4-9
火山灰から脱出した後。
高度は、あと400mを切っていた。慌ててプロペラのロックを解除。
後ろの藤田に例のワイヤーを持たせて、引っ張ってもらう。藤田は回収しようとしていたが、そのまま捨てさせる。無理に引っ張ったら、手を切ってしまう。
プロペラを風圧で回す。
あと200m。
バッテリーを繋ぐ。すぐさまエンジンを始動しようとする。
しかし、エンジンの中に燃料が残っているかもしれない。少し我慢して、ホットスタートを避ける。
ダメなことだとわかってはいたが、引き起こす。速度が下がっていく。
何とかエンジンが回りだす。
しかし、音が弱弱しい。
回ってくれ、頼む。
音は、低いまま持続。
速度がつらくなってきた。
徐々に、エンジン音が大きくなっていく。
息を吐いた。
その後、嘉手納と合流した。超音速で飛んできたらしい。交差するとき、水口が悲鳴を上げたほどだった。
氷川は、機体を騙し騙し飛ばして、進入経路に乗せる。横を、F-35がついてくる。
前は全く見えない。火山灰がサンディングしてしまった。カメラを振り回している水口のために、小さい側面の窓を開けてやった。側面の窓は何とか見えている。
速度は速め。滑走路は、この機体にとっては無限にあるのと同じぐらい長い。
何とか軸線に近づく。その前に、旋回を始める。
軸線はあっただろうか。コンパスを見る。問題なし。
「OK。完璧だ。本当は見えてるんじゃないか?」
「見えてない。着陸する」
着陸。すぐさま救急車が群がり、身動きが取れなくなる。爆音が聞こえたので見てみると、F-35がわざわざ横風状態の滑走路を使って降りてきた。降りていいのか?
タキシングを断念してエンジンを切った。
機体を降りて、見てみる。救急隊員が腕をつかんだが、問題ないと断る。ジャケットを脱ぐと、汗をかきすぎて塩が浮き出ていた。
水が飲みたい。
機体は、様変わりと言えるほどに様子が変わっていた。
まず、塗装がすべて剥げ、銀色の下地を丸出しにしていた。機体下面の緑色も、垂直尾翼のオレンジ色も、うっすらと残っているのみだ。それどころか、桁がないところはへこんですらいる。
氷川は舌打ちする。こいつは、多分もう駄目だろう。せいぜい、ゲートキーパーにするぐらいしかできない。壊れた飛行機なんて、スクラップか、それに近い晒し者ぐらいにしか使い道がない。無駄がない設計だといいうことだ。
「ありがとうございます」いきなり話しかけられて、びっくりする。水口だった。彼女は微笑んでいる。笑えるとは、凄い。素直にそう思った。
「いや、特に、そんなことを言われるほどの事じゃない」頭を掻く。「仕事だよ」
「いえ、命の恩人、というものです」彼女の、命の恩人というノスタルジックな言葉が少し面白い。
「君の命を助ける行動をしたのは、止めた時と、連れ帰ったときで二回だね」
「やっぱり、居なかった方が良かったですか?」
「…………」少し迷う。でも、結論は一つだった。「いや、君が居なかったら、死んでただろうね」
「えへへ、お互い様ですね」
何がお互い様だ、と思ったが、呑み込んだ。
「ああ……」頷くような言い方。嘘をつくなんて大人になったな、と思う。でも、気持ちのいい嘘だった。嘘の方が綺麗だ。ずっと。
「迷ったのは、これから君が無理をしないようにするためだ」という趣旨の言葉を思いついたが。それもまた呑み込んだ。
少なくとも、彼女の微笑みをさえぎって言う自信は、彼にはなかった。その代わり、出てきたのはやっぱり逃げの言葉で。
「大丈夫だとは思うけど……」彼女の全身を見る。「一応、病院に行った方が良い」
「氷川さんもでしょう?」
「俺は、報告があるから」エプロンにいた面々も、近づいてきた。
「ありがとうございます」彼女はまた言った。
「もう聞いたよ」
「はい。もう言いました。でも、ありがとうございます」
鼻から息を漏らす。
「うん。お互い様だね」
彼女は救急車に自分で乗って、運ばれていった。グロッキーになっていた面々はとっくのとうに運ばれていた。どう考えても一番深刻なダメージを受けたのはPC-6だが、誰も気にしていない。
寿村がボトルを渡してきた。礼を言って、中の水を飲む。
「ご苦労様」ナツが言った。「良かったわ。生き残っていて」
「ええ。生還しました」
「どうやって飛んでいたんだ?途中で降りたとか」中杉が聞いてきた。
「いや、中でサーマルに乗って」
中杉は目を丸くして、ほえーと、何とも気の抜けた声を出した。
「どうする?」
「どうするって?」
「大人しく救急車に運ばれるか、普通に部屋に戻るか」
「腹が減った」肩をすくめる。「食事を摂って、シャワーを浴びたら寝ます。治療は、多分必要ないかと」




