白雪姫 14
「あら、貴方だって楽な人生を送りたいから姫の手を取ったのでしょう?都合が良かったから、利害が一致したから。貴方と姫はただの他人、ただの利用し利用され合う関係にすぎない。怒っているの?どうして?私は間違ったことを言っているかしら?」
「…」
「そうでしょう?ねぇ、姫との協力を止めて、私と手を組んだらどうかしら?姫が渡すと言っていた、本と居心地が良い空間という対価、私だって貴方に提供できるわ。貴方にとっては悪い話ではないでしょう?」
首に剣を押し付けられていることを気にもせず、継母は王子にゆっくりと言った。姫が王子に提供すると言ったものは安すぎる。それは金をそれなりに持つ者なら、誰にだってやろうと思えば、用意できるものだ。
「…僕が貴方の誘いに頷いたとして、あの子はどうなるの?」
「ずっと眠っていてもらうわ。小人たちと一緒に過ごせるのだから、姫だって幸せなのではないかしら?」
「眠り続けるだけ?」
「毒の効果はそれだけよ。苦しみを与えるものではないの。でも…そうね。流石に何日も食事もせず、水も飲まない、眠るだけの日々を送っていたら、身体の方は限界を迎えてしまうでしょうね。だけど、勿論この時もあの子は苦しまないわ。意識がないまま、静かに眠るように、安らかに死んでいけるはずよ」
「…」
「おかしい子だった。女王になれるなど本当に思っていて、必死に馬鹿みたいに走り回って、滑稽だったわ。王子だってそう思っていたでしょう?この国が変わることなんてない。あの子が女王になれたとしても、すぐに失敗して暗殺されるでしょう」
だから、姫のことを気にする必要はないわ。王子があの子に罪悪感を覚える必要はないの。継母は優しい声で、王子を誘う。
彼は黙り込んだ。継母は彼の様子に、あぁ誘いにのるかしら、と思った。しかし、彼女の予想は裏切られた。
「気に食わないね」
「…?」
「僕は…貴方みたいな人間が嫌いだ。本気で努力する人を笑う、人間が嫌いだ」
「…何を言っているのかしら?」
「あの子は真剣に女王になろうと努力していた。この計画だって、そう簡単に考えられるものじゃない。女王になるという夢物語を現実にしようとしていたんだ。僕は何かに必死になるなんて止めてしまったから、そんなあの子のことをまぶしいと思ったよ」
「…」
「僕が引きこもりがちになったのは、いつも偉大だと言われる父と比べられるのが嫌になったからだ。父様は戦が上手くてね、国の誰よりも強くて、皆はその背中に安心する。誰もが父についていこうと思う。でも僕はそうじゃなかった。剣の才も本物の天才には及ばない。必死に剣を振るって父様に追い付こうとしたけれど、一向にその差は縮まらない。周りの人間は必死な僕を見て笑ったよ。そりゃあそうだよね。汗まみれで、周りのことを見る余裕もなく剣を振り回す子供だ。無様で、みっともなくて、目も当てられない。笑われて、侮辱されて嫌になって。僕は必死になることを止めたんだ」
淡々と感情を感じさせない声で、王子は自分の過去を語った。
今は鬱陶しいと思うだけだけれど、昔は父親に憧れていた時期があった。父親のようになろうとしたけれど、駄目だった。不快な嘲笑に囲まれて、歪んだ笑みを向けられて。そんな中で、痺れてきた指で剣を握りしめて、剣を振ろうしたけれど持ち上げることはできなかった。重く感じた。今まで何度も振り上げてきたはずなのに、その時の剣は何よりも重く感じて、無理だ、という言葉が頭に浮かんだ。
無理だ。僕は父に追い付けない。絶望した。自分の努力って何だったんだろう。僕は一体何をしていたんだろう。
そこから止めた。自主的にやっていた剣の素振りを止めて、父との剣の稽古も逃げた。本の世界に逃げた。何かを考えていると、その絶望を少しでも忘れられる気がしたから。元々何かを知りたいという欲は強かったから、読書にのめり込んだ。
それでも父は毎日僕を誘ってきた。嫌だと逃げても笑いながら追ってきた。捕まって稽古をさせられる。これは無理矢理させられてるんだ。だから努力じゃないんだ。必死になるな。もうあの苦しみを味わいたくないのなら。そんなことを自分に言い聞かせながら、剣を持っていた。
舞踏会で彼女と会った時、初めて覚えた印象は恐怖だった。結婚しようとハイテンションで追いかけてくる姿は、筋トレしようと追いかけてくる父と良く似ている。だから必死に逃げた。必死、に。
計画のことを自分に話す彼女の目は輝いていた。必死なのに、真剣で努力しているのに、彼女はみっともなくなかった。しんどそうでもなかった。女王になるなんて、きっと誰かに笑われたことがあるだろう。だけど、彼女はかつての自分と違って諦めなかった。
だから、手を貸そうと思った。この子の夢がどうなるのか、側で見てみても良いかもしれない、と思った。
「彼女と手を組んだのは、本と部屋以外の理由もある。貴方の手を取るなんてごめんだね」
王子がそう言うと、継母は場違いな嬉しげな声を上げた。
「合格だわ」
「はっ…?」
驚いて力が一瞬抜ける。その瞬間に継母は王子の拘束を解いて、王子の手から短剣を奪い取る。しまった、と思ったが、彼女がその剣を自分に向けてくることはなかった。
「ふふ。ごめんなさいね。ちゃんと姫の解毒剤も用意しているわ」
解毒剤、と彼女は言った。姫が憎いと言う者がわざわざ解毒剤を用意するとは考えにくい。どういうことなのか。
「説明、してもらえる?」
「勿論。まず私は姫を手にかけようととかそんなことを思っていないから安心してね。少し王子を…試させてもらったのよ」
「試す?僕を?何のために?」
「貴方があの子のために怒ってくれるのかどうかを見るために。王子と姫は話は合うのでしょうけれど、二人とも興味の対象が狭いでしょう?姫は女王として忙しい毎日を送り、貴方は本に囲まれて一日を過ごす。そんなすれ違いの日々を送る夫婦になるのではないかと不安に思ったのよ。愛のない結婚ほど虚しいものはないわ。貴方が女王となるあの子の味方でいてくれるのか、確かめたくてね」
もし姫が王子に出した条件と同じ条件を出す他の者が現れたら、王子はどちらの手をとるのか。変わらず姫の味方でいてくれるのか、それとも心を揺らされるのか。
歴史上初めての女王の誕生に姫のことを良く思わない者も現れるだろう。その時、王子は姫と共に戦ってくれるのか。それを継母は確かめたかったのだ。
理由を聞き、王子は安心したように息を吐いた。
「そのためにわざわざ毒まで盛ったの?」
「そうよ。これが解毒剤。早く姫に飲ませてあげて」
継母が短剣を返すとともに、王子に渡したのは紙に包まれた飴だった。王子は首を傾げて、継母を見るが、彼女がそれ以外のものを渡すそぶりはない。
「解毒剤はどこ?菓子を渡されても困るんだけど」
「それよ」
「どこ?」
「だから、その飴」
「飴が?」
「ええ。解毒の薬を煮詰めて、固めたの」
何故わざわざ飴の形に?と王子は疑問に思い、そして作戦会議の時に継母が言っていたことを思い出す。そして、彼女がわざわざ姫に毒を盛った目的を理解した。
「…ねぇ、そんなにあの子と僕に口付けさせたいの?」
寝ている姫に飴を食べさせるのは不可能だ。意識のない彼女は、口を動かして飴を口の中で転がし、その液体を飲み込むことができないからだ。つまりは飴を溶かす行為を代わりに誰かが行い、口移しで飴の液体を彼女に飲ませる必要がある。つまりは口付けだ。
姫があれほど拒否し、継母が見たがっていたもの。
姫の味方をしてくれるのか王子を試したというのも嘘ではないだろうが、こちらが本当の目的ではないだろうか。王子は思った。
「いいえ?口付けのことを言った時の姫の反応があまりにも可愛いものだから、実際にしたらどうなるのか見てみたくなった、なんて下心は一欠片もないわよ?」
「その妙に具体的な言い訳で、確信が持てたよ」
溜め息をつき、飴を握りしめる。今回は継母が嘘を言っているようには見えないし、形はどうであれこの飴が姫の解毒剤になることには間違いはないだろう。
ならば、自分の役割は変わらない。薬を飲ませて姫を助ける。それだけだ。
王子は姫のいる場所へと向かった。




