EP33 怪音
清也の誘導は、確かな効力を発揮した。
翌朝に清也が起きると、花が不機嫌な事を除けば特に異常は無かった。
「お、おはよう、花……。」
「ゆっくり眠れたようでよかったわね。」
清也が恐る恐る話しかけると、花は作ったような笑いと共に言った。
女性経験ゼロの清也でも分かるほど、明らかに怒っている。
「う、うん……。」
清也は勢いに押されてこれしか言えなかった。
旅団はその日も10時間進み、何事もなくキャンプ地に着いた。
一昨日の班に分かれて点呼をとったが、欠けている人も、余る人もいなかった。
この事で、清也の疑いは確信に変わった――。
(間違いない、僕たちの中に人狼がいる!)
その日も清也は、見張りをせずに花と同じテントで寝た。
花の機嫌はだいぶマシになってきたが、ここで手を打たないと明日も同じになるだろう。
そこで清也は、一計を案じることにした。
カンテラを消し、清也は一度わざと寝息を立てた。
そして1分ほど待つと、「はな……。」とだけ呟く。
背後で、確かにゴソッという音がした――。
たったニ文字の言葉だが、効果はあったようだ。
翌朝の花は昨日とは打って変わり、とても上機嫌だ。恐らく、寝言に出てきた事が嬉しかったのだろう。
「おはよう清也♪」
「あぁ、うん、おはよう」
清也は今回も花の勢いに押され、これしか言えなかった。
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次の日、また次の日、そのまた次の日。
結局は11日間、何も起こらずに進む事ができた。
そして14日目の夜、ドゴル到着を目前にして、清也たちは焚き木を囲んでいた。
「やっぱり人狼は、俺たちの中にいるみたいだな。」
「もし、居なくなった二班のどちらかにいたなら、道中で一班ずつ攫えばいいわけだしね。」
清也もシンに便乗する。
「清也、お前は人狼の目星はついてるのか?」
「あぁ、一応……2人かな。」
少し口籠もった後で、清也は言った。
「それは誰なの?」
「サーインと最後尾の護衛。」
清也は目を逸らしながら言った。
「サーインなら、みんなを待つふりをしてキャンプの外で待ち構えられるし、後退しないと決断したのも彼だ。
最後尾の護衛が退路を絶ったから、今この状況になってる。この2人がグルの可能性もある。」
清也は淀みなく言い切った。その目はシンだけを見つめている。
「なるほどなぁ……。」
「シンはどう思ってるの?」
今度は花が言った。
「俺は……特に思いつかないや。」
シンも一度、口籠ってから言った。
「ともあれ、明日には町に着く。
半数がやられたのは残念だが、無事に着けてホッとしてるのが本音だな。」
シンは安堵した様子で、言葉を続けた。
「……そろそろ寝ましょうか。夜も遅いし。」
花が眠たそうに清也の袖を引く。
もはや2人は、同衾するのが当たり前になりつつある。
「ヒュ~♪お熱いねぇ〜お二人さん!」
シンが口笛を吹いて、2人を茶化す。卑猥な想像をしている事が、その表情より見て取れる。
「そんなんじゃないよ!」
清也は、慌ててシンに反論した。
「そんなんじゃないよ……早く寝よう……。」
花は少し俯いて言った。かなり寂しそうにしている。
事実、この二週間では花が期待するような発展は、特に無かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
清也はその日の夜、久しぶりにカバンの中を整理した。
すると、ボロボロな勇者伝説の本が出てきた。
「そう言えば、こんなの借りてたっけ。」
存在を完全に忘れていた彼は、その本を開いた。
本は前回と同様に、ボロボロで文は読めた物ではなかった。
しかし、挿絵だけは綺麗に残っていると気が付き、それとなく眺めてみた。
そこには黄色い瞳に黒い髪、白と青の刃をした"日本刀"を持った男が描かれている。
「あなたが、勇者……。」
清也は小さく、独り言を呟いた。絵に込められた迫力に、押されているようにも見える。
「……あれ?フローズンエッジは?」
挿絵を食い入るように眺めていた彼は、遂に気が付いた。
鍛冶屋の店主は、"勇者がフローズンエッジを使った"と言っていたが、挿絵の日本刀とは似ても似つかない。
「きっと持ち替えたのよ、途中で。」
背後から、眠たそうな花の声がする。心底興味が無さそうな声だ。
「ごめん、そろそろ寝ようか。」
清也はそう言ってカンテラを消した。
しかし花は、このまま眠る気では無かった。
「ねぇ、清也。こっちを見て……。」
言われた通りに向き直ると、彼女は清也の瞳を真っ直ぐに見つめている。
「私たち、もうずっと一緒にいるように感じるけど、まだ3週間ほどなのよね……。」
花はいつもより少し大人びた、艶やかな声を出した。
その声は幻想的で、心が溶けてしまいそうなほどに完備だ――。
「うん、そうだね。共にいる時間は短いけど、君は最高のパートナーだよ。」
清也は少し慌てながら言った。
雰囲気が"そういう方向"へ流れていると感じるが、それが満更でも無い事を恐れているのだ。
「試験の時、私に気付いてくれて嬉しかった。
私を守ろうとして真剣になって決闘までしてくれたことも私は忘れない……。
だから、これはその事への恩返し……。嫌なら、ちゃんと断って……そうすれば、諦めるから……。」
そう言うと花は目を瞑り、清也に顔を近づけて来た。
明らかに、何かを求めている。そしてそれは、恐らく友人関係の終了を意味するものだ――。
清也は覚悟を決めた。
拒絶されるのが怖くて、自分の本心から逃げて来た。
けれど今を逃したら、一生すれ違うような気がしたからこそ、意を決して思いの丈を伝えようとした。
彼も気持ちは同じだった。花が彼を好いているように、彼もまた――。
「僕は……君の事が…………ん?」
そこまで言って、清也は顔を近付けるのをやめた。
「なんだ?この音……。」
雰囲気を壊すのを承知で言った。何かが可笑しい。正確には、何かが起こっている。
「ねぇ、何て言いたかったの?」
花は堪らずに聞いた。彼女の耳には、"男"が聞こえない。もっと言えば、そんな事はどうでも良いのだろう。
しかし清也は、そういう訳にもいかない。勇者としての責務が、彼の好奇心を駆り立てる――。
清也の頭には、得体の知れない予感がよぎっていた。
そして、それが"人狼に関する事"だとも分かっていた。
「花……落ち着いて聞いてくれ。僕は今から、外の様子を見てくる。
僕がテントから出て、"走れ"って言ったら、すぐに出て来てくれ、そしてベーステントに向かって欲しい。
夜勤の護衛がいるはずだから、守ってもらうんだ。居なかったら、寝ているサーインを叩き起こしてくれ!」
清也は早口で言った。その様子に、流石の花も不穏な気配を感じ始める。
「一体何があったのよ?それに、サーインは人狼かもって……。」
「外から、"妙な音"が聞こえる!もしかしたら、人狼が何かをしているのかも知れない!
サーインのは大丈夫!"3人"の中で最も可能性が低いのは彼だ!彼なら多分大丈夫!」
清也は伝わらないことを承知で、要点だけを言った。
「ちょっと待ってよ!」
花は訳が分からずに清也を呼び止めたが、清也は花の制止も聞かずに、スタスタと出て行ってしまった。
外に出て、深く耳を澄ました。
掠れたため息のような不快な音が、キャンプの奥に広がる茂みから聞こえてくる。
その音を辿ってみると、人がゾンビのような足取りで音のする方へ向かっている。
「走れっ!」
清也は叫んだ。花がテントから飛び出してくる。
「清也、一体……?」
花は清也と同じ方向を見て、硬直した。
「サーインに伝えてくれ!人狼が来たっ!」
花がベーステントに向かうと、清也は一際目立つ赤いテントに向かった。
「おいシン!いるかっ!?」
そう言ってテントを開けると、中には"誰も居なかった"。
それを確認した清也は血相を変え、音のする方へ走って行った――。




