白雪姫 13
コロン…と、倒れた姫の手から林檎が滑り落ちた。老婆ーーーー継母はそれを拾い上げ、計画で決められた通りの台詞を言う。
「あぁ、やっと!!やっと!!死んでくれた!!これで世界で私が一番美しいわ!!」
高笑いをして、姫が死んだことを確信し心から嬉しがっているような表情を張り付けて、継母は悪役を演じる。がさり、と後ろの方で音がした。ちゃんと証人となる子供も見てくれていたようだ。
継母は倒れた姫を置いて、その場を立ち去った。
時間をかけて、ゆっくりと森の中のある場所に向かう。場所に着くと、普段よりも華やかな服装をした王子が本を読みながら、木の株に座っている。自分の役割を果たしたら、王子とここで落ち合うことになっていた。
「終わったの?」
王子は本から顔を上げずに継母に尋ねた。今、彼が読んでいる本は前に姫から貸してもらった本だろう。彼のことだから既に一周読み終わり、何度も読み返しているのだろう。
「ええ。終わったわ」
継母は、笑みを浮かべて答える。まだ姿は老婆のままだが、彼はすぐにそれが自分だと気付いたようだ。
「ふぅん…この本、面白いね。何度読んでも興味が尽きないよ」
「そう。だけど、こんなに堂々と本を読んでいていいのかしら?確かにここは森の中でも人目につきにくいところだけど、迷いこ込んだ子供が見る可能性もゼロではないのよ」
「大丈夫だよ。ほら」
王子が片手を上げると、空から白い小鳥が降りてきて彼の指に止まった。
「この子に見張りをしてもらってる。人が来たら知らせてくれるよ」
「あぁ…姫が言っていた賢い小鳥ね。見張りができるなんて、姫の猫たちと同じくらい頭が良いわ」
「まぁね。特に芸とかも仕込んでなかったんだけど、勝手に僕の言葉を理解するようになって、それから色々と役に立ってもらってるよ。父様から逃げたりする時とかね」
「そう…確かに小鳥に見張りをしてもらえたら逃げやすいでしょうね。話は変わるけど、町での噂の方はどう?」
「良い具合に広まってるって言えるんじゃないかな。森から悲鳴が聞こえた。若い娘を連れた怪しげな男が森に向かっていた。血が付いた箱を運ぶ男を見た。森に小人がいた。聞いた限りでもこれくらいはある。十分すぎるほどだよ」
王子は、パタンと本を閉じて、大切そうに鞄にしまう。そして、木の株から立ち上がった。
「さて、貴方がここに来たんならあの子は倒れたんだよね。小人たちも帰ってる頃だろうから、僕もそろそろ行かないと。あの子にこれを飲ませないといけないからね」
そう言って、小瓶に入った液体を軽く手で揺らす。特別なもののように言っているが、ただの薬草を煮詰めたもので、大きな効果は出ないものだ。
計画では、それで十分だった。姫が実際に飲んだのは水であり、王子が持ってきた希少な薬という設定のその薬を飲んで、寝たフリをしていた彼女が目覚めるという予定だったからだ。
しかし…今の彼女はそれを飲んでも起きることはない。
「白雪姫は起きないわよ」
歩いていた王子の足が止まった。
「どういう意味?」
「その薬を飲ませても、姫は起きないわ。眠ったままよ。そんな弱い薬では全く効かないでしょうね」
「何言ってるの?あの子は本当は眠っていないんだから、薬の効果なんて…」
言いきる前に、王子は何かに気付いたようだった。流石、姫が共犯者に選んだことはある。察しが良い、と継母は感心した。
「…なるほどね。あの子に何したの?」
つかつかと、王子は近付いてくる。懐から何かを取り出し、気付いた時には背後をとられていた。首に固く冷たいものを押し付けられる。
「まぁ…驚いたわ。引きこもりがちだと聞いていたから、運動も苦手だと思っていたのだけれど」
「…僕も好きじゃないんだけどね。体力もないし。父様からいつも逃げてるって言ったでしょ?捕まったらね、剣の稽古をさせられるんだよ。気を失うまで父様の相手。上手く逃げようとしているんだけど結局いつも捕まるから、それなりに剣は扱えるよ」
継母の首に押し付けられていたのは、短剣だった。本に必要最低限の小物しか持っていないように見えたが、短剣は懐の中に隠してあったらしい。
「父様の言い付けも聞いてみるものだね。剣はいつでも持ち歩くように。昔から言われてきたんだ。まさか貴方に使うとは思わなかったけど」
「良いお父様ね」
「どうかな。僕にとっては毎日筋トレと稽古に誘ってくる、鬱陶しいだけの父だからね。…お喋りはここまでにしようか。貴方はあの子に何をしたの?」
吐けと言うように、剣が強く押し当てられ、継母の首から血が流れる。容赦はしない、ということらしい。これも彼の父親が教えたのだとすると、彼の父親は良い教育をしていたようだ。
継母は、溜め息をついて話し出した。
「珍しい毒を盛ったの。ずっと…ずっと眠り続ける薬。計画の物語通りのような毒ね」
「へぇ…何のために?」
王子の声が低くなる。
「ずっと姫が憎かったから…では理由にならないかしら?」
「…あの子は貴方のことを慕っていた。それは付き合いの浅い僕にだって見ていれば分かることだよ」
「ええ。分かっているわ。本当に…馬鹿な子よね」
継母がクスクスと笑う。ギリッ…と更に強く剣が押し当てられた。




