0103
Side:橘八重
俺と七尾さんは忍者関係のエリアから先へと進んだ。
同時に踏み出してバラバラにならないように進んだが、今度の地形は山だった。
それも急斜面で歩きにくいうえ、木々が大量にあって見えづらいという悪意満載の地形だ。
「コレは厳しいわね。さっきまでと違い過ぎじゃない。
戦いにくいうえに、おそらく先程までの地形以上に厄介なモンスターが現れるはずよ。
警戒しながら進まな「ブブブブブブブ……」いと危険な………」
七尾さんが喋っていると、明らかに大きな羽音が爆音で聞こえて来た。
それはそうだろう、大きさで言うと縦に80センチぐらいの蜂が「ブンブン」飛んでるんだ。
そりゃ言葉が出ないし、固まっても仕方ないと思う。
だって俺も固まってるし。
ブブブブブブブブブ………!!
俺はゆっくりと前に出つつ、なんとか盾を構える事が出来た。
正直に言うと、それが出来た自分を褒めたいぐらいだ。
こいつは蜂だし、針を突き刺すか噛んでくるぐらいしか攻撃方法は無いと思う。
なのでSPを篭めて盾を叩きつければ………
ブブブブブブ………ガァン!!
いきなり攻撃を受けたのでSPを篭められなかったが、それでも相手の攻撃を弾く事には成功した。
とはいえ俺も吹っ飛んでしまい、上半身が後ろに倒れるように地面に倒れた。
相手がどうなったかは分からないけど、すぐに立ち上がらないと危険すぎる。
そう思って立ち上がったが、七尾さんは未だに固まってた。
動いてくれないと危険だから動かさないと。
「七尾さん動いてください!
他の蜂が来るかもしれないですから、早く動けるようになってください!!」
「えっ…………キャァァァァァァァァァァァァッ!?!?!!?!」
まさか固まってたのはパニック一歩手前だったからとは。
単に固まってるだけだと思ったが、そんな甘い状況じゃなかった。
あれだけデカい蜂だから気持ちは分かるけど、このままだと叫び声で蜂が集まってきかねない。
それに蜂ってフェロモンか何かで誘導してるんだったはず。
となると既にそのフェロモンは撒かれてるかもしれない。
その予想が正しいなら撤退だ、帰還しないとマズい。
「七尾さん! 帰還転移です!! 帰還転移を使ってください!!」
「え? あ? ………き、帰還!!!」
帰還という言葉の少し後、七尾さんが消えたので俺も帰還転移で帰った。
今回はあまり稼げなかったけど仕方ない。
そもそもあんな巨大な蜂は反則だし、数が集まってくるなら殺される未来しかないだろう。
蜂って群れるイメージしかないからさ。
帰還転移で戻った瞬間クラッと来たので、結構厳しい状態にあったらしい。
むしろあそこで帰って正解だっただろうと思う。
何より七尾さんが未だに動揺を続けてるぐらいなので、あのまま中に居ても碌な結果にならなかったはずだ。
「大丈夫ですか、七尾さん? 大丈夫なら返事をしてください」
「え? ええ、大丈夫よ。大丈夫。
背中に汗を大量に掻いたけど、もう安心だもの。
戻ってきたし」
「そこまでだったんですか……。
確かに俺も固まりましたけど、それでも動けないと死にますよ?」
「言いたい事は分かるし、私だって多くを経験してきたわ。
でも、あんなのは初めてよ。
猪サイズのネズミとさえ戦った事はあるけど、あんな大きさの蜂なんて見た事も無いわ。
幾らなんでも反則過ぎるでしょ、あの大きさ!!」
「言いたい事は本当によく分かるんですけど、現に居るのでどうしようもないです。
残念ながら居るのが現実ですし、あの地形にまた行く可能性も無いわけじゃないので……」
「…………そうなんだけどね、アレは流石に駄目かなぁ。
でも慣れないといけないのよね?」
「なんで俺に聞くのか知りませんけど、アレ以上に酷いのも出て来るかもしれませんよ?
巨大ムカデとか巨大Gとか」
「止めてよ。本当に出て来たらどうするの!?」
「いえ、本当に出て来る可能性はありますよ。
更に先に進めば、どうなるかなんて誰にも分からないんですし。
もちろん出て来ない可能性もありますけど、奥に行くほど殺しに来るなら、人間が嫌悪感を持つ生き物を利用してくるはずです」
「嫌悪感って…………分かるけど嫌よ。
流石に殺しに来るなら何でも利用するでしょうけど、それの克服なんて無理よ?
だからこその嫌悪感なのだし」
「分かりますけど、嫌悪感のあるままでも動けるようになるしかないでしょう。
そうでないと先に進めませんし、無理に行っても死ぬだけだと思いますよ」
「動けるようにかー…………。なるしかないかなぁ」
どうやら相当に嫌だったみたいだなぁ。
それでも動けないと死ぬ以上、動くしかない。
俺だって動けたから蜂の攻撃を防げたわけだしな。
それに蜂の攻撃を防げてなかったら死んでたと思う。
そう考えると動けないと死ぬのは当然でしかない。
俺は立ち上がった七尾さんと話しつつ鳥居まで行き、渦の中へと入って日本へと戻る。
すると、突然倒れ込んでしまった。
それでも意識は残っているので気絶はしていないが、相当程度に苦しい。
というか気分が悪い。
「こ、ここまでなのは初めてかもしれない。
気絶した時はエルトアリアさんが治してくれたけど、今回は気絶もしてないので、むしろ余計にキツい。
流石に動いて端に寄ら「その必要はありません」ないと………」
エルトアリアさんの声が聞こえたかと思うと目の前に現れ、すぐに俺の体を掴んで【転移魔法】を使う。
すると俺と七尾さんは瞬時にタワーマンションへと戻って来れたようだ。
「私も連れてきてもらえたのはありがたいけど、橘君はまだあれぐらいの時間で厳しいみたいね。
流石にこれも慣れていくしかないんだけど、異界の中の慣れは一朝一夕では身につかないわ。
だから苦労するしかないわね」
どうやら嫌悪感の話の仕返しっぽい。
とはいえ気分が悪くて、俺はそれどころじゃないんだけどね。
「カムトアル・ディコス・ヴェルアーラ。これで回復したでしょう。
それよりも、そこまでになるとは随分と長い時間いたのですか?
それとも先程言っていたように慣れていないだけですか?」
「慣れていないだけだと思います。
そもそも橘君は未だに新人ですし、異界探索者になって一年未満では………こんなものでしょう。
むしろ新人の中では頑張っている方だと思いますよ。
弱いモンスターとの経験が足りていないと思いますが……」
確かに弱いモンスターと戦った経験はあんまり無いな。
最初の方だけで、後は良い武具を持ってたし。
それもあんまり良い事じゃない気もするし、武具を置いて弱いモンスターとの戦いも経験した方が良いだろうか?
「経験という意味では決して悪い事とは思えませんが、かと言って、そこまで必要な事かと言われても悩みますがね?
確かに自身が弱い頃の経験というのは、後になって活きてきますが……」
「ええ、ですから橘君も弱い装備で努力する必要があると思うんです」
「単に蜂と戦いたくないからっていう可能性も否定できませんけどね」
「流石に違うわよ。
今は冷静になれてるし、さっきのは派手な失敗だと理解してる。
とはいえ、あの時はパニックでそれどころじゃなかったけどね。
久しぶりに何も考えられない真っ白な状態になったし、よく助かったと本当に思うわ」
完全に固まって動けなくなってたもんなぁ。
俺も最初は動けなかったけど、流石に動かないと死ぬんじゃ動くしかない。
でも頭が真っ白の人に動けって言ったところで無理だし、それは固まってた七尾さんで本当によく分かった。
頭が真っ白になるって、本気でああなるんだなって思ったよ。
考えるというか思考そのものが無くなるからか、動く以前の問題になる。
むしろ俺の方こそよく動けたと言えるのかもしれない。




