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あなたに贈る物語


 去年の六月から半年あまりをかけて、一本の小説を書いた。

全六十万字。自分でもそんな長い物語になるなんて思っていなかった。


 子どもの頃から二十代までは書いていたけれど、いつの間にか筆をおき、数えてみたらおよそ二十年ぶりの執筆。

ルーズリーフに書き散らすような書き方しか知らなかった私は、初めての小説投稿サイトでの執筆に戸惑いながらも、ただただイメージが降りてくるままに書き続けた。

それが、私にとっての代表作になっている『食堂の聖女』という物語。

物語のあとがきにも書いたのですが、実はこのお話は、丸ごと私の遺書だったりする。



 書き始めた去年の六月。

実は、体調がかなり不安定だった。

元々少ない血液成分は横ばいから減少に変化していて、検査結果を見るたびに見た事のない数字に。

……困ったことに、元々傾向分析などを仕事にしていた為に、検査結果から今後の自分に起こることがなんとなく読めた。

おそらく、このままいくなら三年もたない。

そう、覚悟せざるを得なかった。


 その時に感じたのは、とうとう来たかという達成感混じりの諦め。

今までも何度か触れたけれど、死をそんなに怖いとは感じていないんです。

だって、もう三十年近く、医者からは覚悟しなさいって言われ続けてきていたんですもの。

逝く時に後悔しないように、何かをすると決めたら必ずやり遂げよう。後回しになんてしない。

そんな生き方をしていたから、その時が来たなら素直に受け入れる心の準備はもう出来てしまっていたのです。


 ……でも、私、今、お母さんなのですよね。

まだ小学生の娘をおいていかなければならない。

これから来る思春期も、高校受験も、その先も、支えてやることができない。

特別養子縁組で親子になった娘は、きっとこの先、自分の出自についても悩む日がくるでしょう。

自分が本当に愛されていたのかと悩む日もくるかもしれない。

そんな大切な時に、私は寄り添うことが出来そうにないのです。


 旦那は良く出来た人だから、きっと私がいない分も娘を大事に育ててくれる。

そこは何も心配はしていないけれど。


 それでも、何か、娘に残していきたい。

日常から撮っている写真で作るアルバムや、家の味を少しずつ書き留めたレシピノート。

そんなものももちろん残していくけれど、でも、もっと違った何か。

あなたを愛しているよ、そんな日々の言葉じゃ足らなくて。

でも、照れ屋な私は、面と向かってなんて渡せそうにない。

どうせなら私が居なくなった後、十年とかもっと先に見つかるような、そんな何かを残していこうか。

あぁ、そうね。放っておくといつまでも読書に没頭しているあなたなら、きっと本がいい。

……そうして、出来たのが、あの物語でした。


 普段から家で食べている料理を出したら、あれ?ってなるかしら。

私の口癖や、ちょっとした時に娘に話したことを盛り込んだら気が付く?

あぁ、そうだ、養子の話も書いてみよう。あなたと親子になるにあたって母も悩んだり困惑したりしたんだよってもしかしたら伝わるかもしれない。

あなたの母がどんな風に世界を見て、自分の寿命を感じ、生きていたのか。

ねぇ、こんな物語を置いていったら重たいかしら。

それでもね、置いていきたいの。貰ってくれる?


 書いていた最中は本当にがむしゃらで、友人に指摘されるまで自叙伝なんて意識もなくて。

ただただ、伝えたい言葉を物語にして綴っていったら、気が付いたら文庫本七冊分にもなるお話が出来上がっていた。



 物語を本にして、自分の本棚に並べよう。

そんなことを思いついたのは、どのあたりを執筆していた頃だったか。

読書の好きな娘は、きっと私が逝った後には私の本棚の本も読んでいくことだろう。

だから、こっそり紛れさせておこうか。ごく普通のラノベのように文庫本にして本棚に。


 母は素直じゃないので、最初からあなた宛てだなんて分かるようにはしてあげない。

全七巻の、一番最後。

最終巻のあとがきの後に、娘の名前と私の名前を。

大人になるまで見届けられない、ふがいない母から、あなたに贈る物語。



 物語を書き始めてからもう一年以上が経って。

ぽんこつな私の体は、ちょこっとだけ良くなってみたり、また悪化してみたり。

後何年残っているのかは、またよく分からない状態に。

それでも、きっと娘の成人式は見られないのだろうなと覚悟はしてる。

いつその日がきても良いように、少しずつ準備を進めていく。


 小説の印刷も三巻目まで進み、なんとなくの最後まで本にする目途もたった。

微妙に娘にバレているみたいだけど、やっぱり恥ずかしいから生きているうちは渡さないつもり。


 いつか、娘が読んでくれる日を夢見て、今はもう少しだけ足掻いてみよう。

願わくば、全巻揃えて本棚に入れるまでは、おうちにいるお母さんをやっていられますように。

願わくば、その先も少しでも長く――……




今回のエッセイはこれで一度おしまいです。

ただただ心にあるものを書き綴っただけの文にお付き合い頂きありがとうございました。

また、気が向いた時に書き始めたら、その時にはまた読んでやって頂けると嬉しいです。

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