5-3
手元のフライト概要を見た。結構な無茶ぶりである。
「第七大 離陸
第一大 ツインタワー間をナイフエッジで航過
第五大 大通りを背面低空
第四大 湖面着水
第三大 着陸、給油してトーク、上空に「3」の字を書く
第二大 ビルの周囲をホバリングで周回
第六代 渡り廊下の下を航過、フォール
第七大 フライバイ、着陸」
やはり、中々に無理がある。まあ、できるから引き受けたのだが。
まあ、空軍機で空母に着艦して見せろとか、初見の谷を低空で潜り抜けろとか、そういう事を言われていないだけましだろう(何を隠そう、言ってきたのは某嘉手納自衛官である)。
しかも、今回最も無茶なのが、今後席に座っている。
リアである。本当に同乗するつもりらしい。恐ろしいことである。
これが例えば、知らない、高Gも未経験な人間だったら断われていただろう。問題は主に、相手がリアだったことだ。
彼女は火山灰の中のフライトもちゃんと意識を保っていたし、手荒な着陸でもすぐに意識を取り戻した。
その彼女は今、カメラをもって後ろに乗っている。垂直尾翼の先端に一台、後方に一台と、彼女が持っているもので計三台で撮影している。
仕方がないので、フライト概要を飛行服の腿のベルトに挟み、エンジンをスタートさせた。
すぐに離陸。といっても、巡航飛行中はただ退屈なだけなので、正直に言うと面白いようなものは無い。
すぐに第一大についた。
スモークを付ける。
風は殆ど無い。
接近。
直前まで待たないと、調節が難しくなる。
息を吐き、
四分の一ロール。
左へ。右ラダーを踏み、沈み込まないように。
潜る。
正立へ。
どこも当たってない。
スモークを切って、上昇した。翼を振る。
「前から気になっていたのですけど、翼を振るのには何か意味があるんですか」
「ええ。沢山」
「例えば?」
「一通りのあいさつとか、「了解」だったり、「編隊解散」だったりですね」
「無線じゃダメなんですか?」
「無線が使えないとき、無線を使ってない人にも伝えたいとき、伝統、あとはただ単に動かした方が楽しいからですね」
彼女がくすっと笑った。
進路を第五大へ。
「次は怖いかもしれませんね」
「何がです?」
「背面水平」
「どれぐらい低くできるんですか?」
「さあ、でも、ぎりぎりまでは試したくないね」
「どうしてですか?」
「大抵、ぎりぎりのことは三回目ぐらいで失敗する」これは彼の持論、あるいはジンクスの一つだ。
「ああ、何だかわかるような気がしますね」
もう第五大近くまで来た。都市の空は狭い。
大通りを見つけ、降下。
フル・スロットルへ。
途中で、背面。
「カメラを落とさないように!」
後ろの彼女が身を縮こませる。
引き起こし。しかし、操縦桿は押す。
スモーク・オン
ぴたりと低空につけた。高度、1m。
手加減して、少しだけ高度を下げる。
遥か前に、障害物。
一気に起こしてやろうかと思ったが、リアのことを思い出し、少し上げ、正立にロールしてから引き起こした。スモークを切る。
人間の体は、プラスGよりマイナスGへの方がずっと弱いからだ。
「どう?」
「死ぬかと思いました」彼女は少し憔悴したようだ
「火山灰の中よりも?」
「あの時は何も見えなくて怖くて、今は何もかも丸見えで怖いです」
吹き出した。確かに、火山灰の中ではたとえ地面に激突する寸前でも気づけなかっただろう。
次は、第四大へ。
あそこには大きめの池がある。周りの人たちは「湖」と呼称しているが。
あそこへ、車輪だけ着水させる。
簡単ではないが、できるだろう。
「空を飛ぶときって、いつもこんなのに耐えているんですか?」
「いや?こんなハードなことは、物好きか、戦闘機に乗ってる物好きぐらいしかやらない」
「物好き、ですか」
「そうだろう。自動車も、「なんで60kgの人を運ぶのに1tの車を動かすんだ?」って言われていただろう?まして、エネルギィを消耗して無駄にくるくる回ってるなんて、正気の沙汰じゃない」
ただ、正気の沙汰じゃないものほど、奇麗なこともある、というだけ。
池、否、湖へ。
速度は落とさない。
落としてしまったら、水に脚を取られる。
そのまま、緩降下。
水平。
沈む。ちょっとだけ抑えて、着水。
スモーク・オン。
直進。
意外に、機体に伝わってくる振動はあまり感じられない。
引き起こし。垂直まで。スモークを切って、水平に。
燃料が結構余るかもしれない。
第三大へ。
ここでは、話をさせられた。芸人やら、どこかで見たような顔の俳優やらと話させられたが、てんで見当違いの、わけのわからない質問をいくつかされただけで終わった。
第二大のことで頭を使っていたのもある。
あそこは、結構きつい。
しかし、接近する。低空から突き上げるようにビルの右側へ滑り込む。
コブラ。さらに引き起こし、かなり角度の大きいコブラになった。
その状態で、ビルの周りをまわる。
ビルの周りの空気の流れが複雑で、余り近づくと窓ガラスを割ってしまうため、かなり神経を使う。
一周すると、前のスモークに突っ込む形になり、視界が悪かった。はっきり言って、二度とやりたくない。
ラダーで横滑りさせて、離脱。
第六大は、結構古い建物だ。
その一階部分、渡り廊下の下をくぐる。
両脇はビルになっていて、渡り廊下を潜った先は中庭。つまり、すぐに上昇しないとぶつかる。
しかし、潜った後、あえてフォールにすることで、迫力に箔を付けられた。
流石のリアも、戻るころには少し元気がなくなっていた。
「大丈夫?」
「はい……。結構ハードですね」
「そりゃあね……実は、ロボットでもできるんだけど、やっぱり人間がやった方が人気がある」
「それは、そうでしょう」
「どうして?」
「ロボットでやっても、絵で描いて見せたのと同じことで、なんだかこう……」
「面白くない」
「そうです」
「でも、絵画とかは?」
「あれも、写真をプリンターが印刷しただけでは面白くないです」
「なるほど……」思わず納得する。「俺の人生の、五つの疑問のうち一つが解けた」
「あと四つは何なんですか?」
「一つだけなら……」微笑む。こんなに真面目に聞かれると、全て喋ってしまいそうになる。「自分が着ている服って自分には見えないのに、どうしてそんなに拘るんだろうかって。自分の姿が大好きだって人も、あまり見ないし」
「ええ。見えないですね」彼女が頷くのを、鏡で確認。「でも、自分を見た人の顔は見えますから。それを言ったら、エアロバティックも、自分では見えません。
「なるほど」人生の疑問が二つも消えてしまった。
面白い。実に愉快だった。
きっと、一人で飛んでもここまで面白くはなかったに違いない。
彼女を乗せて飛ぶのは楽しいことかもしれない。ひそかにそう思った。