33.ビアナちゃんの悩み事
「おやすみなさい」
「……おやすみぃ」
シャワーを浴び終わり、リビングに戻ってきたパニカくんは、欠伸をして目を擦っていた。一緒に入っていたロントさんが「寝かせてきます」とパニカくんを抱き上げたので、「ロントさんも、そのまま休んでくださって大丈夫ですよ」と伝えている。さっきのは、パニカくんとしたおやすみの挨拶である。
「ルカくんは、まだ大丈夫ですか?」
「うん。いつもまだ起きている時間だから大丈夫だよ」
今はビアナちゃんが入浴中なので、ルカくんは順番待ちをしている。そして、私とコネクトフォーの対戦中でもある。
「ルカくん、本当にそこでいいんですか?」
「リリこそ、そこは止めた方がいいと思うよ」
なんて無駄に言い合い、そこそこ白熱した試合は、ルカくんが2連勝するという結果で幕を閉じた。
神様、どうして私は勝てないんでしょうか? 相手7歳ですよ。一切手を抜いていないんですよ。なのに、どうして負けてしまうんでしょうか?
心の中で涙していると、ビアナちゃんがお風呂から上がってきた。
「兄さん達は?」
わちゃわちゃした夕食の間に、ビアナちゃんもいつの間か敬語が取れていたのである。仲良くなれたみたいで嬉しいね。
「パニカくんがおねむで、ベッドに行かれましたよ。ロントさんも、そのまま休まれると思います」
「リリとルカは何をしていたの?」
「コネクトフォーという色を4つ並べるゲームですね」
「面白そう。あたしもやっていい?」
「いいですよ。ルカくんがシャワーを浴びている間、対戦しましょう」
ルカくんが「僕、お風呂に入ってくるね」と席を立ち、ビアナちゃんがルカくんが居た場所に腰を下ろした。
「交互に自分の色を落としていくんです。そして、縦・横・斜めのどれかで、4つ色が並べば勝ちです」
「うんうん、簡単でよかった。リリ、勝負よ」
「負けませんよ」
「あたしだって」
キリッとさせた顔を合わせ、ジャンケンをする。
そう、何を隠そう私はジャンケンも弱い。この世界で、まだ1回も勝てていない。不思議である。
「先行、後攻、どっちがいいですか?」
「んー、後攻で」
「分かりました。私から落としますね」
ちなみに、このコネクトフォーにも番号がふられている。左上から1番になり、右下が42番で終わる。私が知っているコネクトフォーは穴が向こう側まで貫通しているのだが、グレーさんが作ってくれたコネクトフォーは穴は空いているが貫通していない。だから、穴の中に番号が書かれている。その番号を言うだけで、コマがモモンガになって移動してくれるのだ。
「39番」
「プクプク」
「え? やば! すご!」
兄妹って似るんだね。リバーシをした時のロントさんも、盤面にめっちゃ顔を近付けて驚いていたよ。今のビアナちゃんと一緒。そっくり。
「38番。あのさ、聞き流してほしいんだけど」
「31番。はい、どうぞ」
「32番。勉強できなくてもお金を稼げる職業って、なんだと思う?」
「37番。私はモモンガですので、その辺の事情には疎いんです。すみません。ビアナちゃんは冒険者になりたいんじゃなかったんですか?」
「40番。んー、なりたいというか、兄さんを見ていたら、冒険者でも安定して稼げるのかなって思ったの。でも、危険だってことも分かってるつもり。お父さんとお母さんは元気に出かけたのに帰って来なかったから。だから、兄さんが反対していることも知ってる。後、言ったことないけど、あたしも兄さんには冒険者を辞めてほしい」
なるほど。モモンガが簡単に答えられない、難しい問題がきてしまった。
「どのような職業が安全なのかは分からないですけど、冒険者じゃなくてもギルドで働くとかはできないんでしょうか? 受付や事務の方がいらっしゃいますよね?」
「受付の人か……商業ギルドは試験が難しいって噂があるけど、冒険者ギルドの方はどうなんだろ? 私、簡単な読み書きしかできないんだよね」
「教えてくれたのはロントさんですか?」
「そう。パニカには、そろそろあたしが教えないとなとは思ってる」
フェレルさんの説明で、学校はあると聞いている。全員が全員通えるわけじゃないという追加説明もあったから、ビアナちゃんとパニカくんが通っていなくても不思議じゃない。どうして通っていないかは、ロントさんに聞かなきゃね。お金の問題だったら、ビアナちゃんに言わせられない。
「あ、でも、誘拐犯が捕まったから、学校に通えるかも」
なーんだ。お金の問題じゃなかったよ。ホッとした。
改めて、レンジャーの皆さん、悪い奴らを捕まえてくださり、ありがとうございます。
「行方不明事件のせいで通えなかったんですか?」
「あたしはパニカの面倒を見なきゃいけなかったからだけど、パニカが通う時に一緒に通ってもって話だったの。でも、1時間は歩かないとダメだから、誘拐犯が捕まるまでは通えないってなったのよ」
「学校って、パニカくんみたいな小さい子も通えるんですか?」
「7歳からは勉強が中心になるけど、それまでは広場で遊べるらしいわ」
なんと! 幼稚園らしきものもあるのね。
「一度、ロントさんとお話しされるのが1番ですね。学校のこともですし、ギルドじゃなくて販売するお仕事の伝手とかあるかもですし」
「兄さんとかぁ。『俺が見つけてきてやる』って、あたしの意見全無視で『決まったぞ』とか言いそうで嫌なんだよね」
「そこは話し合いの時に、『勝手に決めるなら冒険者にしかならない』とか言ってみたらいいですよ」
こういう脅しみたいな行為は誉められたものじゃないけど、時と場合ってあるからね。暴走する人相手になら、使っていいと思うのよ。
「んー、そうしてみる」
「リリー、出たよー」
ひょこっと顔を見せたルカくんの可愛さったら、もう天使も顔負けのキュートさよ。
「あれ? 2回目?」
私を撫でにきたルカくんが、全然積み重ねられていないコネクトフォーを見て首を傾げている。
話していたせいで途中から対戦していなかった状況に、私はビアナちゃんと「あ!」っと顔を合わせ、笑い合ったのだった。
ビアナちゃんと2階の廊下で別れ、私はルカくんのベッドの端を陣取った。枕に少し被るか被らないかの位置、ルカくんが私を撫でやすい場所だ。ルカくんは、いつも私を撫でながら眠りにつくからね。
「リリが居てくれて、僕は幸せだよ。おやすみ、リリ。明日も一緒に居てね」
ん? ルカくん、どうしたの? 今すっごく切なく感じたよ。私、胸が苦しくなったよ。
「私も幸せですよ」
「嬉しい」
柔らかく微笑んでから瞳を閉じたルカくんを、私は見続けた。瞼を下ろすと涙が落ちそうだったのだ。「今日、何か見落としちゃったのかな」と、ルカくんの手を尻尾で撫でた。
*****
酷く焦っている2人の男性が、路地裏の暗闇で震えている。
「お、おい、どうなってんだよ」
「俺が知るわけないだろ」
「まずいよ……1人も誘拐できない……使っていた駒はいなくなった……こんなのバレたら俺達……」
「ああ、確実に殺されるだろうな」
「どうすんだよ。死にたくねぇよ」
「逃げるしかねぇだろ」
相手の瞳だけが薄らと見えている空間で、視線を合わせ頷き合ったその時……見ていたはずの瞳が消えるのと同時に、人が倒れる音がした。
「お、おい! おい! どうした!?」
「あんた達さー、こんなにも不甲斐ないことしといて、逃げるなんてバカじゃないの?」
少し高めの女の子の声が、どこから聞こえたのか分からない。右からなのか左からなのか、はたまた後ろ、いや、前や上からかもしれない。全方向から聞こえたと言われたら信じてしまうだろう。それ程までに、一切の距離感が掴めない。
「だ、だれだ!」
「あっはー、見えてないの? これだから下等な奴らは、生きている価値すらないんだよねぇ」
「どこにいる!」
「うるさーい。実験体を用意できなかったんだから、てめぇらが実験体にならないとねってことだよねぇ。逃すわけないよねぇ」
「な、なに——
ズザッという音が響き、男性の声は聞こえなくなった。
「こいつらを連れて行かないとなんて、だるぅ。殺せばいいのにー」
「ルーラナ。文句ばかり言っていると怒られますよ」
男性。いや、女性……どちらとも取れる声が増えるが、倒れている男性達にはもう聞こえていない。
「あ! オーレアっち! そっちはどうだった?」
「何も掴めませんでした。一体、誰が私達の計画を阻んでいるのでしょう」
「わっかんなーい。でもさ、どうせ弱っちぃ奴らだよ。堂々としてないじゃん」
「弱いかどうかは分かりませんが、私達が負けることはありませんからね。怒られそうですが、帰りますか」
「さんせー。こんな暗い所、大っ嫌い」
暗闇で輪郭さえ分からなかった者達は、倒れている男性2名と一緒に、忽然と姿を消した。
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来週→1話更新です。




