2.王女とメイド
「騎士ってのは騎馬に乗るものじゃないんですか?」
小屋での一悶着から一夜明け、現在僕はシュラウスが手網を握る隣で小さな馬車に乗せられている。
一体どれくらいの時間乗ったのだろう。木製のベンチは硬く、既にぼくのお尻は悲鳴をあげそうである。街で豪華な馬車を見かけたときは、いつか乗ってみたいな、と思っていたけど、これなら御免だ……
「っるっせーな。俺は馬に乗るのが苦手なの」
「それとも、俺との二人乗りの方が良かったのか?」
な訳があるか、僕だってゴツい騎士の男にしがみついて馬に乗りたいとは思わない。
「その嬢ちゃんってのやめてくださいよ」
「いいか、これからお前は女の子として過ごすかもしれないんだから、その予習だよ」
…この不良騎士め。絶対にぼくのことをからかってる。騎士道精神、という言葉があった気がするが、この人はきっとそんな言葉を知らないのだろう。
しかし、改めてこんなことになるとは…
小屋での“平和的”な対話の結果、僕は不思議な力を学ぶための学校に行くことになってしまった。
学院での暮らしは快適そのもので、何一つ不自由はないという。明日の糧を求めて生活してきた根無草にとってはこの上ない話なのだろう。なにしろプリエスタは貴族にも劣らない身分だ。将来の心配も無い……
そうやってこの状況を楽観的に捉えようとしてみるけど、やっぱり我が身の行く末が不安でたまらなかった。
それからあまり会話がはずむこともなく、移りゆく風景を眺めながら馬車に乗ること小一時間、
「ふぁ〜あ、よく寝た」
「だれ!?」
突然子供の声が聞こえてきて、驚いて辺りを見渡すが、もちろんシュラウスとぼくの二人しかいない。
「おっ、ようやく起きたか」
驚く様子もなく反応するシュラウス。一体誰と喋ってるんだ?
「ヤバいやつを見るような目をするんじゃねえ!ほら、こいつだよ」
腰につけたポーチの中から何かが飛び出してきた。
「わっ⁉︎」
その何かが僕の膝に着地してきて…これは狐、いや猫か?狸にもみえてきた。
違和感にはすぐに気づいた。ずいぶんと軽いし、何よりも生き物の温かみを感じないのだ。
「なんなんですかこれは⁉︎」
「コレとはシツレイなヤツだな!オレにはシュバルツって名前があるんだぞ!」
「な、なんで喋れるの?」
「お前はなんでしゃべれるんダ?」
シュバルツと名乗るこの謎生物は、僕の膝の上でくるっとまわり、こちらを睨んでくる。だけど、そんなガラス玉みたいに丸っこい目で睨まれても怖くないよね…
というか……かわいいな、この生き物(?)しっぽのふさふさが特にいい。ぼくの手は無意識にもそのふさふさへと吸い寄せられてしまう。
「コラ!勝手にしっぽを触るナ!」
「触ってもいいですか?」
「俺が許可しよう!」
「シュラウッ〜⁉︎」
ナイスだシュラウス。変人扱いしたことは心の中で謝っておこう。
「……もふもふ」
なめらかな毛並みに指を滑らせるととても心地がいい。というか、触っていて思ってたんだけど、この子…ぬいぐるみでは? ガラスみたいだと思った目も本当にガラス玉に見える。
「どうだ、すごいだろ?世にも珍しい喋るぬいぐるみだ」
…やっぱりぬいぐるみなんだ。
「少しは動けるぞ!」
……ぬいぐるみなのに?
なんだか、昨日から不思議な体験をが連続しすぎだと思う。
「ずいぶんと昔に任務中に拾ったんだが、今じゃ優秀な相棒さ…」
しゃべるぬいぐるみを持ち歩いてそれを優秀だと自慢する騎士…やっぱりこの男と関わるべきではなかったか……
「オマエの家を見つけたのはオレなんダ!」
「へ、へぇ……すごいんだねぇ」
「……信じてないダロ?」
「こいつは人の気配を追うことができるんだ。」
「悪魔の匂いには特に敏感でな、討伐任務の時に役には大活躍ってわけさ」
「もっと褒めてもいいんだゾ!」
「よしよし、シュバルツはすごいねぇ~」
「お、いいヤツだなオマエ」
シュバルツは満足げな表情でしっぽを振っている。こうみると本当に生き物みたいだ。一体どうなってるんだか……
「リアの匂いは特殊だったらしくてな、おかげでお前のぼろ小屋で待ち伏せ出来たって寸法さ」
「ぼくってそんなに匂ってます!?」
金持ちのように毎日お風呂に入ったりはしてないけど、森の中で水浴びはしていた。
「ああ、いや。匂いってのはただの例えだ。シュバルツの感覚は人間とは違うからな。ただ、あんまり力を使うと結構疲れるみたいでな、たいていの時間はこうして寝てるのさ」
いつの間にか、シュバルツは目を閉じておとなしくなっていた。さっきから触っていても反応がないわけだ。シュラウスの話を信じるなら、僕をこんな目に合わせた最大の功労者はこのぬいぐるみということになるけど、この愛らしい生き物を恨むことはぼくにはできない。
「というか、喋ったり、寝たり、やっぱり変ですよこの子!?」
「俺も最初はビビったさ、だけど人間大概のことには慣れるもんさ。聞く話じゃあ、シュリスの神聖術ってのは相当ぶっ飛んでるそうだぜ?」
「目に見えない力でものを飛ばしたり火を起こしたり、とにかくなんでもありって噂だ」
自分にそんな奇想天外な力が宿っていると思うとぞっとするけど、その力でシュラウスを吹き飛ばしたのも事実なわけで、彼の噂話がまるきり嘘だと断じることも出来なかった。
「ところで今はその学院ってところに向かってるんですか?」
思えばろくに行き先も知らされないまま馬車に乗せられた気がする。
「いや、その前に寄る場所がある」
「ほら、見えてきた」
そういって窓の外を指さすシュラウス。その先には街の姿が小さく見える。そういえばこの国の王都はリールの街のすぐ近くにあったはずだ。だからこそリールの街は王都へ向かう行商人でつねに賑わっているのだ。
「王都に行くんですか?」
「ご明察だ」
「王女さんにお前を紹介しないといけないからな。礼儀良くするんだぞ?」
…礼儀良くといわれても、そもそも王族を相手にするような礼儀作法をぼくは知らない。それに礼節という言葉が似合わないこの男に言われるのも癪である。結局……王都までの残り時間を新たな不安の種を抱えて過ごすことになった。
王都の大きな門をくぐってまず目に入ってきたのは、街の中央の方にそびえるひときわ大きい建物だった。エトバ城である。ぼくたちの乗った馬車は、一直線で王城へ向かい、シュラウスに連れられるまま宮殿の内部を進んだ結果、現在はやたらと荘厳な空間で待機させられている。
一つ気付いたことがある。どうやらシュラウスという男は騎士としてそれなりに高い地位にあるようだ。シュラウスが通ると城内の騎士は皆彼に敬礼をしていた。これまでの言動からはそのようには思えなかったけど…
城内の広間を美しく飾る装飾の数々に目を奪われ、きょろきょろとまわりを見渡していたのだったが、突然響いた声に意識は奪われる。
「ご苦労様、シュラウス。今回もよく働いてくれたわね」
広間の奥から現れた女性は玉座の右隣に立ちこちらを見下ろしていた。
膝を床につけるシュラウスを見て、ぼくも見様見真似でお辞儀をしてみる。
「顔をあげてくれるかしら」
「は、はい」
「緊張しなくてもいいのよ?あなたのことはシュラウスから鳩文で聞いたわ」
「初めましてリア。私はこのエトバ王国の王女、リリー・エルネーゼよ」
黄金色のしなやかな髪に、空のように透き通った目。高貴な人というものは皆このように美しいのだろうか。
「まずは、あなたが使えるというその魔法の力を見せてもらえるかしら?」
「使えると言いますか…」
「シュラウスの前でやったことをもう一度やってくれればいいのよ」
「……あんまり自信はないですよ?」
「かまわないわ。とりあえずやってみて頂戴」
「はい……」
昨日のことを思い出しながら、水晶を手に握る。そして再び力を込めると…
「…驚いたわ」
玉座を照らす眩い光に、王女は感嘆をもらす。ぼくにとっては三度目の光だ。少しづつ慣れてきた気がする。
「本当にアーツが使えるということは……貴方が男だという方が怪しくなってくるわね」
「できれば信じてもらいたいのですが!?」
相手が王女であるということを忘れて思わず大きい声を出してしまった。
シュラウスに続いて王女様にまでこれほど疑われるとは…複雑な気分だなぁ。
「…アレン、確かめて頂戴」
「…御意に」
メイドの服装をした女性が王女の命令でぼくに近づいてきて…
「失礼します」
「ちょっ…待ってくださ、ひゃ!?」
……絶句である……
「この者の言う通りのようです」
ぼくの尊厳と引き換えにぼくが男だということは無事に証明された…
「ひ、ひどいです…」
誰にも触られたことなんてなかったのに…
顔を真っ赤にして狼狽えるぼくの姿をみても、王女は今でもどこか納得していない様子である。ぼくが体を張った意味は?
認めたくないが、シュラウスの言っていたことがいよいよ現実味を帯びてきそうだ。
「とにかく、貴方に力があることはわかった。ここからは私からのお願いよ。聞いてもらえるかしら?」
「ぼくに選択肢はないんでしょう?」
「理解が早い子は嫌いじゃないわ」
「シュリス学院のことはどれくらい知っているのかしら?」
「魔法について学ぶ学校としか…」
「その認識で間違ってはないわ。その不可思議な力、アーツ・サクリアを自在に使いこなすプリエスタ。とりあえずは普通に学校に通ってもらえばいいわ」
「ただ、貴方の場合は、男だとばれないようにしながら、という条件が付くけれどね」
「あの、普通に男として入学することはできないんですか?」
「そのような前例は聞いたことはないわね。アレンは何か知っている?」
王女リリーの問いかけに、メイドのアレンさんは首を横に振る。
「うーん、魔法は聖女ステラへの信仰と密接に結びついているのよねぇ。プリエスタは女神の御使いとして信仰の対象にもなってているし……」
この話はシュラウスも言っていた気がする。
「そうね、やっぱりあなたが男だとばれるても良い方向にはことが運ばないと思うの。バレたら退学か…悪いと……」
「…悪いとどうなるんでしょうか?」
「さあ、わからないわ。でも貴方だって実験動物のように幽閉されたくはないでしょ?」
「そんなことになるんですか!?」
「さあ? 何せ前例がないんですもの」
この人は…笑顔で恐ろしいことを言う…
まったく冗談ではない。少しずつ学院に行くことを受け入れあったけど、そんな話は聞いていないぞ!?
「もちろんそうならないことを願ってるわ。エトバにとってもあなたは必要な存在だもの。だからどうか気を付けて頂戴」
「が、がんばります……」
まさか、死ぬ気で女装をしなくてはいけない日が来るとは…
「詳しい話はアレンからさせるわ」
「学院に向かうまでの数週間、リアさんには最低限の知識を身に着けていただきます」
「その間の教育係を私アレンが務めさせていただきますので、以後お見知りおきを」
「こ、こちらこそよろしくおねがいします!」
「早速お部屋に案内します。ついてきてください」
こうしてしばらくの王城生活が始まった。やはり不安はのこるけれど、ひとまず森のぼろ小屋からの大出世である。
王城に到着してから一週間。ふかふかのベッドに三度のおいしい食事。……っ快適!!
最初の数日こそはこの不慣れな環境に戸惑ったけど、一度こんな生活を経験してしまったら…もうあのぼろ屋に戻ることはできそうにない。
「…さん、聞いていますかリアさん?」
「ご、ごめんなさい」
足りない教養を補うため、連日アレン先生による講義が行われている。新しいことを学ぶのは嫌いではないけど、歴史の話を長々と聞かされると集中力が切れてしまう。もっと困るのは政治情勢の話だ。つい昨日まで、ぼくにとっての世界はリールの街とその周辺であって、共和国がどうとか、帝国がどうとか言われても何一つピンとこないのだった。
「すこし休憩にしましょうか」
「すみません」
「どのみちすぐに覚えられるようなものではありませんから」
うとうとするぼくのことを特段責める様子もなく、お茶の用意をしてくれるアレンさん。このように勉強の合間に焼きたてのクッキーと高級そうな紅茶をご馳走してくれるのだが、これがものすごくおいしい。
「いつもの紅茶でいいですね?」
「ぜひ頂きます!」
ぼりぼりとクッキーを食べるぼくをアレンさんは優しそうな顔で見ている。最初は厳しい人といった印象だったけど、かなり面倒見の良い性格のようだ。
「このクッキーすごくおいしいです!」
「気に入ってもらえてよかったです。クッキーを焼くのには自信がありますから。勉強を嫌がる姫様もこのクッキーをご褒美にすればおとなしく机に向かってくれたものです」
「王女様にも教えていたんですか?」
「もうずいぶんと前のことですね。それにしても、リアさんは読み書きをどこかで習ったのですか?」
ぼくが文字を読めたことは予想外だったらしい。下町出身だと文字が読めない人が多いからそれが自然な反応だと思う。
「むかし、優しいおじいさんに教えてもらいました…」
1 0年ほど前、森で倒れていたぼくを拾ってくれたのは、山間の小さな村に住む老夫婦だった。近くの孤児院で火事があったそうなのだが、ぼくは目覚める前のことを思い出せなかった。ぼくの他に生き残りはいなかったそうだ。それなら、思い出さなくても良かったのかもしれない……
「邪魔すんぞ~」
宮殿に似つかわしくない無遠慮な声によって束の間の休息は壊された。
「シュラウス!?」
「よう、元気にしてるか?」
「レディの部屋に入るのにノックもなしとは、貴方にも教育が必要そうですね。」
「おっと、これは失礼しました。お嬢様」
「ちょっと、アレンさん!?」
「リアさんの教育には淑女としての振る舞いも含まれますからね。このお紅茶くらいは淹れられるようになってもらいますよ」
「そんなぁ…」
「それで、用件を聞きましょうか?」
「ああ、リアを連れてくるようにってお姫さんがな」
「わざわざあなたに?」
「どうやら俺にも話があるんだと」
「そうですか、ティータイムはここまでのようですね。行きましょうかリアさん」
「は、はい!」




