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爆走聖女と『八百長いびり作戦』

「たっだいまー!!」

教会の聖なるオーラと、それに反比例する野性味あふれる物理的突進力を纏って現れたのは、当代の聖女エレナだ。

応接室で家族揃ってソワソワと待っていると、案内人を置き去りにしたエレナが弾丸のような勢いで飛び込み、私に抱きついた。

かつて我が家で「いびり倒されていた(と誤解があった)」彼女だが、今やこの家を「第二の実家」と呼び、事あるごとに遊びに来る。

「あ、これ、夫と孤児院の子供たちからのお礼です! 先日はチャリティへのご寄付、本当にありがとうございました!」

「エレナ様、よくぞおいで……」

「お父様、『エレナ』でいいって言ってるじゃないですか! 私とお父様の仲じゃないですかー! あ、お母様、今日のドレスも素敵! 抱きついていいですか!?」

……両親は、石像のように微動だにしない。

事情を知らぬ者が観れば「不遜な聖女に、ヴァイオレット伯爵夫妻が怒りで固まっている」と誤解するだろう。だが、実際は違う。

「……用も無いのに、よく顔を出せたものだな(多忙な時期だろうに、無理をして倒れたらどうする)」

「そうなんですよー! 本当は各地の結界強化で巡礼の旅に出なきゃだったんですけど、せっかく作ったクッキーが湿気る前に渡したくて。家からリモートでチャチャっと済ませました!気合で聖なる力を国中に送ったら、女神様も『そんなことできるの!?』ってびっくりしてましたよー」

――まさかの、聖女の務め「テレワーク化」である。女神様もドン引きだ。

その手土産を見て、母は心底迷惑そうに眉を寄せた。

「……こんなもの、いらないわ(実家なのだから気を使わず、ゆっくりしていきなさい)」

「ご心配なく! 私も子供たちもお先にお腹いっぱい頂きましたから! お父様の植物とお母様の刺繍、チャリティで大好評ですよ。子供たちが『お礼にヴァイオレット家の皆さんに食べてほしい』って!」

母の手はエレナの持ってきたクッキーの箱を、壊れ物を扱うようにそっと受け取っている。

「我が家が直接、手を下せれば良かったのだがな(現地で一緒に子供たちと遊んでやりたかったが)」

「いえいえー! イベント中はアウレリオ殿下が子守に来てくれているので大丈夫ですよ。まあ子守というより、おもちゃにされちゃってますけど。あはは!」

会話が成立していないようで、実は魂の深い部分で通じ合っている。

思えば、我が家が導入した「ゆとり教育」の結果、彼女は貴族らしい慇懃無礼さを一切身につけず、天真爛漫な「超・庶民派聖女」として完成されてしまった。

かつて両親が彼女を厳しく(?)指導したのも、自由すぎる彼女が王家に嫁いで苦労しないようにという、不器用な親心だったのだ。

現在は、穏やかなイケメン神父(夫)に見守られ、泥だらけで孤児と走り回りつつ、合間に「国家守護」という重労働をこなしている。

優秀なのは間違いない。

イケメン神父と公然の仲になってからも、王族からのアプローチがあったが、それを我が家は彼女の意思を尊重して正面から突っぱねた。

アウレリオ殿下の助太刀があったとはいえ、王族に逆らうのは肝が冷えたが、それでもやはり――「彼女が王家に嫁がなくて本当に良かった」と、私は確信を持って思う。


両親が(照れ隠しで)席を立った後、私は家族同然の彼女に意を決して相談を持ちかけた。


「――というわけで、エレナ。私たちは今『円満な没落』を目指しているの。そのために、私、アウレリオ殿下と婚約破棄したいのよ」

「ええっ、あんなに美少年なのに!? ……あ、でも、貴族って確かに胃がキリキリしますもんね。私、お試し体験しただけで性格変わりそうでした」

「そ、そうね(元のルートでは彼女は、もっと清楚だったものね……)」

「よっし、分かりました!今の私の幸せはヴァイオレット家の皆さんのおかげ。私にできることなら、何でも協力します!」

やる気満々のエレナ。だが、ふと不思議そうに首を傾げる。

「でも、私がいびられたくらいで、殿下が婚約破棄なんてしてくれますかねー?」

「大丈夫よ」

私は静かに言った。

「聖女は国の要。そのあなたを私が傷つけたと知れば、正義感の強い彼は必ず怒るわ。そもそも、この婚約は“彼を守るため”のものだったの」

美形すぎてトラブルを招きやすい、内気な王子を守るための防波堤。それが私の役目だった。

「私って、生まれついての『悪役令嬢』なのよ。人に嫌われる役を引き受ける性分なのかも」

「?」

「……とにかく、殿下にとって私はもう『保護者』としてのお役御免なの。あの謎ポエムだって、正直いまいち響かないし……」

私の後ろでオドオドしていた少年は、もういない。

「あー……。アウレリオ様、頑張る方向が盛大に残念ですもんねー。子供たちと遊んでいる時の方が、絶対リリアーナ様受けいいのに」

「どういう意味?」

「いえいえ、こっちの話です!」

エレナはパン、と威勢よく手を叩いた。

「分かりました! この聖女エレナ、皆様のために全力で頑張ります! お任せください!」

こうして――かつて「いびり」を阻止するために奔走した私が、今度は聖女を「全力でいびる」という一世一代の茶番劇。

『八百長いびり作戦』が、今、静かに幕を開けたのである。

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