1.さて、これからどうしましょう?
――カッポーン……。
そんな音が聞こえてきそうな湯煙の中。
俺はボンヤリと、晴れ渡った空を見上げていた。
現在の状況を説明する。それぞれの所属していた場所から脱退宣言をした後、俺とアディアは辺境の山にやって来ていた。そして、そこで偶然に発見した温泉に浸かっている。以上。
「うおおおおおおおっ! やめてやったぜ、こんちくしょーっ!!」
魔王城を適度に破壊しつつ去った。
しかし問題はそこから。脱退したは良いものの、俺とアディアには目的というものがなかったのである。つまりはノープランだ。
「アディア。お前はなにかしたいこと、あるか?」
そんなわけだから、俺はひとまず温泉に浸かる聖剣さんに、そう声をかけた。
『いやぁ。いい湯ですねぇ。骨の髄まで染み渡ります~』
「……いやお前、骨ないだろ」
『あっはっは!』
しかし柄の部分にタオルをかけた聖剣は、気持ちよさそうにそう言うだけ。
というか、錆びるのではないか? という疑問は俺も持った。だが、コイツ曰く『聖剣なので!』とのこと。聖剣クオリティ、ぱねぇ。
『いや。目的なんて、なくてもいいのではないですか? こうやってノンビリと、何もせずにゆったりと過ごすのも、悪くはないかと思いますよぉ』
さてさて。
しかし、こちらがそんなことを考えていると、聖剣はようやく返答した。
「聞こえてるならさっさと答えろよ」
『いやぁ、すみません。どうにもこの温泉の効能が、てき面らしくてねぇ』
「いや、だからお前に温泉の効能とか、そういうの意味あるのか――じゃない。そうじゃなくて、これからのコトを話そうか、って言ってるんだよ」
『ふむぅ。今後のこと、ですか……』
俺がツッコみを入れると、頭の中に何やら考え込む声が響く。
だがしかし、数秒後には。
『どうしますか? いっそのこと、貴方が魔王になって世界を滅ぼす、なんて!』
「…………アンタ、いちお。神に造られたんすよね?」
そんなふざけた回答なのであった。
俺はそんな聖剣の軽さに、思わずマジトーンでツッコみを入れる。
『それを言うなら、リクさんは何かしたいことないのですか?』
「俺? 俺かぁ……」
そうすると、今度はカウンターパンチが返ってきた。
俺は悩んでしまう。そう問われると、俺にも答えがないのであった。
聖剣の力を手に入れて、勢いで嫌気が差していた魔王軍を脱退したものの、そのあとのことなんて考えてないのである。
……それなら、よし。決めた。
「俺はお前の願いを聞くよ。アディア」
『…………え?』
俺の発言に、アディアは困惑の声。
何故に俺がこのような提案をしたのか、というとだ。
今の俺に自由があるのは、なんだかんだ言ってコイツのお陰だった。それならば、この聖剣の望みを叶えてやるくらいしないと、割に合わない。
だから、俺はそう提案したのだった。
すると聖剣は息を呑むような音を発して、静かな口調で言う。
『それでは……私は、色々なところに行ってみたいです。ゆっくりとした、それでいて楽しい時間を過ごしてみたいです。あんな勇者に扱き使われていた時間を、取り戻したい』
そう、願うように。
それはさっきのような軽いものではなくて、真剣なそれ。
心から、この心を持つ物言う剣が願っていることであった。
「そっか。それじゃ……」
『それに、これはリクさんにとっても良いと思うのですよ!』
「? ……俺に、とっても?」
『はい、そうですね』
俺がうなずこうとすると、どこか慌てたように聖剣は遮る。
『リクさんも、魔王軍では不遇だったと言うではありませんか。それならば、どこかでのんびりと遊んで暮らすのも悪くないと思いますよ?』
「ふむ……」
『それに、ゆっくりすることは私にとっても痛快なのです! 虎の威を借りて偉そうにしていたあの勇者が、今ごろ必死になって修練を積んでいると考えると!』
「なるほど。たしかに……」
俺は考えつつ、アディアに調子を合わせることとした。
のんびり過ごせば良いじゃないか、と聖剣は言う。たしかに、苦労続きだった魔王軍としての生活に終止符を打ち、俺は自由を手に入れた。望んでも手に入らなかった、夢のような時間が、この先は広がっているのである。
考えたら、頬が緩むのを感じた。
「たしかに、それもいいのかもな!」
『でしょ? ゆっくりしましょ。世界の命運とか勢力図とか、放置して!』
「いや。魔族が言うのもなんだけど、お前がそれを言ってはいけない気がする」
よし。それなら、これで決まりだ。
俺は納得してうなずきかけた。
だが、また軽い調子に戻った聖剣にツッコんでしまう。
温泉に浸かりながら、そんな緩い会話をしていた時だった。
「……ん? なんか、あっちの方から煙上がってね?」
『おやおや。火事ですかねぇ……』
湯煙の奥に、黒煙が見えたのは。
それはどうにも、火の気のないところから上がっているらしい。少しばかり耳を澄ませてみる。
「……たすけてー……」
するとそんな、微かな悲鳴が聞こえてくるのであった。
「聞こえた? 今の」
『はい、感知しました。どうやら女性のもののようですね』
「どうするかな、ちょっと気が引けるけど、様子を見に行ってみるか」
そう思って俺は重い腰を上げたのである。
ここで動かなければ、この至福の温泉タイムが堪能できなくなってしまうかもしれない。それを考えれば、危うい種は早めに取り除いておくべきだった。
『そういえば、この辺りには小さな村があったかと。それと同じく、魔王軍の末端支部が存在しているとのデータがありますよ』
「あー、マジか。魔王軍かぁ……」
服を着終わった俺は、ボンヤリと考える。
魔王軍では色々とひどい扱いをされてきた自分だった。
そのことを思えば、何やら魔王軍が幅を利かせているという事態は、どうにも虫の居所が悪い。短絡的とも取れるかもしれないが、それが俺の素直な気持ちだった。
『ん~。私としても、ここで悪事を見過ごす程は落ちぶれてませんねぇ』
そうしていると、こちらの考えを察したのか聖剣はそう語る。
それならば、である。やることは決まった、と言って良いだろう。
俺は湯に浸かりっぱなしのアディアを引き上げ、その村を目指すことにしたのであった――。
◆◇◆
――そして。
「あぁん!? お前、どこからやってき――ぐはぁ!?」
「てめぇ、何しやがるんだ。ただじゃおかね――ぺぎゃ!?」
「お、おい。一人相手になに手こずってやがる――へぎゃあっ!?」
村に到着。即戦闘であった。
だが、それもほとんど一方的であるため割愛。
魔王軍末端支部の魔族たちは、人型の俺を普通の人間だと思って襲いかかってきた。しかし、そこは最弱であったとしても元四天王の俺である。ザコ相手に遅れを取るようなことはない。聖剣さんの力だって借りずに、えんやこら。ものの一刻とかからずに、相当数の撃退に成功した。
「ひ、ひえぇ~っ!?」
そうすると、蜘蛛の子を散らすように敗残兵は村から出て行った。
残ったのは山のように積み上がった魔族。そしてそれを、あんぐりと口を開けて見上げる村人たち。俺はひとまずの小休止として、その辺りの草むらに腰かける。
すると、その辺に無造作に置いておいたアディアが声をかけてきた。
『お疲れ様です、リクさん』
「どーも。やっぱり、末端はレベルが低いな……」
『いえいえ。リクさんは何だかんだ四天王――っと、これ以上は内緒ですね』
「あぁ、まぁな。いちお、人里だし。身分は隠しておいた方が無難だな」
言って俺は大きく一つ伸びをする。
その時であった。
「おぉ、そこの若者よ。よくぞ村の窮地を救って下さった」
「あぁ、いえ……」
一人の年老いた人間が声をかけてきたのは。
曲がった腰に、禿げあがった頭。杖をついて、他の村人たちが後ろに控えている様子から察するに、この人物がこの村の長といったところか。
他の人間もそれにならって、頭を下げていた。
しかし俺にとってはそんなこと、割とどうでもいい。
「では、次からはお気を付けて」
そのため、手短に話を済ませて立ち去ろうとした、のだが――。
「あやや。待ちなされ、少しお話を聞いてほしいのです」
「え、話……?」
再度温泉に向かおうとした俺に、村長はそう言ってきた。
俺は思わず立ち止まってしまい、振り返ってしまう。すると、それを見逃すまいといった口調で、村長はこちらに向かってこう言うのであった。
「この村の力になっては下さらんか?」
俺は「はぁ?」と、息を漏らすような生返事。
手にした聖剣もまた疑問の声を漏らすのであった。
「それって、どういう意味ですか」
「言葉のままですぞ。貴方には、この村のことを手伝ってほしいのです」
村長はそう言って頭を下げる。
「待ってくれ。それをやって、俺たちには何の得があるんだ?」
俺はそんな彼に向かって、当然の問いを投げかけた。
すると村長は頭を上げてこう言う。
「我々からは、貴方たちの生活を保証しましょう。そして、手伝ってくれたことに応じて、報酬も支払うことに致します。生活するには、資金は必要でしょう」
「む……なるほど」
俺は彼の言葉に納得した。
たしかに、これから生活していく上で野宿ばかりをしていくわけにはいかない。しかしそうなると、生活するにはどうしても資金が必要だった。
それを考えると、この人の申し出は俺たちの益に繋がる。
「……………………」
そして、何よりもう一つ。
俺にはこの申し出を受ける理由があった。
「アディア、それでいいか?」
ゆっくりとした生活を送りたい。
この聖剣は、温泉でそう願ったのであった。
それを叶えると言った以上、この申し出を断るわけにはいかないように思えたのである。そして、その意思確認を聖剣に問うと、このような返事があった。
『リクさん。それで、よろしくお願い致します』
よし。それなら、決まりだった。
「分かったよ。じゃあ、俺たちはこの村の助けになろう」
「おぉ、ありがとうございます!」
俺が答えると村長はもう一度、深々と頭を下げたのである。
こうして、俺たちの新たな生活が始まったのである。
それはこの村の『何でも屋』として……。
もしよろしければ、ブクマ、よろしくお願い致します!
<(_ _)>




