8.もふもふはもふもふでも……
水上を揺蕩うような浮遊感。
眠りに落ちている時の感覚とは異なり、そこには不安が満ちていた。
あぁ、やっちまったのか、と。
思ったのは、そんな呆気のないことであった。
何だかんだ魔王軍の四天王まで上り詰めて、そこを辞めてからはアディアと一緒に馬鹿みたいな生活。悔いがないかと、そう問われれば悔いだらけであった。
何故なら、結局モモちゃんは助けられなかったし。
ということは、アディアを悲しませてしまった、ということだし。
俺は闇の中へ、ただ落ちていく。
ただ少し違和感があったのは、その奥にあったのは白き光。
「アイツの光に、そっくりだ……」
最後の最後。
俺のことを包み込んだ光は、
『……きてください、リクさん!?』
あの美しい少女の持つ、そんな輝きにそっくりだった……。
◆◇◆
「キュキュ、キュ~っ!」
「……ごふっ!?」
俺の意識を覚醒させたのは、みぞおちへの強烈な一撃であった。
何やら柔らかい物体が上空から、真っ逆さまに落ちてきたような。というよりも、まさしくその通りなのではないかと、そう思えた。驚いて目を開けてみれば、そこにいたのは……。
「え、何なの。この可愛らしい生物……」
「キュキュ~っ!!」
淡い水色の毛並みは美しく、長い尾をフリフリと左右に動かしている。
円らな瞳に大きめな耳。小首を傾げている様子は、何とも言えぬ癒しがあった。大きさは猫と犬の中間といったところか。それにしては、ふわりと軽い。
俺の上に乗っているのは、そんな小動物であった。
「キュッキュ! キュキュ!!」
そんな生き物は、嬉しそうに俺の腹の上で飛び跳ねる。
「ごはっ!? げふっ!!」
すると俺は、その重み以上のダメージを受けていた。
え、何なの? どういうこと? この生物の一撃、めっちゃ重いんですけど!?
どのように表現したらいいだろうか。俺が受けているのは、物理的というよりも精神的、いやもっと違う概念による攻撃なのであった。なんとなく、弱点を突かれているような、そんな感覚。それこそ神力を一身に浴びたような……。
「って、そうだ! どこだよ、ここ!?」
そうだ。それで思い出した!
俺は跳ね起きて、周囲を確認する。するとそこには、見たこともない景色が広がっていた。
「え、なんだよ。ここ……」
円形状にくり抜かれたような天井には、洞窟の外のように苔が生えている。
広さは半径五十メイルはあるであろうか。ただただ広く、そして木々が生い茂っていた。天は覆われているはずなのにそれでいて明るく、小鳥の囀りさえ聞こえてくる。なんとも幻想的、神秘的と、そう呼べる場所だった。
常軌を逸した空間。
もしそれが在るのだとするなら、ここは……。
「もしかして、ここがあの世……?」
「何を言ってるのです。リクさん?」
「へっ!?」
と、その時であった。
背後から聞き覚えのある声が聞こえたのは。
「その声は……!」
振り返る。するとそこにいたのは、
「本当に、アディアか!?」
「もう。それ以外に誰に見えるのですか? 聖剣様ですよ、リクさん」
モモちゃんを抱えたアディアであった。
三毛猫は何とも言えぬまったりとした表情で、人化した彼女の腕の中。
そしてアディアに至っては、何を寝惚けているのだと言わんばかりの呆れた顔。俺を見つめる目はジトーッとしたそれであり、口元は小馬鹿にするように歪んでいた。しかし不思議と不快な感じはない。どこか、安心する表情だった。
「おはようございます。お寝坊さん?」
「え、あ、おはよう?」
「ふふっ」
どうやら、間抜けな表情をしていたのだろう。
アディアは俺を見てそう言った。引っ張られる形で俺が返事をすると、破顔一笑。彼女は少しだけ頬を赤らめて、小さく笑ってみせた。とても、可憐な笑顔で。
俺は黙ってしまい、その隙間を縫うようにしてモモちゃんが欠伸をした。
「……って、そうだ。俺はどうなったんだ?」
と、しばしの沈黙の後に俺は思い出す。
たしか俺は、神力に当てられて意識を失ったのだった。
勝手にそのまま死んでしまうモノだ、と。そう思っていたのだが……。
「あー……そのことについては、心配いりませんよ?」
「へ、どうして? だって、そういう感じだったのに」
「ここ。あの洞窟の最奥ですよ。それでも、変な感じしないでしょう?」
「はい!? ここが、あの洞窟の一番奥だって!? ……って、あれ。ホントだ」
なんでだ? あんな状態になる道中だったのに今、全然平気なのは。
俺は自分の身体をペタペタ触って確認した。しかし、これといって変化はない。
「どういうこと?」
「気にしなくっていいですって!」
と、俺が再度そう言うと何やらアディアが顔を赤らめた。
そして、口をモゴモゴと動かす。真っすぐに見つめると、あからさまに視線を逸らすのであった。……いやいや。どういうこと?
「分からない。全然、分からないぞ……」
『なに。乙女の秘密じゃ、殿方よ。そこまで詮索してやるな』
「いや、さ。そうは言っても気になるモノは、気になるのであって……」
『あまりシツコイ男は嫌われるぞ? まぁ、妾も気持ちは分かるのだが、な』
「そうでしょう? ここはもう、訊くしか……って。へ?」
そこまで口にして気付いた。
今の俺は、頭の中に語りかける何者かと話していた、と。
『ほっほ。愛い魔族の若者よのぉ。これ、妾に顔を見せておくれ』
「え? アンタ、いったい誰……って!?」
と、そこで俺は背後に気配を感じて振り返った。
するとそこにいたのは、
「――――――――――はいっ!?」
『うむうむ。平凡ながらも幼い、妾好みの顔立ちじゃな』
巨大な、狼であった。
いいや。この存在は、名を問うまでもなくない。
魔族の間でも轟いているその名前。この、大きな狼の名は……。
「…………フェン、リル!?」
【神獣:フェンリル】――伝説に語られる、聖なる獣。
俺はこの時、平凡な魔族としては見えることのあり得なかった存在と出会ったのであった……。
感想お待ちしております!!
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