9.もふもふ事件解決
神獣とはその名の通り、神なる獣である。
神によって生み出された、アディアに近い存在であった。一説では神力を餌とすることによって生きている、とのこと。永きに渡り生き、世界の行く末を見守っている。そんな存在であった。
「そんなのと、まさか会うことになるなんて……」
『ほっほ。そんなの、とはずいぶんな言われようじゃな』
「あぁ、いや。そんなつもりはなかったんだけど、驚いたというか」
『分かっておる。その程度で感情を昂らせるほど、妾は愚かではないぞ?』
フェンリルは俺と会話し、笑う。
アディアと同じく頭の中に聞こえてくる声ではあったが、不思議と違いを感じた。こちらは何というか、威厳があるというか、余裕があるというか。ベテラン感があると、そう言えばいいのだろうか……。
『ふむ。今お主、少し失礼なことを考えておらなんだか? 年寄りクサい、とか』
「い、いや! 考えてないから! 何歳なのかとか、気にしてないから!」
『妾はまだ二千の時しか過ごしておらんわ! まだまだ現役じゃ!』
「二千、て……神魔戦争の時代から、かよ」
神魔戦争とは、そのままの意味である。
二千年前にあったと言われる、天族と魔族の争い。今回は説明を省くが、とりあえずこのフェンリルが物凄い年寄りだということだけは、たしかなのであった。
「は、はは……」
俺は桁違いの数字に乾いた笑いを漏らす。
しかし、老フェンリルは気にもしない様子で話を進めるのであった。
『それにしても、最初に魔族がここに来たと分かった時は、生かして帰すものかと思ったが。いやいやしかし、共にいるのが聖剣とは珍しい。長生きはしてみるものだな。ほっほっほ……』
「いや。自分で長生きって、言ってますよね。というか、アディアがいなかったら俺はどうなっていたんだ?」
なんとも愉快そうな神獣の姿に苦笑する。
そして、ふと浮かんだ疑問を口にするのだが、すると相手は軽い調子でこう答えるのであった。
『間違いなく、死んでおったであろうな。普通の魔族であるならば、妾のところに来る前に消滅しておったであろうが、な』
「マジかよ。って、あれ? なら俺はどうして……」
『そこはそれ。先ほども言ったであろう、乙女の秘密、であると。その点については、これ以上は詮索するでないぞ? 分かったな』
「……あ、あぁ。分かったよ」
俺はどこか釈然としない気持ちがあったが、渋々了承する。
ちらり、と。アディアの方を確認すると、視線を逸らされた。何故だ……。
『それにしても、本当に珍しい。よもや現在の聖剣の持ち主が、魔族となっておろうとはな』
「あぁ。それについては色々、深い……ような、浅い事情が……」
『まぁ、詮索はしまい。妾もそこまで野暮ではない』
「は、ははは……」
俺は思った。もの凄くやり辛い、と。
まさかこの神獣の目の前で、アディアは世界救済とか放り投げてスローライフしてます。なんて、言えるわけがなかった。口にしたら最後、どのように伝聞されるか分かったものではない。
なので、ここは一つ話題を変えることにした。
「そう言えば、どうしてここにモモちゃんが?」
そして、それは当たり前の疑問でもある。
何故にこの三毛猫は、この神獣のもとにいるのか。
加えて言ってしまえば、あの魔族の血はなんだったのか。一連の疑問の解決のために、俺は老フェンリルに訊ねることにしたのであった。
『うむ。それでは、簡単に説明するとしようかの……』
すると、そう言って神獣は話し始めるのであった……。
◆◇◆
「へぇ。モモちゃんが、魔族からこの小さなフェンリルを守ったのか」
「キュキュ、キュ~!」
俺が言うと、足元で小型の神獣が声を上げる。
そして、スリスリと。俺の足に頬ずりをしてくるのだが、何故か痛い。擦り付けられる毎に、何やら小さなダメージを受けているような気がした。
『あぁ、そうだ。魔王軍の末端支部が出来て以来、平穏であったこの近辺にも邪な気が流れ始めている。一昨日は、我が子がその標的にされたようでな……』
「それを、モモちゃんが守った、か」
『うむ。果敢にも、魔族の腕に噛み付いたらしい。そして、共にここまで逃げてきたのだな』
「なるほど……」
俺の中で、すべてが繋がっていく。
つまりあそこに残されていた微かな血痕は、そういうことだったのだ。
「偉いねぇ~。モモちゃん~っ!」
「にゃ~ご。ごろごろ」
アディアがモモちゃんに頬ずりをする。
すると、三毛猫は気持ちよさそうに鳴いて喉をならした。
何故だろうか。その姿を見て、少しだけ羨ましいと思ってしまった。
『お主……いいや、リクよ。そしてアディア殿はその猫を迎えに来たのであろう? ならば、連れて行くがよい。その猫の主も、心配しておろう』
「そうするよ。それじゃあ、そろそろ……」
『あぁ、しかし。待たれよ』
「ん?」
そう言って俺が立ち去ろうとすると、神獣が呼びとめてきた。
何があったのかと、俺は返しかけた踵を戻す。
「……どうしたんだ?」
『ちと、思うことがあってな。妾は常々、子に世界を見せてやりたいと考えておっての。しかし、外は先のような危険が多い』
「……………………」
嫌な予感がした。それに俺は、閉口する。
そして、その予感はすぐに的中することとなった。
『故に、我が子を連れて行くがよい。幸いリクにも懐いておる、心配はなかろう』
「キュキュ!」
母がそう言ったのと同時、子は俺の肩に飛び乗ってくる。
すると、ズシ、とした感覚に襲われた。……うん。どうやら、俺とこの子フェンリルの相性はとことん悪いらしい。そりゃ、魔族と神獣だから、当然か。
出来るなら断りたい。
だがしかし、老フェンリルの言葉に目を輝かせる少女が一人。
「わぁ! 本当ですか!? なんて名前を付けようかな、ふふふっ!」
アディアさんが、何とも嬉しそうな表情を浮かべていた。
それを見てしまうと断れない。ここで断ってしまえば、きっと彼女を悲しませてしまうと、そう思うのであった。それは、断固としてノーである。
「まぁ、いいよ。アディアが、笑ってくれるなら」
『ほほう、リクも、か。しかし、無自覚のようだの。それはそれで、面白くはあるがな。とにもかくにも、妾はここから行く末を見守らせてもらうとしよう』
「……? それって、どういう意味だ?」
『気にするでない。気にしたら、途端につまらなくなるからな』
「はぁ……?」
さてさて。最後に、老フェンリルが良く分からないことを言った。
だけども、訊いたらはぐらかされてしまう。本当に、どういう意味だ?
俺は少しのモヤモヤを抱えながらも、その日は村へと帰ることになるのであった。
今回は、そんな不思議な出会いと、非日常。
ちょっとした冒険を終えて、今日も一日が終わっていくのであった……。




