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白雪姫 12


二日後、計画の実行日。姫は庭に出た。きちんとこの時間までは自分は城にいたのだと使用人たちに覚えさせるために、庭に茶を用意させる。その後は人払いをして、周りから人を減らす。



「白雪姫」



低い声で名前を呼ばれた。猟師の服を着てその上から顔を隠すようにマントを羽織っている魔法の鏡だ。



(その服…)



計画の日にもらった猟師の服を着てくるとは、余程その服が気に入ったらしい。姫は少し笑いそうになったが、笑ってはいけないと顔の筋肉を必死に使い、怖がっているような顔をつくる。周りに使用人たちの姿は見えないが、どこで誰が見ているかなど分からないのだ。少しも気を緩めることはできない。



「白雪姫、面白いものを見たくはありませんか?実は森に姫に見て頂きたいものがあるのです」


「まぁ…何でしょうか?」



鏡に連れられて、城から抜け出す。この時間は使用人たちは昼休憩に入っているし、門番もサボっている者が多い。あっさりと二人は城を抜け出して、目的地に着くことができた。森に行く途中、何人かの町の人たちとすれ違う。


くたびれて使い込まれた猟師の服と、綺麗な刺繍の入った高価そうなドレス。二人の服装の違いは目を引くのか、その全員が不思議そうな目で姫たちを見ていた。



(よし、これで第一段階は成功ね)



森の奥まで移動すると、姫の後ろを歩いていた彼はピタリと立ち止まった。そして、背中に隠していたナイフを取り出し、姫に向ける。



「ひっ…」



怯えたような声を上げてから、姫は悲鳴を上げた。声は大分響いたから、森にいる者たちの耳には入っただろう。鏡はナイフを持ち、姫にじりじりと近付いて来たが、迷うように視線を彷徨かせ最後にはナイフを鞘に戻した。



「私は貴方を殺すように、お妃様から言われました。しかし、姫の噂は私も聞いています。優しく心の美しい貴方を私は殺すことができません。…逃げて下さい。さぁ、早く!!」



急かすような声を聞き、姫はすぐに駆け出した。すぐに小人たちの家に行くことはできない。森を暫くの間、さ迷い歩いた後偶然見つけたことにしなければならないからだ。



「ねぇ、さっきの悲鳴誰のかな?」



聞き覚えのない幼い子供の声を聞き、姫は足を止めて物陰に隠れた。姉と弟と思われる子供二人が、森の中で立ちすくんでいた。二人の手には籠ががあって、中には木苺が入っている。収穫祭の前に採集しに来たのだろう。



「だ、誰か怪我したのよ…きっと」


「でも…怪我の悲鳴じゃなかったよ。どうしたんだろう…?」


「この森には獣もいないってお母さんたちも言ってた…じゃない。大丈夫…大丈夫よ」



子供たちは姫の悲鳴を聞いて何かあったのだと思ったようだった。可哀想に、怯えてしまっている。姉は弟を怖がらせまいと気丈に振る舞っているが、彼女の肩も恐怖で震えていた。



(ごめんなさい。怖がらせてしまって)



子供たちの怯える姿を見て、姫は心が痛んだ。必要なことだとは分かっているが、姫も好きで彼らを怖がらせたい訳ではない。


すべて姫たちの計画通りなのだから、彼らに危害が加えられることはない。しかし、彼らはそれを知らずに、自分たちにも何か恐ろしいことが起こるのではという恐怖と戦わねばならないのだ。


叶うことなら、この子たちに声をかけて大丈夫だと、安心していいと言ってあげたい。…でも、それをすればすべてが水の泡だ。



(もう私の夢は私だけのものじゃない。猫たちや魔法の鏡さん、王子、お義母様の力を借りているのですから…)



姫は子供たちを置いて、その場を立ち去った。夕方になり、小人たちの家に着く。彼らは二日前に別れた時とは変わらず元気そうに暮らしていた。



「だれ?」


「だぁれ?」



小人たちは姫の姿を見ると、首を傾げて尋ねてくる。しかし、目は「ひめさまだ!!ひめさま!!」と、キラキラと輝かせている。言われた通りの台詞を言いながらも、正直な彼らの目のせいで考えていることがバレバレだ。


頭を撫でたくなる衝動を堪えて、「私は白雪姫です。初めまして、可愛い小人さん」と名前を名乗る。家の中に入ると、既に夕食の準備がしてあった。大きな鍋で全員分のスープを作り、大きめのパンが焼かれていて、森で採った木苺を使ったデザートまで用意してあった。



「ひめさまがくるからね、ぼくたち、がんばってつくったんだよ」



こそっ…と一人の小人が耳打ちする。



「いただきます」



八人でテーブルを取り囲み、賑やかな夕食を楽しんだ。


次の日は一日中、小人たちと過ごした。昨日の噂を広めさせるために少し時間を置かねばならない。だからこの日は、大きな出来事を起こさず、静かに過ごすことにしていた。


三日目。今日は継母が変装して姫を殺しになってくることになっていた。小人たちは留守にしなければならないので、彼らは仕事だと言ってつるはしを持って出ていった。勿論元は猫である彼らは鉱物を掘り起こしたことなどないので、フリだけだ。つるはしの尖っている部分で怪我をしないかと姫は不安になりながら、見送った。


姫が小屋の掃除をしていると、ふと視線を感じた。目をそちらへ向けずに耳をすますと、小声の話し声が聞こえる。



「ねぇ、さっきの…小人だよね?」


「女の子が掃除してる。あの子は小人たちと住んでいるのかな?」



木の影に隠れた子供たちのようだった。



「昨日、女の子の悲鳴が聞こえたんでしょ?あの子かな?」


「ドレスだ。一体どこのお嬢様なんだろう」


「でも、お嬢様ならなんで森に?」


「何かあったのかな?」



こそこそと喋っているが、耳の良い姫には彼らの話が聞こえる。彼らの話を聞くに、計画は今のところ順調のようだ。子供たちは少し話をしていたが、自分たちの仕事を思い出したのか、森の中に消えていった。


姫が声をかけられたのは、昼になった時だった。



「お嬢さん」



しわがれた声だった。姫が驚いて声の主を向けば、汚れたローブを着た老婆が立っている。腰は酷く曲がっていて、手足は皮と骨だけの、骸骨のような老婆だった。



「あの…?」



何の用なのだろう。そう疑問に思っていると、老婆は手にかけていた籠から、一つの林檎を取り出した。



「可愛いお嬢さん。美味しい林檎を一つ、いかがかね?」



老婆が言ったその言葉に、姫はピンときた。



(まさか…お義母様?)



継母は変装して姫に何かを勧め、姫はそれを口にする。それが計画だった。老婆が今発した言葉は、確かに目の前の林檎を勧める言葉だ。



(でも…お義母様。変装のクオリティが高すぎませんか?)



皺一つない綺麗な肌は、染みと皺のある不健康そうな肌に。落ち着いたアルトの美しい声は、どう聞いても老婆のそれになっている。身長は…老婆の背中が酷く曲がっているから変化が分からないが、前よりも大分小柄に見える。


普通の変装ではあり得ないクオリティなのできっと魔法を使ったのだろうが、これは予想外だった。


それに。



「林檎…ですか?」



姫が実際に飲むのは勿論本当の毒ではなく、着色したただの水という予定だった。もし何らかの事情が発生して変更しなければならなくなった場合も、毒を混ぜ込みやすい食べ物と決めていた。


しかし、彼女が勧めてきたのは林檎だった。林檎に毒を盛るのは難しいだろう。何故、それを勧めているのだろうか。



「さぁ、お嬢さん。味見を。一口」


「えっ…と…お代は…?」


「お代なんていりません。可愛いお嬢さんに差し上げますよ」



お代がいらない…となると、目の前の老婆は押し売りではない。商売になっていないのだから、彼女は継母で間違いはないはずだ。



(お義母様のことだもの。何か訳があるのよね?)



きっと自分が知らないところで、そうしなければならない事情ができたのだろう。姫はそう思って、躊躇いつつもその林檎を一口噛み、飲み込んだ。



「…っ…?」



飲み込んですぐに、異常な睡魔が姫を襲った。視界が歪み、目を開けていられなくなる。身体からも力が抜けて、姫は床に倒れた。



「な…ぜ…?」



満足に動かなくなった口で、老婆を見上げて姫は問う。



(何故、ですか。お義母様。何故、貴方が…)



一番、姫の計画を理解してくれた人だった。一番、姫と共に計画を考えてくれた人だった。一番…信頼していた人だった。



「ごめんなさいね。白雪姫」



霞む視界の中では、彼女がどんな顔をしているのか姫には分からなかった。そのまま、姫は深い眠りに落ちていった。























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