決戦の庭園
決戦の舞台は、ヴァイオレット伯爵家が誇る自慢の庭園だ。完璧に整えられた芝生、咲き誇る薔薇。悪役令嬢にいびられるヒロインが映える、絶好のロケーションである。
「いい舞台ですね! さあ、いびってみてください!」
満面の笑みで迫ってきたのは、いびられ役の聖女エレナだった。
「えっと……」
いびれと言われて即座にいびれる人間が、この世にどれほどいるだろう。少なくとも、前世で平凡な市民だった私には無理だ。
「定番はありますよ。お茶をかける、突き飛ばす、言いがかり。後ろに行くほど演技力が要るので、順番にいきましょう!」
「なんでそんなに詳しいのよ……まさか、誰かにやられたの?」
「今は脱線しないでください! 殿下は明日のお昼にいらっしゃるんですから!」
面会を申込む手紙を送った所、殿下から届いた返信ポエムはこうだ。
『今日の太陽は、君の不在に耐えかねて既に私の空から消え去った。ゆえに私は、天頂の輝きが再び世界を照らす刻を待つ。一番早い風を捕まえ、君の元へ』
解読班(私)による分析結果は以下の通り。
「今日の太陽は消え去った」=今日は予定がいっぱいで動けない。
「天頂の輝きが再び照らす刻」=明日の正午。
「一番早い風」=明日の昼、最速の馬で来る。
つまり、「明日のお昼に訪問します」だ。だが、この難解なポエム解読に時間を取られ、練習時間は絶望的に足りない。
「……お願いするわ。まずはお茶から。温度を確認するわね」
カップの中身は、両親がエレナのために用意した上等な紅茶。
「……もったいなくない?」
「じゃあ、泥水をミルクティーって設定で」
「却下。ドレスが泣くわ。水差しの水でいくわよ」
(ごめんね、エレナ。これも円満没落のためよ……!)
「……えいっ」
そっと水を注いだ、その瞬間。
――パキンッ!
乾いた音とともに、水は黄金色の壁に弾かれて霧散した。
「……は?」
「あ、すみません! 女神様の加護でオートガードが自動的に……てへ!」
(てへ、じゃない。聖女の防衛本能、有能すぎて邪魔!)
「……次よ」
私は立ち上がり、芝生にクッションを並べた。安全第一のぶつかり稽古だ。
「女神様の加護は、私が好意を持っている相手には反応しません。ドンと来てください!」
「えいっ!」
「そんなのじゃ転べません! 我が家の二歳児の方が勢いありますよ! 重心を落としてドーンです、ドーン!」
「い、行くわよ! えいっ!!!」
覚悟を決め、全力で体当たりを仕掛けた。
――ドンッ!
鈍い衝撃。次の瞬間、視界が180度回転した。
(……あ、私、今、飛んでる?)
エレナの鋼の肉体に弾かれ、私はクッションの上までダイブしていた。
「リリアーナ様! 大丈夫ですか!?」
いびり役が倒れ、いびられ役が必死に介抱している。何やっているんだろう、私。
「……物理攻撃はやめましょう。私が無事じゃ済まないわ」
最終手段、言いがかりだ。私はゲームの記憶を必死に手繰り寄せた。
『いい、エレナ。殿下の婚約者はこの私よ。私を差し置いて殿下に近づくことは、ヴァイオレット家への侮辱であり、殿下の名誉を汚す行為。許さなくてよ!』
会心の出来だ。女優エレナも一瞬で完璧な「悲劇のヒロイン」へと変貌する。
『そんな……誤解です……っ』
悲しげに俯くエレナは、女神のごとき可憐さ。これなら、誰が見ても私がいじめっ子だ!
そう確信した、その時。テラスの扉が勢いよく開く音がした。
「……え?」
「殿下!? どうしてここに!」
アウレリオ殿下が、そこに立っていた。
「早く着いちゃって。外から君の声が聞こえたから……」
「い、いらっしゃるのは明日では……」
「え? 『君に会えない時間は太陽が沈んだも同然だから、一刻も早く君という光(太陽)に照らされたい』って書いたつもりだったんだけど。待ちきれなくて、一番早い馬に乗ってきたんだ」
――ポエム解読ミス。我々の国語力は、彼の鍛え抜かれた比喩表現に敗北したのだ。というか、面会申請を出した当日にやって来るとは思わなかった。
「それより、今の会話……」
「ッ!」
固まる私の前に、エレナがさっと立ちはだかった。
「殿下、実は私……リリアーナ様にいじめられていて……っ」
切実な表情、握りしめられた両手。完璧だ。これぞ聖女! だが――。
「……嬉しいな」
アウレリオ殿下は、なぜか頬をバラ色に染めていた。
「リリアーナが、そんなに僕を想ってくれていたなんて……」
「……はい?」
「エレナを排除しようとするほど、僕に独占欲を抱いてくれていたんだね……可愛いなあ、リリアーナは」
だめだ、この人。悪役のテンプレ台詞を「情熱的な愛の告白」へと超訳してしまった。
「殿下、ちゃんと聞いてください! リリアーナ様を今すぐ辺境へ追い出すべきです!」
食い下がるエレナ。だが、殿下はスッと表情を消し、冷徹な王族の顔で彼女を射抜いた。
「……エレナ。それ以上彼女を侮辱するなら、王室侮辱罪だ。君でも容赦しない。彼女が僕を愛するあまり、少しばかり過激な言葉を選んだだけじゃないか」
(いや、どう見てもいじめてたでしょ!?)
まずい。このままでは王家と教会の全面戦争だ。
「ご、ごめんなさい!! 私が全部悪いんです!!」
私は叫ぶように、すべてをぶちまけた。
家が繁栄しすぎて家族が過労死寸前なこと。円満に隠居したくて「没落」の芝居を打ったこと。
「殿下の気持ちも考えず……私、最低でした! せめて慰謝料はこれから一生かけて、何をしてでも返しますから!」
沈黙が流れる。
アウレリオ殿下は呆然と私を見つめ、やがて小さく吐き出した。
「……そっか。正直に言ってくれて、ありがとう。僕の方こそごめんね。隠居したくなるほど君を追い詰めていたなんて」
謝る彼を見て、私の罪悪感は深まる一方だ。
その張り詰めた空気を、エレナが大きく吸い込んだ。
「……はいはーい! ではここで、いびり作戦の結果報告です!」




