなした。誰かが陰口を言っても聞こえないふりをした。誰かが目を逸らしても、普通に挨拶をした。
リーナとソーニャは、エレナのそばに残った。
「私たちは、エレナさんの味方ですから」
リーナが言った。
「巻き込んでしまうかもしれない」
「構いません」
「本当に?」
「エレナさんが正しいと思うから、一緒にいます。それだけです」
エレナはその言葉を聞いて、胸が温かくなった。
その夜、ルシアンの執務室で、二人は並んで仕事をした。
ルシアンが書類を読み、エレナが記録を取る。それだけの、静かな時間。
「疲れているか」
ルシアンが聞いた。
「少し」
「正直だな」
「隠す必要がないので」
ルシアンがペンを置いて、エレナを見た。
「お前に、見せたいものがある。明日の朝、時間を作れるか」
「何ですか」
「来れば分かる」
翌朝、連れて行かれたのは王宮の塔の上だった。
螺旋階段を上り切ると、小さな展望台に出た。王都が一望できる場所だ。
東の空が、朝日で赤く染まっていた。
王都の石造りの建物が、朝日を受けて金色に輝いている。遠くに川が光り、その先に山の稜線が見える。
「……綺麗」
エレナは思わず言った。
「毎年、この時期だけ、この角度からこう見える」
「毎年来るんですか」
「一人で来ていた。今年は——連れてきたかった」
エレナはルシアンを見た。その横顔が、朝日に照らされていた。
「ありがとうございます」
「礼はいらない」
「いります」
ルシアンが少し驚いた顔をした。
「なぜ」
「見せたいと思ってくれたことへの、礼です。そういうことに——あなたは礼を言われることに慣れていないでしょう。だから、ちゃんと言います。ありがとう」
ルシアンは何も言わなかった。
でも朝日の中で、その横顔が——わずかに、柔らかくなった。
エレナは再び空を見た。
嵐はまだ続いている。公爵は動いている。宮廷は揺れている。
でも今この瞬間は——ただ、美しかった。




