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侯爵令嬢の穏やかな生涯  作者: 柏鶏子
7/50

次の日からは、ゾフィ達が私の世話をしてくれました。これから毎日こうなるのですって。

ベッドから立ち上がる体力がありますので、盥から温い湯で顔を洗い、着替えをして、鏡台へ移動して髪を梳かします。そして最後の仕上げに私の手を消毒します。

そして、カーテンを開けて庭の様子を見て、日光を浴びるのです。窓は開けられないですが、きっといつからかベッドから上がれなくなるほど弱るのですもの、飽きるほど眺めなくてはと思います。侍女たちのチェックが無ければこの部屋に物は持ち込めませから花も飾れなくなるのです。

 朝食のためにお着替えをします。この衣服は家族とは別にして念入りに洗ってあるのですって。

確かにスーッとしたいつもとは違う清涼感のある香りがしました。そして、両手の消毒をして口内を水で漱ぎます。こうするだけでも格段に病気になりにくくなりますよ、とのことです。

 食事も胃に優しい、滋養のあるものに変わりました。部屋のテーブルで運ばれてきた朝食を食べます。今は噛む体力がありますから、と昔に風邪の際に食べさせられた粥のようなものではなく普通の食事と遜色ない、ただ少しばかり栄養がある食事です。

 一口50回咀嚼してくださいねと指導されました。胃腸に負担がかからない食べ方なのですって。私も咀嚼を満喫します。

朝食の味がよく分かるわと笑うと、侍女たちは厨房の者もお喜びになりますよ、と言ってくれました。そしてナディアのお食事についてのお話を聞きながら咀嚼していました。

 食材とこれを丹精込めて作ってくれる領民や厨房の使用人に感謝しましょうねとナディアが教えてくれます。確かにそうだわと食事が終わってから手を組み、感謝の祈りを捧げました。どうか届いてほしいわ。新たな日課になりました。

 朝食の後は口内の手入れをして、お勉強のために着替えて、朝の仕度は終わりです。

 そして、お勉強が始まりました。

 ゾフィが机の上に地図を出しました。


「まあ、大きい」

「今日は帝国の歴史から学びましょうね。これは大陸の地図ですわ。そしてこれが私たちの住まう帝国です」

「一番大きな国なのね」

「ええ。帝国は海や山河、平地に山も所有しておりますし、この南の諸島国も帝国領ですから、たくさんの産業や人種に歴史がありますの」

「こんなに大きいのですもの」

「では、国の起こりから―――」


 ゾフィの歴史の話は大変に面白いですし、彼女も熱が入っているようです。その魅力があることは十分に私も理解いたしました。

 昨日、ナディアが言っていた爵位についてですが、これも腑に落ちました。

ずっと昔、戦争を繰り返して今より大陸にある国が多かった時、現在の皇帝一族が統治する王国は大陸の真ん中にあり、多数の国に挟まれていました。山河も幾つか通り、牧畜と農業と林業をして中立を保っていましたが、戦禍に巻き込まれて武力を持ちます。

 そうして領土を広げますが、併合した国の貴族や爵位は余程の問題が無ければそのままに登用したとのことです。例えば、南諸島にある「大公」などもそうです。

 皇族は臣下する際は公候伯子男の爵位に則りますから「大公」はないのですけど、そういうことなんだとか。それに、貴族は領主でもありますがそれと同時に議員であるため、尊敬はされますが爵位が物をいう政治を敷いてないとのことでした。


「議員?」

「議会というものがございます。議員という各領の代表が政治のために話し合いをして物事を決めていくのですわ」

「では、皇帝は何をなさっているの?」

「その議会の長が皇帝なのでございます」

「知らなかったわ。…ねえゾフィ」

「はいお嬢様」

「あのね、でも議員が物を決められるのなら議員に有利な政治や法律ができるのではないかしら」

「ふふふ。お嬢様の着眼点は流石ですわね。ご安心くださいまし、法律は教会が司っておりますのよ」

「まあ、教会が?」


 教会というとこの大陸では唯一神を崇めるクリスト教が知られています。多様な文化を残したまま併合した帝国も様々な宗教と共にクリスト教を支持しております、「教会」という建造物や組織があるのはクリスト教だけです。とても大きくて有名なのだと思っておりましたが、それどころでは無いようですわね。

 とはいえ、私からすれば正午と夕方の6時に鐘が鳴るという認識でございました。


「我が帝国の教会では法を審査し立てる、裁きの場を設けて審判を下す、そしてその記録を行い次代の法律家の育成を担っているのです。議会の誤りを指摘して反省を促しますから、大丈夫ですわ」

「帝国ではってどういうことかしら? 他国は違うのかしら」

「ええ。聖書をお読みになったことはございますでしょう?」

「勿論よ」


 暇を潰すために与えられる本の中にクリスト教の聖書が混じっていますので私も親しんだ書物です。それに内容もあまり難しくございません。絵本のように優しい言葉で、神の子であり世を救済するために旅をしたクリストとそのお弟子さんたちのやり取りが小話として描かれているのです。


「その中で『杖が歩くにあらず。人は己の足で進むべし』と記されていますわね」


ゾフィが言っているのは、足を怪我したクリストが杖を村人からの善意で受け取った話です。お弟子さんの1人がそのような粗末な杖で歩かせるなど、と憤慨しましたがクリストは先ほどの言葉を言って怒りを鎮めさせ、村人にお礼を言って旅立ったという顛末です。


「ふふ、エラお嬢様はどのようにお思いになりましたか?」

「そうね…。私は、クリストは道具に拘らないのだと思ったわ。怪我が直ぐ治ると思ったのかしらって。…やっぱり今考えてもよく分からないわ。いつも聖書のお話って曖昧なんですもの」

「そうですわね。私も初めはそのように思いましたわ。クリスト教が大陸を席巻した頃、時の皇帝はクリスト教が大きな力を持ち権力を揮うことを危ないと思っていたそうにございます。

地図のこちらをご覧くださいまし。世界中の大陸を見渡せる、海の真ん中に国がございますでしょう。これがクリスト教の教皇を頂点にした教国ですわ」


 ゾフィの指の先には、決して小さくはない島国があります。確かに、大陸中に大きな組織がある国はきっとすごいのだわ、とぼんやりながら納得しました。


「皇帝は先ほどの言葉を引用して、『救世主の言葉は、己の裁量と力で道を行けという。我らもそうして独自に運営したい』と当時の教皇に訴えたのです。教皇はそれも一つの解釈だとお認めになり―――今でも聖書の解釈は沢山分かれていますし研究する学者様も大勢いるのですよ―――それに乗じて他国の方々も独自の運営に乗り出しましたの。国によっては、教会は別の意味を持つこともあったり、権威であったりするのですよ」

「面白いわ。ねえ、教皇様はそれに何を言っているの?」

「教皇様や教国は『正義と公平と慈悲の心』を信条に活動することを大陸中の教会に伝えていますの。もしそれが行われなければ、教国から大司教が来て調べるのです」

「すごいわ。昔から変わっていないのね」

「ええ、昔っからそうなのです」


 そう笑った頃に、教会の鐘が鳴りました。お昼ご飯の時間です。ゾフィは昼のお仕度のために机に広げた地図をくるくると巻いて、次は刺繍のお勉強ですよと言いました。

 昼食に適したお洋服に着替えて、と言っても簡素なワンピースです。そして両手の消毒と口内を水で注いで、お昼ご飯を食べた後は口内のお手入れと、両手の消毒。そして消化吸収のためにと半刻ほど横になっている間にまた、お部屋のお掃除と消毒です。

 それが終わってから、3人が幾つか質問をしてノートに書きつけていきます。白目を見たり喉のあたりを触ったり、熱を測るのです。ルビーがお嬢様は今日も元気ですわね、と目を細めました。


「さあ、刺繍のお時間ですよ。刺繍はこのナディアが担当いたしますからね」

「私ね、お従姉様たちのように上手くなりたいわ! 出来るかしら」

「出来ますとも。さあ、これを付けてくださいな」


ナディアが嵌めてくれたのは革製の指ぬきというものらしいです。針が刺さらないように保護してくれるというそれはまるで爪先だけの手袋みたいでした。


「ねえ、ナディア。流石に両手に嵌めるのはどうかと思うの」

「お嬢様の傷から病気が入ることもございますから、きちんと保護しませんと」


 なるほどと納得して、ナディアに針の運び方を習います。ナディアは、お手本を簡単だと思うまでやれば上手くなりますよ、というので私はお手本の模様を見て練習です。

 その間もナディアは自身の刺繍を進め、時折私に指導します。内向的な私の性にとても合っていて、傍で控えていたルビーから休憩を促されるまで没頭しておりました。


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