3.悪魔の記憶
「久しぶりねリア。ここでの生活には満足しているかしら?」
「それはもう、もちろんです!」
「ふふ、それは良かったわ」
ぼくの答えに王女様は満足そうに微笑んでいる。
「そうね、いくつか話さなければいけないことがあるだけど、まずはあなたの立場についてかしら」
「ぼくの立場?」
「我々の国にはプリエスタがほとんどいないということは聞いているかしら?」
「はい、それで国中を探し回っていたと」
「その通りよ、だからあなたは必然的にこの国を代表して学院に行くことになるわ」
それはそうなのだろうけど、言葉にすると重いものがある。ついこの前までぼくはぼろ屋で暮らしていたただの貧乏少年なのだから。
「それなら、出自のわからないものを送る訳にもいかないでしょう」
「そういうものなんですか?」
「当たり前よ。国の威信がかかっているもの。だからリアには形だけでも子爵家の養子になってもらうわ」
ぼくは……たった今貴族になったのか!?実感がなさすぎる。
「今日からは、リア・グラントと名乗りなさい」
「今何とおっしゃいました!?」
ここまでの流れを静かに聞いていたシュラウスが思いっきり咳き込んでいる。
「何か問題でも?シュラウス・グラントさん」
シュラウス・グラント?
そういえばフ彼のフルネームを聞いたことはなかった気がする。それよりも…
「いや、問題というか……俺を呼んだのはこのためか……」
「貴方もグラント家に養子として入ったでしょう?」
「弟ができて良かったわね……ごめんなさい、この場合は妹になるのかしら……」
「ちょっと!待ってください!このひとがぼくの兄弟になるんですか!?」
「あくまで戸籍上よ。そこまで気にすることではないわ」
「「えぇぇ……」」
当事者はそこまで気にすると思うけど…おそらく、これはぼくとシュラウスの気持ちが初めて重なった瞬間だった。
「この話はここまでよ」
しかし、顔を見合わせてため息をつくぼくたちを意に介すこともなく王女は次の話を始めた。
「リア、あなたにお願いを聞いてほしいの。こちらが本題よ」
どうせ拒否は出来ないのだから「お願い」というのはどうなんだろうとは思う。むしろ命令をしてくれた方が親切な気もしてくる。
「私たちが必死になってあなたみたいな子供を探したのにも理由があるのよ」
「聖女については聞いているかしら?」
ぼくは無言で頷く。少し前のぼくだったらそんなものは知らないと言っていたが、アレンさんの教養講座を受けたぼくは、以前よりも物知りになった。聖女とは、一番偉いプリエスタのことで、エステル教団から聖女という称号をもらうそうだ。聖女と聞いて綺麗なお姉さんを想像したけど、信じられないことに聖女の年齢は百歳を超えるそうだ。そのような老人がどんな姿をしているのかぼくにはわからない。
「いくら彼女が長命でも永遠というわけには行かないでしょう」
「ねえリア、次の聖女を目指してみない?」
彼女の発言にはいつも驚かされる。
「ぼくなんかが聖女になれるものなんですか?」
なにせ、こちらはまだ魔法のまの字もわからないのだ。それに繰り返すがぼくは男だ。それが聖女なんてとても考えられない。
「まずなれないでしょうね。一部の人たちは子供のころから少しづつ訓練を受けているようだし。でも、学院の生徒からは聖女が生まれるかもしれない。その可能性は十分にあるわ」
「そのときに、新しい聖女とエトバ王国に全くつながりがないというのはよろしくないの」
「ということで、あなたの任務はプリエスタの間での人脈をつくることよ。思ったよりも簡単でしょ?」
「それは……そうかもしれませんけど」
「もちろん、あなた自身で聖女を目指してもいいのよ。私たちも魔法については詳しくないし、それにあなたの能力は未知数だから」
「いや、その前にぼくが男だってバレちゃうのでは!?」
「聖女になれるくらいの実力があれば話は別よ。教義の一つや二つ変えられるわ……多分」
最後の一言がよけいだな……
「それと、学院の生徒たちのことは定期的に報告して頂戴。出身や魔法の実力、性格や趣味まで、できるだけ細かくね」
「それって…ぼくにスパイをしろってことですよね?」
だんだんと肩の荷が重くなってくるのを感じる。そもそも、国にとって重要なことをぼくに任せるなんて、いくら他に人がいないといってもどうかしていると思う。
「そこまで大したことはしなくてもいいいのよ。生徒たちと良好な関係を築いておくことの方が重要よ」
「……今更なんですけど、ぼくのことを信用しても良いんですか?」
「なんせ窃盗の現行犯だからなぁ」
返す言葉もない……
「…そうね。少なくともあなたにはエトバ王国に反抗する理由がないでしょう?」
「それは…そうですね」
反抗どころか、城での生活に大満足だ。この一週間だけで一生分のお肉を食べたような気がする。こればかりはシュラウスに感謝するしかない。
「本当は誰かをお目付け役で付けたかったのだけど、学院には入れないものね」
「ひとまずはあなたに期待するわ」
期待する、か……その言葉を聞いて少し胸が暖かくなる。わるい気分じゃない。
「そういえば、シュラウスは休暇を欲しがっていたわね?」
「そりゃまあ、長い仕事の後はゆっくりとしたいものですよ」
「それなら美しい湖でバカンスなんていかがかしら?」
「そりゃあ願ってもない話ですが、どうして急に…」
「あなたはしばらくエステリオンでリアとの連絡係になってもらうわ」
「基本は待機だから存分に休みなさい」
「その任務、つつしんで拝命いたしますとも!!!」
ものすごい勢いで表情が明るくなるシュラウス、小屋でぼくを待ち構えていたときと同じくらいの笑顔だ。憎たらしい。
「ではそういうことで。話はこれくらいよ」
深々と礼をして、シュラウスが広間から退出した。振り返ったときに顔がにやけていたのを僕は見逃さなかったぞ。
アレンさんに続いて大広間を後にしようとしたとき、肩越しに呼び止められる。
「リア、少しいいかしら?」
「なんでしょうか?」
アレンさんは先に出てしまって王女と一対一になる。
「あなた、孤児院で育ったそうね?」
「は、はい」
王女の顔は、真剣そのものだった。ただ好奇心でぼくの過去を知りたいといった様子ではない。
「そのころのことを覚えている? なにがあったとか…」
「……実はあんまり覚えていないんです。随分と子供の頃でしたから」
嘘はついていない…一瞬、眼前を覆いつくす黒い炎が脳裏にちらつくが、すぐにかき消す。ただのよく見る悪夢だ。
「そう、ならいいわ。」
「……」
「あのリリー様?」
「あなたに追加のお願いがあるのよ。聞いてくれるかしら?」
ぼくが頷くのをみてから王女は続ける。
「ノックスという名前の悪魔について調べなさい」
「悪魔ですか?」
人と悪魔が戦っていたのはもう随分と前のことだ。ぼくは悪魔を見たこともないし、どんな姿なのかも知らない。たまに悪魔の生き残りが人を襲うという事件を耳にすることがあったが、自分には関係のない話だと思っていた。
「そう。今から10年前、突如としてあらわれた強力な悪魔によってエトバのプリエスタは壊滅したわ。この国にプリエスタがいないのはそのせいよ」
「問題は、ノックスと呼ばれたその悪魔について、私たちが何も知らないということよ」
リリー王女は、苦い記憶を思い出すかのように険しい顔をしている。ぼくは彼女がこんな風に感情をあらわにするのを初めて見た。
「その悪魔はいったいどうなったんですか?」
「奴がエトバで暴れまわった後、他国のプリエスタ達に討伐されたと聞いたわ。でも、不自然なことが多いの……それに……それに」
王女は少し言葉を詰まらせながらも、ぼくの目をまっすぐ見て言葉を紡いだ。
「……私の祖母もプリエスタだったわ」
「人々を救うために全てを捧げた人だった。そして、ノックスの討伐に向かい、ここには戻らなかった。私は、祖母の仇のことを、あのとき何があったのかをどうしても知りたいのよ」
王女は瞳にうっすらと涙を浮かべている。しかし、ぼくには何もかもが急な話だった。どのような顔をすればいいのかもわからなくなる。
「……ぼくに頼みたいことというのは…」
「ノックスが倒された後、その死体は学院の研究所に運ばれたそうよ。きっと奴に関しての資料が学院のどこかにあるはずだわ」
「王女だったら頼めばみせてくれるんじゃないんですか?」
「もちろんそうしてみたわ。けど駄目だった。エステル教団はあくまで秘密を守りたいそうよ」
少し嫌な言い方になってしまったことに気づいて焦ったが、王女は特に気にする様子もない。むしろ過去の対応を思い出してそちらに怒りを覚えているようだ。
「つまり、ぼくは学院のどこかにあるそのノックスという悪魔についての資料を探して王女様に報告すればいいんですね………」
素晴らしい、なんて簡単そうな任務なんだ……大した秘密ではないことを祈っておこう…
「やっぱりスパイじゃないですか!?」
「そうともいうかもしれないわ。でも、さっきも言ったでしょう? 貴方には期待しているのよ」
「それはどういう…」
「そのままの意味よ。貴方はいい意味で世間知らずだから、案外学院でも上手くいく気がするのよ」
「それって褒めてます?」
「さあ、どうかしらね。それと最後に、今や貴族のはしくれになった貴方に、一つ教訓を教えておくわ」
「力あるものには義務がある。魔法が使える貴方は、もはや普通の人ではいられないわ。そのことを忘れないで」
広間を後にして廊下を歩きながら王女に言われたこの言葉が何度も頭の中で繰り返された。
(普通ではいられないか……)
自分の手のひらをみたら少し汗ばんでいることに気づいた。大丈夫だリア。なにも変わりはしない。ぼくはぼくのままだ。
エトバの宮殿での優雅な生活はあっという間に過ぎてしまい、いよいよ学院に入学するときが来た。
「大変な旅だった…」
山道の馬車は苦行そのものだった。シュラウスもはじめのうちはいつもの軽口を飛ばしていたが、次第に口数が減っていき、最後には魂の抜けたような顔をしていた。優秀な騎士でも馬車酔いには勝てないらしい。ぼくもとても疲れている。とりあえず今日は早く休みたい…
「これが、シュリス学院…」
はじめに学院の外観を見たときは少し拍子抜けだった。古めかしい背の低い建物が並ぶばかりで、それだけをみたらどこにでもある小さな村のように見える。だからこそひときわ目立っているのが、学院のなかに建っている白い尖塔だ。湖の畔から続く道を歩いて正門の前に来た。振り返るとぼくを送ってくれた小舟はもう引き返してしまっている。その奥でエステリオンの街の明かりが輝いて見える。ぼくは、大きく息を吸って、学院への一歩を踏み出した。




