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Bush Pilot  作者: フラップ
第五章
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23/27

5-1


 エンジンを温め、スロットルを弄る。

 絶好調。勿論、エンジンがだ。

 元のSu-29でもエンジン馬力が大きかったのに、この機体はさらに四十馬力ほど出力が上がっている。

 もうここまでくると、ミサイルに乗っているんじゃないかとすら思える。

 アクロバットは、離陸するときから既に始まっている。

 走れる距離は500mも無い。勿論、十分すぎる距離だ。

 開けた運動場。左右にスタンドがあり、それぞれに液晶パネルがあった。

 「さあ、いよいよ始まるあの氷川時哉氏による曲技飛行!実況はこの私、水口レナ

が、解説は航空クラブ所属の片石隆司が務めまーす」イベントに合わせたのか、スカイブルーのドレスを着た実況がハイテンションでマイクに喋る。「片石さん、よろしく」

 「よろしくお願いします」がちがちに緊張した若い男が言う。体格が良いわりに声が高い。

 「さてまず、アクロバット飛行とはどのようなもので、いったいどんな機体を使うのでしょう」

 「はい、まず、アクロバット飛行……正式にはエアロバティックとも言うのですが、これは、ええ、飛行機を宙返りさせたり、わざと墜落させかけたりするショーの一つです」

 「アクロバットっていうと……」レナは手元の紙を見る。「航空自衛隊の、「ブルーインパルス」とかなら知ってるけど、それとはどう違うの?」

 「全く違います。まず、あれはジェット機を使って、スピード感のある演技をします。奇麗な代わりに、危険度の高いものはやれません。つまり、あくまで通常の操縦の範囲内で行っているということです。しかし、小型の曲技機ではわざと失速させたりして、普通の操縦の外側の範囲の操縦をします」

 「ほえぇ」口を開けてレナが漏らす。「失速って何?」

 「ええっと……、翼が揚力を発生させなくなるようにすることです。こうなったら飛行機は放り投げたボールのように落ちるしかありません」

 「落ちちゃうじゃん」

 「いえいえ、そこから上手く回復するんですよ」

 「ほえぇ」さっきと全く同じ反応。

 「ええっと、レナさん」

 「はい?……ああ、こめん。いま連絡が来ました。離陸まであと三十秒、あと三十秒です」

 「スピーディですね」

 「流石ブッシュパイロット」

 「そうですね」

 「あと十五秒、カウントダウン!」

 なるほど、離陸の時間を決めたのはこういう意図だったのかと感心した。

 ブレーキペダルを突っ張り、ちょっとした遊び心でスロットルを前に出し、操縦桿を前に。

 プロペラ後流の中で、水平尾翼が押し上げられ、浮き上がる。

 機体は前へつんのめるように起き上がり、軸を水平にする。

 「あと十秒!十!」

 もう一度機器類をチェック。勿論、何の問題も無い。

 真横を見る。翼の先端に三角定規のような指示器。それと地上の線を合わせる。

 「九!」

 スロットルを、機体が動き出さないぎりぎりまで開ける。

 「八!」

 深呼吸。

 「七!」

 吹き流しを確認。風はさっきからほとんど変わってない。

 「六!」

 キャノピー横の、小窓を閉める。

 「五!」

 スモーク・オン。

 スモークオイルがエンジンへ流され、排気が真っ白に。

 「四!」

 離陸時のシミュレート。一瞬で。

 「三!」

 エンジンは、寧ろ静か。

 「二!」

 さあ!

 「一!」

 エンジンを押し込む。

 「スタート!」

 ブレーキをリリース。

 少しずつ操縦桿を引き、

 速度が乗る。

 機嫌がいい。

 機体も、

 自分も、

 空も。

 地面は後ろへ吹っ飛ぶ。

 機体が浮きたがる。

 一瞬我慢して、一気に引く。

 機体は弾き飛ばされたように上昇。

 みんな、上昇すると思うだろう。

 だが、スロットルを絞る。

 機体は速度を失う。

 空中で停止しそうになり、

 瞬間、スロットルを一番前方。ラダーを右へ。操縦桿を引く。

 ジャイロ効果とプロペラ後流で、機体がくるりと回転し、下を向く。

 自分がいま通ってきた軌跡が、白い煙になって残っている。

 その翼一個分左を、突っ込んでいく。

 地面に、真っ逆さまに。

 高度はかなりある。

 操縦桿を右へ。

 機体は一秒間に一回転以上回りながら降下。

 見てろ。

 ラダーペダルをエルロンとは逆、左へ。

 真っ直ぐだった降下はずれはじめ、それよりも先に操縦桿を前に押し倒す。

 機首の方向がずれ、

 エルロンを即座に左。

 世界が斜めに回り、

 正と負は反転。

 ロールは背面フラットスピンへ。機体は水平に裏返したような姿勢で回転しながら降下。

 スロットルをアイドル、操縦桿を引いてラダーを右。

 機体はカクンと下を向く。

 フル・スロットル。

 爆発的に加速。地面が迫る。

 緩やかに引き起こし。

 きっとこのまま飛び去ると考えられるだろう。

 思いっきり操縦桿を引く。

 機体はついて来れずに、機首だけ上げて溺れる。

 翼がスモークを攪拌。

 何とか上昇に戻りかけたところで、スロットルを絞る。

 上昇。しかし、速度はもうほとんどない。

 エレベーターを思い切り引く。フル・スロットル。

 機首を上げ、そのまま進行方向とは反対側まで向く。

 機体は後転するように回り、再び前方へ、すこしスロットルを引く。

 フル・スロットル。スモークを切る。

 離脱。

 速度を上げながら、低空を突っ切っていく。

 機首を上げ、宙返りへ。

 宙返りの頂点で、ハーフ・ロール。

 膨大な荷重がかかる。

 耐える。

 操縦桿を押し、急降下。

 速度が限界に近づく。

 スモーク・オン。

 きっと、先ほどとは違ってスモークが鋭く見えただろう。

 風下へ。

 速く、

 速く、

 そこで、スロットルをアイドルへ。

 速度が下げっていくのもお構いなしに、

機首を上げ、操縦桿もラダーペダルも左へフルに切る。

ものすごい荷重。

スナップ・ロール。

機体は猛烈に減速。

そこで終わらない。

機首が上を向いたところで、フル・スロットル。

何とか機首が上を向いた状態で留める。

機体はプロペラの反作用でゆっくりと回り始める。

前進速度はほぼゼロになった。

機体は一点の上を静止して、回る。

 翼は全く仕事をしていない。今機体を浮かせているのはプロペラの推力だけだ。

 スロットルを絞る。そうしないと上昇してしまう。

 五回転して、機体がスモークに隠れて見えにくくなったところでフル・スロットル。

 機体は無理やりひっぱりあげられていく。

 加速しながら、上昇。

 高度は十分。

 ここで、スロットル・アイドル。

 さっきは、ここで機首を捻じ曲げた。

 今回は、そのまま。

 減速。

 減速。

 風切り音がなくなり、

 静止。

 ほんの一瞬だけ。

 さあ、ここからだ。

 ラダーとエレベータを使って、姿勢を保とうとする。舵はスカスカだ。

 直後、

 後ろへ重力に引っ張られる。

 機体は真後ろに向かって加速。速度計はゼロを指したまま。

 まだ我慢して、姿勢を保つ。

 もう無理だ、というところでエレベーターを引く。スロットルを開ける。

 機体は水平近くまで回復。

 ここで操縦桿を引けば、回復する。

 しかし、引き続け、

 主翼は失速したままに。

 機体は最大限の抵抗を発生させ、ゆっくり地面へ吸い込まれていく。

 我慢だ。

 じわじわと降りていき、

 もう駄目だ、というところでフル・スロットル。

 息が切れてきた。

 そこでまた、エレベータを引きっぱなしに、

 機体は四十五度上を向きながら、進んでいく。

 ここでも主翼は失速したまま。

 失速したまま、浮かせる。

 ここで、ロール。

 機首が四十五度上のまま、回り始める。

 エレベータとラダーを駆使して、軸線を維持。

 そのままじわじわと加速。

 やがて、普通のロールに。

 スモークを切る。機首を引き起こし、宙返りへ。

 また頂点でロール。今度は高いまま進入。

 スモーク・オン。

 スロットルを絞り、今度は片方の主翼だけ失速させる。

 そこで、スロットルをやや開けて、ラダーを左。操縦桿を引く。

 機体は水平に、くるくると回り始めた。

 落ちていく。

 途中で機首を下げ、普通のスピン。

 下に降りてきたところで、引き起こしながらロール。円筒形の内側をらせん状になぞるように。

 水平に近づいた。

 機首を上げ、右ラダー、右エルロン。

 木の葉のように翻る。

 機体はクルリと素早く回る。機体は振り回されるように小さく周る。一回、二回、三回。

 スナップ・ロールだ。

スモーク・オフ。

 戻って、引き起こす。

 引き起こす寸前で、スモーク・オン、

 頂点で、先ほどと同じ、スナップ・ロール。

 スモークでハートが描かれた。

 下に来たところで、スモーク・オフ。

 スロットルを絞る。

 そこで機首を上げ、下げを繰り返し、低空を上下にイルカのように跳ねながら飛行し、速度を殺す。

 着陸地点へ、そのまま滑空。スロットルを当て、パワーで釣る。

 着地。

 息が切れていた。

 そのまま停止地点へ。

 止まり、エンジンを切る。

 キャノピーを押し上げ、コックピットのシートの上に立つ。

 片手をあげ、ガッツポーズ。

 飛んだあとというのは、この程度のサービスをまったく気にしなくなるぐらいに、気分が良い。


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