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白雪姫 17


「上手くいったわね」



悪役として、罪人として捕らえられた継母と次に話せたのは、一週間後のことだった。王族の罪人は城から遠く離れた小さな塔に幽閉されることになっている。その塔に向かう馬車が出発する前に、継母と話す時間を設けた。


周りの者は勿論反対した。命まで狙ってきた彼女と護衛も連れずに話すなどあり得ない、と反対意見がほとんどだった。それでも姫は折れず、また継母と会える時間を手に入れたのだ。


数年塔にいた後は、継母は自由の身になる。しかし、女王となった姫とまたこうやって話すことはできないだろう。だからこれが最後の二人の別れだった。



「はい。そうですね。上手くいきました。お義母様が私に本当に毒林檎を食べさせた時は驚いたのですよ」


「事情は王子に聞いているかしら?」


「ええ。王子を試すためだったとか。それと…私の口付けへの反応を見るため、もあるかもしれませんね」


「あら、誤解だわ。私は良かれと思ってしたのよ。そんな邪な気持ちはないわ。…で、どうだった?初めてのキスの感想は?」


「お義母様!!」


「ふふ。相変わらず可愛い反応をするものだこと。ついついからかいたくなってしまうわ」



姫と継母は笑い合う。城の者には見せられない光景だ。朗らかに笑う継母の笑みは優しげで、まるで本当の自分の娘を見るような愛情深い眼差しを姫に向けている。



「幸せになってね。女王になるのは良いけれど、そのためにすべてを犠牲にしては駄目よ。夢と一緒に、貴方の幸せもちゃんと掴みなさい」


「はい。…お義母様も」


「私?私は…もう無理なのではないかしら。こんな罪人の女を好いてくれる人なんていないでしょう。私には貴方からもらった希望がある。それで生きていけるわ」


「いいえ。お義母様。それは間違っています」


「…?」



ニコリと姫は微笑んだ。「魔法の鏡さん」と人の姿になった鏡を呼ぶ。暗殺者である鏡は姫を逃がしたということで、特別に無罪ということになったのだが、彼は継母に付いていくと言った。そのため、彼もまた同じように塔に幽閉されることになっている。


二人が塔へ行く前に渡しておかねばならないものがあったのだ。



「鏡さん、前に頼まれていたものです」


「ありがとうございます。お代は…」


「結構です。お二人には力を貸して頂きました。既に十分な対価をもらっていますから」



それは魔法の鏡が、姫の部屋を一人で訪れて頼んでいたものだった。小さな黒い箱を姫は差し出し、鏡は感謝の言葉を述べてそれを受けとる。そして、継母の前に片膝をついた。困惑する継母に、彼は箱をゆっくりと開けて彼女の方へ持ち上げる。


箱の中にあったのは、指輪だった。



「私と結婚して頂けませんか?」



それは、鏡から継母へのプロポーズのためのものだった。人の姿になった彼は継母に愛の告白をしようと考えたが、そのために必要になる指輪を買う金がなかったのだ。それを相談しに姫の部屋に行き、姫は快く協力を申し出た。


王子へはちゃんとお礼となるものを用意していたが、二人は何をすべきか迷っていたのだ。だから姫は二人へのプレゼントとして、指輪を用意した。


誰にも愛されないと悲しげに呟く母に、貴方を愛している人がいるのだと教えるために。


鏡は言った。



「私は貴方が幼い頃からずっと一緒にいました。母を失い、父から愛されないと泣く子供の貴方を知っています。私は子供の貴方の話を聞きながら、ずっと貴方を慰められる手がないことを悔やんでいました。貴方の隣に立つことができない、この姿を恥じていました。でも、今の私は魔法のおかけで手足があります。貴方を守る手があります。貴方の元へ行ける足があります。貴方の隣で歩くことができる身体があります。だからどうか私を貴方の人生の伴侶として選んで下さいませんか」



それは魔法の鏡の心からの告白だった。



「愛しています。貴方の母と父の分も、私が貴方を愛すと誓います」


「…っ」


「愛しております。心から」



鏡の言葉に、継母は声をつまらせる。ずっと長年一緒にいた二人だ。きっと姫と王子よりも互いのことをよく知っている。きっと二人ならば幸せになれるだろう。



「…喜んで」



継母は幸せそうに頷いた。一番綺麗な笑みだった。落ち付いた微笑でもなく、母としての優しげな笑みでもなく、一人の愛された女性としての幸せそうな美しい笑顔だった。


二人は寄り添って、塔へと出発した。馬車に手を振る姫に王子が声をかける。



「なるほどね。君と鏡の人、何か企んでいるなとは思ってたけどこういうことか」


「知っていたのですか?」


「作戦会議の時、妙に目を合わせたり、意味深に頷き合う回数が多かったんだよね。計画に必要なことなのかと思って黙っていたけど」


「そうなのですか。ふふ。見ましたか?お義母様、すごく驚いていましたよね。サプライズ成功です。毒林檎を食べさせられた、やり返しができました」


「やり返し…と言うと何か意味が違うように思えるけど」


「良いのですよ。これで。私が満足できればそれでやり返したことになるのです」


「そう。君が良いんなら良いんだけど」


「…鏡さんの告白、素敵でしたね。何というか情熱的で。なかなか心で思っていることを言葉にするのは難しいものですから、あんなに言ってもらえると、お義母様もきっと嬉しかったでしょうね」


「ふぅん…君、あんな風に告白されたいんだ?」



王子の言葉に、姫はかぁ…と赤くなった。



「い、いえ。そんなことは。ただ素敵ですね、っというだけで…お、王子には関係ないではありませんか。王子まで私をからかわないで下さい」


「へぇ…関係ない、ねぇ…」



王子は姫の手をとった。驚いて固まる姫の唇に自分の唇を押し付ける。



「僕、案外君のことが好きみたいだ。…白雪」



そう言って、王子は笑った。








数年後。白雪姫という名の姫が女王となったその国は、彼女の即位後大きく発展して大国となった。女王である彼女を支えたのは彼女の夫となった王子だ。彼は姫から渡された魔法の書物を元に、魔法の研究を進め、今までにない技術を発明した。その技術は国に莫大な利益をもたらし、国民は皆が食べ物に困らない生活を送れるようになった。


国の歴史書に、姫は優れた統治者として、王子は優れた研究者として名前が刻まれることになった。



「ねぇ、先生。私、女王になりたいんです。白雪姫みたいな立派な女王に」


「ねぇ、先生。僕は研究者として王子みたいに、人の役に立ちたい」



二人の背中は、二人の名前は、後の子孫たちの希望になったという。







最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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