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「……すごかったですね、全然実況ができませんでした」
あまりにも濃い内容で、実況も解説もできなかった。
なにせ、いくつもの演技が一つの線でつながれ、その線が切れ、旋回するのだって五秒ほどで済ませてしまうのだ。話している暇がない。
次善策として、モニターで映像を流しながら解説することにした。
幸い、搭載した計測機器のおかげで3Dで運動を描いてくれる。
ピンチヒッターとして、氷川本人が投入された。
「どうも、氷川です」
「レナです!」
「は、はいっ。片石です」
リアは編集室のスクリーンを見る。もう彼女の仕事は無い。
彼女の弟と、氷川はまともに話すのは初めてだ。大丈夫だろうか……。
「あの煙は何だったの?壊れちゃったのかと思った」
「あれはあれで正常ですよ。ブルーインパルスだって出しているでしょう?」
「でも胴体の、エンジンの所から出ると不安になるよ」
「あのクルクルクル~、グルグルグル~って落ちたヤツはどうやったの?」
「最初のですか?」氷川は首を傾げた
「それそれ」
「ブレンダ―ですね。あれは軸の通ったロールの後、わざとそのバランスを崩して背面フラットスピンに入れます」
「ふらっとすぷん?」
「片方の翼だけが揚力を発生させると、エルロンをいっぱいに切っているよりも速く回転する。その状態で水平に戻すと、あんなふうになるんですよね」影が薄かった片石が言う。
「ええ。それが背面で、ですね」
「あと、こう、一気に、グワーって来たヤツ」レナは手のひらを広げて両手を前に突き出し、反らせながら上へ向ける。
「グワー?」
「ブレンダ―の後の加速の後の演技です」もはや片石が翻訳係になっている。
「ああ、ウォールか。実はあれ、別名でヤキトリって言うんですよ」
「ヤキトリ?ヤキトリって、タレか塩かの焼き鳥?」
「そうです。いきなり機体が上を向くと、空気の流れがついていけずに剥がれます。それで、一気には上がらず、じわじわと上がりながら機首だけ上を向くというわけです」
「あとあと、こう、すっごい速かったのに、一瞬で、こうコロッと回って速度がなくなったのは?」
「コロッ…………?」氷川が頬を引きつらせている。彼には、レナの表現は独創的過ぎるようだ。
「ムーンサルトです、氷川さん」
「ああ、あれはまあ、簡単です。いきなりくるっと回ったら、抵抗が大きくなりますよね。あれ、減速した後でも一回目の引き起こしと同じぐらいの速度はあるんですけど、それまでが二倍ぐらいの速度が出ていましたから、相対的に遅く見えるんです」
「それから……うーんと」きっと今、スタジオでは「巻きすぎ」というカンペが出ているだろう。映像が追いついていない。
「ええっと、ここここ。これこれ」
「トルクロールですね」
「どうして?前に進んでないのに浮くの?」
「プロペラのおかげですね。このとき、機体はヘリコプターと同じように飛んでいます」
「へえ」
「でも、飛行機にはテールローター、ヘリコプターの後ろについてる小さなプロペラがないから、ほら、少しずつ回り始めている」片石は映像を示した。
「うわぁ、本当だ」
氷川の姿を見る。
飛行服姿の彼は、火山灰から脱出した時と全く同じ姿だ。
どうしてか、彼を遠く感じた。
きっとそれは、ドキュメンタリーを作っていくうえで、必要な防御反応だったのだろう。
悲劇もあれば、喜劇もある。ドキュメンタリーを作っていくうえで、一人の個人に肩入れしすぎてはいけないし、ましてや何かを一方的に悪役のように言ってもいけない。だから、当事者とは離れようとする。
いつも感じていた当然の反応が、今は非常に、なんというか、頼りない。
このままだったら、きっと彼から離れてしまうだろう。どうしてかはわからないが、そう思う。
弟の隣で、曲技飛行の解説をしている彼を見た。
なんとなく、手放したくない。失礼なほどの我儘さ、自分勝手さだが、そう感じた。明確に言葉にするのは難しい。
食事にでも誘おうか、あとで紗彩にでも相談してみよう、リアはそう思い、スクリーンから目を離した。




