EP69 政略
「破海竜が復活したらしい……。」
「動き始めたの間違いだろ?」
「あの地震は始まりでしか無い……大津波が大陸を飲み込むらしい……。」
「他人事じゃないって事か……。」
「そんなの元からじゃ無いか!」
「募金……行くか……。」
「俺も1ファルゴくらいなら……。」
「5ファルシずつ出し合って両替えしないか……?」
シンが翌朝、暗く沈んだ様子で酒場に行くと、大勢の人が詰めかけていた。
「ふわぁ、眠いなぁ……おいおい!一体どうなってんだ?」
シンは慌てた様子で、状況を確認しようとする。しかし、誰にも何が起こったか分からない。
「じ、地震がどうとか……。」
「まさか、地底で海竜が暴れて……の話を真に受けたのか……?」
シンには事の真相が見えて来た。
その時、シンが酒場に現れたのを察知した誰かが叫んだ――。
「シンが来たぞ!!!」
その一言を皮切りに、群衆が一斉にシンを取り囲んだ。
「た、頼むよシン!このままだと大陸が沈むんだろ!?」
「俺、定期募金をするからさぁ……頼むよ……。」
「今まで馬鹿にしてて悪かった!俺も定期募金するから!」
群衆の様子を見たシンは、先日の募金は少し性急すぎたのだと悟り、自分の見通しの甘さを深く反省した。
同時に、あれほど小規模な地震が人々の心をここまで動かすのかという事に、驚きを隠せなかった。
「シン!何の騒ぎ!?」
遅れてやって来た花も、慌てた様子でシンに聞いた。
「昨日の地震で、何故か町全体の士気が上がったらしい!やったな!」
シンは純粋にこの状況を喜んでいる。
そして、花からの反応を待つことなく、大きく声を張り上げた。
「みんな、募金に来てくれてありがとう!でも、このままじゃ状況が分からない!
2列に並んでくれ!左が定期募金希望者で、右が取り合えず来てくれた奴だ!」
シンは群衆を二つに分けたが、それは単に情報を整理するためではなかった。
彼は巨大組織のリーダーとして、そして戦いに臨む者達の統率者として、集団心理をこの場にいる誰よりも理解していたのだ。
シンが耳を澄ますと、すぐに期待通りの反応が起こった。
「え?定期募金するの?」
「なんだよ!お前、海竜と戦うのに金も出せねえのか!」
「お前、それでも男かよ!」
「じ、実は私も定期募金にしようかと思ってたのよ……アハハ……。」
(人間ってのは、どこの世界でも変わらないもんだな……。)
シンはマスクをしてなかった後輩が、リンチされていたのを助け出したのを思い出しながら、感慨に耽っていた。
人間は危機を前にしたとき、心を一つにして団結する。しかしそれは、真っ当な心意気から来るものとは限らない。
”同調圧力”、即ち非協力的な人間への威圧によって、民衆は統合されるのだ。
その後、シンは募金者本心の是非にかかわらず、定期募金者の名前をリスト化した。
結局のところ、8割近い募金者は定期募金者にさせられた。
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「今日までの募金が合わせて200……定期募金が月に100……明日は同調圧力で、今日来てない奴が来る……。
それを考えれば、あと一月で大体500か。悪くない値だ。ただ、金貨本体の残存数が気になる。この経済状況だと……。」
シンはそろばんを打ち鳴らしながら、花には理解できない計算を続けている。
彼は不運にもブラック企業を引き当ててしまったが、一流大学の学歴に裏付けられた銀行員としての実力は本物であった。
「ね、ねぇシン……不本意に募金させられた人もいるみたいだけど……本当にいいの?
海竜が地震の原因だって分かってないんだし……。」
花は性根が優しかったために、シャノンの人達を騙しているような現在の状況が、正直なところ居心地が悪かった。
「……海竜を倒せばこの町の経済は復活する。そのための投資だと思ってもらえばいい。」
シンは花に目をくれることもなく、計算を続けている。
「で、でも……海竜が原因じゃなかっ」
花がシンに訴えかけようとしたとき、それを遮るように背後から声がした――。
「あ、あの地震を起こしたのは僕の魔法なんだ!……ごめんなさい!」
花が振り向くと、サムが憔悴しきった様子で立っていた。
「……何てことをしたの!人が死んでたかもしれないのよ!!
悪戯でそんな事をするなんて……今すぐ謝りにいかないと!」
花はそう言うとサムの腕を掴み、痛くならない強さで引っ張った。
その心は町人への申し訳なさと、サムの軽はずみな行為への怒り、しかし鬼にもなりきれない性根で、複雑な渦を巻いている。
しかしサムにより齎された事実は花の想像と大きく違い、彼女の怒りはすぐに収まった。
「い、悪戯じゃないんだ!力が暴発しちゃって!ごめんなさい!」
サムは手を振りほどこうともせずに、必死になって釈明している。
彼には自分の力が抑えられない事への、トラウマが刻み込まれていた。そのため、下手に抵抗ができなかった。
「そ、そうなの?こちらこそ、ごめんなさい!早とちりしちゃって……!」
普段は基本的に温厚な花が、ここまでの勘違いをしたのには理由があった。
それは広場を水浸しにして、騒ぎ立てていた漁師たちの存在だった。
彼女の目には力に酔いしれた彼らの様子が、しっかりと刻み込まれていた。
「じゃあ、謝るのは私だけでいいわね……。シン、募金箱と名簿を貸して。
今から人を集めて、払い戻しをするわ。」
花の判断は早かった。
元から不本意な募金者が多かった事に加え、大きな要因となった地震は自分たちの仲間の仕業と分かったのだ。
それは彼女にとって、”詐欺”と呼ぶに相応しい行為だった。
しかし、シンの考えは違った――。
「別によくないか?だって、海戦のための募金であることに変わりないだろ?
それに、単発の募金額はいちいちメモしてねぇから、過大請求されるのがオチだぜ?
俺らが地震を仕組んだわけじゃ無いし、そいつも悪気が無かったなら言わなくていいだろ。
噂だって、俺らが宣伝したわけじゃ無いし。」
そう、彼は清也や花とは違った。
彼は決して、お人好しでは無かったのだ。
「何言ってるのよ!海竜がこの地震に関わってない事が判明した今、見過ごせるわけな……きゃあっ!」
花の言葉は再び遮られた。それは、足元の大きな揺れが原因だった。
それはサムが起こした地震とは、比較にならない大地震。
横揺れと縦揺れが交錯し、複雑なうねりを帯びながら家具を横倒しにする。
シンは花とサムを抱えると、すぐに机の下に潜り込んだ。
「ま、また地震!?そんなタイミング良く起こるものなの!?」
「どうやら俺たちは、本格的に海竜を怒らせちまったのかもしれない。……これで、噂に嘘はなくなったわけだ。」
シンは冷静に現状を分析すると、少しだけ笑みをこぼした。




