聖女エレナ、全部バラす
エレナはパンッ! と勢いよく両手を叩いた。芝居の余韻など一切なし。実に爽やかな顔で、きっぱり宣言する。
「結論。無理でした!」
「ちょっと待って、何が!?」
私が反射的にツッコむと、エレナは指を折りながら楽しげに笑う。
「第一に、私が物理的に強すぎました! 第二に、殿下のリリアーナ様への信頼が重すぎました! 以上、作戦終了!」
「ざっくり!」
肩をすくめて敗北宣言する彼女に、殿下は「えっ、あ、ううん……?」と困惑するばかり。そこへエレナが仁王立ちになった。
「殿下。可愛い聖女が涙ながらに訴えたら、普通は話くらい聞くものです。でもあなた、秒速で私が悪いと判断しましたよね?」
殿下、固まる。
「信頼が分厚すぎるんです! 私の名演が可哀想!」
「……名演だったのね」
「というわけで、忠告タイムです」
「急に!?」
エレナはずいっと殿下に詰め寄る。
「甘い言葉、全部恋愛指南書の受け売りですよね。本当は極度の陰キャでしょう? 好きな相手を意識しすぎて避けるくせに、愛情だけは激重!」
「……っ!」
耳まで真っ赤になる殿下。完全に図星だ。
「子供たちに言い負かされて子分にされていたのも、物陰で指南書読みながら手紙を書いていたのも、全部見てましたよ」
「み、見てたの……!?」
「あなたは華やかな王子様じゃない。でも、好きな人のために慣れない努力ができる人です。それで十分。キャラ作りはやめて、ちゃんと相手を見て努力してください。連絡事項までポエムにするのは、もはや重症です」
「ううっ……」
そしてエレナは、今度は私を指差した。
「リリアーナ様も! 猿芝居で時間稼ぎするのはもう終了。本音で話してください。今は逃げちゃだめな局面ですよ」
「……はい」
満足げに頷き、彼女はくるりと背を向ける。
「八百長は失敗。でも本音は出ました。それで十分です。あ、そうそう」
足を止めて振り返る。
「刃傷沙汰の件。殿下、裏でかなり動いてましたよ」
「え……?」
「殿下が派遣して『配達員』として側にいた人たち、全員精鋭の警護兵です」
「ええ!? あの、やたらガタイがいい方たちが……!?」
驚く私に、殿下は消え入りそうな声で白状した。
「だって……警護がついているなんて知ったら、余計に気が休まらないかと思って……」
「他にも、社交界でヴァイオレット派をまとめて怪しい動きを警戒したり、例の鉱山の国営化案を根回ししたり。鉱山使用料をヴァイオレット家へ納めて、利益を確保しつつ、管理責任を殿下が引き受けることで、負担を減らそうとしてるんですよね」
「……初耳だわ」
「ど、どうしてそれを……。まだ伯爵にさえ伝えていないはずなのに」
殿下が珍しく動揺した声を出す。エレナは不敵に笑った。
「だてに女神様の茶飲み友達やってません」
「……茶飲み?」
「ええ。神託を受けるには本来かなりの聖なる力が必要で、今までの聖女様たちは昏倒しちゃって会話できなかったらしいんですけど。私、いくらでも話せるんです。女神様も『こんなに話せる相手、初めて!』って大喜びで。今では定期的にお茶会してます」
「は?」
「『ねえ聞いてエレナ〜、あの王子また夜中にうじうじしてるんだけど〜』とか」
殿下、固まる。
「『今日もポエム五稿目だって。健気で可愛いけど、さすがに重いわよね〜』とか」
「や、やめて……」
「『でもリリアーナちゃん好きすぎて拗らせてるのよ〜、ああいう青春、大好物だわ〜』って、女神様ノリノリですよ?」
私は思わず口を押さえる。
「女神様って、そんな感じなの……?」
「めちゃくちゃミーハーです。完全に『推しカプ』を見守る層ですね」
殿下、真っ赤。
「……推し……?」
「『くっつきそうでくっつかないの最高!』って言ってました」
「やめてください」
真顔で懇願する王子。こんな姿、見たことがない。
エレナは楽しそうに続ける。
「刃傷沙汰の件も、『あ、あれは王子くんが裏で解決に走り回ってたわよ〜、褒めてあげて〜』って解説してくれました。鉱山の根回しも、『あの子、また徹夜してる〜。健気すぎて泣ける〜』って」
私はゆっくりと殿下を見た。
「……徹夜?」
殿下は視線を逸らした。
「……その……少しだけだ……」
「少しじゃなかったですよ? 『三日目突入〜! 栄養ドリンク差し入れしてあげたい〜!』って実況入ってましたから」
「言わなくていい! こ、こんなのプライバシーの侵害だよ!」
珍しく声が裏返る殿下。エレナは大層慈悲深い――もとい、邪悪な笑みを浮かべた。
「殿下、神様はいつでもどこでも見守ってらっしゃいますよ」
「うわーーーっ!」
頭を抱えてうずくまる殿下。体を小さくして隠れるのは、子供の頃からパニックになった時の癖だ。私はその情けない背中を、妙に懐かしい気持ちでよしよしと撫でる。
「エレナ、やりすぎよ。さすがにもうちょっと、プライバシーに配慮した神託を受けてちょうだい」
プライバシーに配慮した神託ってなんだ?
自分でも何を言っているのか分からなくなってきたが、エレナが規格外なのだから仕方ない。注意されたエレナはとたんにしゅんとした。
「ごめんなさい。あ、でも、殿下の件はリリアーナ様を放ったらかしなことに私が怒ったから教えてくださっただけで、基本は女神様もちゃんとしてます! いつもは汚れのよく落ちる洗剤とか、季節のオススメお菓子とかを詳しく教えてくれますし」
レビューサイトのような神託だ。
「……信じていいの、それ?」
「はい! 何なら今度、リリアーナ様も一緒に神託受けます? 私が一緒ならできますよ」
「軽い……! でも、ちょっと面白そうね」
「絶対にやめて!!」
殿下の悲鳴を余所に、エレナは満足げに腕を組んだ。
「というわけで。殿下が裏でどれだけ泥臭く動いていたか、私は全部知ってます」
一拍。エレナのトーンが少し落ちた。
「でもね。それを本人が言わないなら、意味がないんです」
庭園の空気が、少しだけ静まり返る。
「努力は、伝えなきゃ伝わらない。女神様がいくら実況しても、当事者が黙っていたら、相手にとってはゼロなんです。リリアーナ様が不安だったのも、殿下が言葉を間違えたのも、全部『本音』から逃げていたせいですよ」
殿下が、ぎゅっと拳を握りしめる。
エレナはふっと優しく笑った。
「まあでも、女神様いわく――」
にやり。
「『最終的にちゃんと向き合うなら、全部ハッピーエンドへのスパイスよ!』だそうです」
そう言って、彼女は指をひらりと振った。
「じゃ、あとは若いお二人でどうぞ! お幸せに!」
聖女エレナは、最後まで嵐のように去っていった。
残されたのは、かつてないほどの静寂と、夕暮れに染まり始めた二人だけだった。




