番外編9 メガーヌといっしょ!
イリスとカミーユは下町へ遊びに来ていた。
聖なる乙女の審査が終わり、つかぬまの休日である。
ガランとした雑貨店の前で二人は立ちすくむ。
店の奥には意気消沈したメガーヌが、ボウッと窓の外を見ていた。
カミーユは不安げな顔でイリスを見た。
イリスは力強く微笑んで見せる。
「行くわよ!」
イリスはそう言うと、カフェのドアを押した。
すると、メガーヌが顔をこちらに向ける。
一瞬、泣き出しそうにクシャリと顔を歪めたかとおもうと、無理矢理に笑顔を作る。
そして、震える声で「いらっしゃいませ」と挨拶した。
「あら、なによ、暇そうね」
イリスが悪役令嬢風味で尋ねると、メガーヌは自嘲しながら俯いた。
「ええ、カミーユさんが聖なる乙女に選ばれてからすこし……。もちろん自業自得なんですけど……」
メガーヌはぼそぼそと答える。
町では、『カミーユはサド伯爵家の娘だった』という事実とともに、『デュポン男爵が爵位を剥奪され、娘は学園を退学になった』という噂も広まった。
そうなった理由について、憶測の混じり合った噂話が町中に広がり、デュポン商会は白い目で見られているのだ。
学園を退学したメガーヌは、デュポン商会で働いているのだが、世間の風当たりは厳しい。
「そんな……、こんなのって悲しいです」
カミーユは愕然としていた。
自分が働いていたときは人気の店だった。一生懸命もり立てていた店が、閑散としてしまい、ショックだった。
イリスは小さく息を吐くと、人差し指をビシッと棚に向けた。
「あそこから、あそこまで、全部いただくわ!!」
「っ! でも、イリス様にそんなことしていただくわけには!」
メガーヌは驚き顔を上げて慌てふためいた。
「あら? 馬鹿にしないでいただける? 私は侯爵令嬢ですのよ? こんな下町の雑貨店、店ごと買うことだってできるのよ」
不適にイリスは笑ってみせる。
前世からやってみたかったのよねー!! 『棚全部大人買い』
今浮かれまくっているお父様なら、どんな請求書を回しても文句は言わないでしょ。
お父様の思惑通りになってるのも障るし。ちょっとした意地悪よ。
ご満悦なイリスを見て、カミーユとメガーヌは顔を見合わせた。
二人の目尻には感激の涙が浮かんでいた。
「じゃあ、メガーヌさん。店で一番大きなショッピングバッグを用意していただけますか?」
カミーユが提案する。
「ええ、いいけれど」
「それに、軽くて大きな商品を入れてください」
「どうするの?」
メガーヌの問いに、カミーユがウインクする。
「イリス様、このショッピングバッグを持って、あとでお店巡りをいっしょにしていただけませんか?」
イリスはピンとくる。
「宣伝てわけね? いいわよ。メガーヌさんもどうせ暇なんでしょ? 店を閉めて一緒にいくわよ!」
イリスが言うと、カミーユは嬉しそうに微笑んだ。
メガーヌは呆気にとられ、ふたりを眺める。
ふたりはメガーヌを見つめ、力強く頷いた。
「……!! ありがとうございます! 私、本当は、こんなに良くしてもらえる立場じゃないのに……」
「馬鹿ね。退学したからって友達じゃなくなるわけじゃないでしょ」
イリスは軽い調子で笑った。
メガーヌはなにかに気づかされたように、胸の前のシャツを握りしめた。
そして、俯く。
「……友達……ですか……」
「そうよ?」
イリスはキョトンとして小首をかしげる。
「っえ!? まさか、私だけがそう思ってたのかしら? うそ、やだ、恥ずかしいっ!」
動揺し赤らんだ頬を両手で挟むイリス。
その肩を、カミーユがそっと抱いた。
「そんなことないです」
「っええ、そうです、嬉しくて……私、嬉しくて……!」
鼻声で俯くメガーヌの足下に、涙が落ちる。
汚れた床にシミができた。
「湿っぽいのは嫌なのよ。メガーヌさん、さっさと準備してちょうだい。ほら、遊びに行くわよ!」
イリスはメガーヌにハンカチを手渡して、背を叩いた。
カミーユはそれを見て、嬉しそうに微笑んだ。
準備を終え、三人は店を出た。
大きなショッピングバッグには、雑貨店の名前が大きくプリントされている。
町ゆく人々が振り返った。
「おい、あれ、ミントちゃ……イリス様だろ?」
「あのデュポンの娘と一緒だぞ」
町の人々の声を聞き、メガーヌは体をこわばらせた。
イリスは安心させるように、メガーヌの手をギュッと握りしめた。
メガーヌが顔を赤らめイリスを見上げる。
「さ、いきましょ! メガーヌさん!」
そう言って、反対に立つカミーユの手も取った。
「案内して、カミーユさん」
イリスの言葉に、カミーユは大きく頷いた。
「町のことなら任せてください!」
カミーユの笑顔は周囲の空気を優しいものに変えていく。
笑い合う三人の様子を見て、町の人々もホンワカとした気持ちになる。
「あの三人は仲がよかったのか……」
「……まぁ、それなら、俺たちがとやかくいうことじゃないよな」
「そうよね。カミーユちゃんがもり立てたお店だものね……」
町人たちのささやきが聞こえ、メガーヌはホッと息をついた。
「ありがとうございます。イリス様、カミーユさん。これからもなんとか頑張れそうです」
メガーヌが頭を下げ、イリスとカミーユは目配せをする。
「よかったわね」
「はい、よかったです!」
三人は笑い合い、女子会デートへ繰り出していった。
了
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