穏やかな人生の一歩目
私の虚弱体質がわかってから暫くもしないうちにナースメイドと乳母が私のお世話から外れることになりました。最初は私が黙って書庫に入ってしまった責任を負われたものだからかと思っていたのですが、違うようです。
介護職とメイドとしての仕事、そして家庭教師を兼任された者たちを紹介されました。
「ここにいる6人がエラの世話の一切をするよ。皆、貴族令嬢として教養等を修め、看護部を卒業し従事してきた者たちだ。」
お父様が連れてきた方たちはそうですね、年の頃はアンドリウスお従兄様たちと同じぐらいのものから20と少し過ぎたぐらいかしら。彼女たちは背筋を伸ばし美しい礼をしてくれました。
その中で一番年長らしきの女性が口を開きました。
「お初にお目にかかりますエラお嬢様。私たちが今日からお嬢様のお世話をいたします。私はベッカ、そして順にカーラ、マリー、ゾフィ、ルビー、ナディアです。
宜しくお願いいたしますね。」
そして、お父様が私の部屋から退室いたしました。朝のおはようのキスが無かったのは残念ですが、免疫の問題があるのでむやみやたらに触れ合うのは良くないのでしょう。
ベッカたちも挨拶以降はマスクと、薄い白い布地の手袋をはめました。他のメイドの室内帽よりシンプルできっちりと髪を纏めているように見えます。
そして6人はまず部屋の掃除から始めました。ピカピカに磨き上げたと思ったら、最後は消毒液でドアノブを拭いていきます。明らかに徹底された予防です。
それからゾフィとルビーとナディアは退室していきました。
私は控えていたベッカに問いかけました。
「ベッカ、3人はどこに行ったのかしら?」
「あの3人はお嬢様のお食事の手配や身の回りの品の監督といったお外の仕事です。これは日替わりなので、明日は私たち3人が外へ出ますよ」
「そうなのね。ベッカ、身の回りの一切のお世話って何かしら」
「私たちはお嬢様の体調に合わせて淑女の教育も致しますからそこも含まれておりますわ。今日はお嬢様の体調を見させていただきますから、これも明日からですね」
「明日からね。楽しみだわ」
レディースメイドが女主人たるお母様の身の回りの一切のお世話をしているのを見たことがありますがレディースメイドとは職務が異なりますし、私まだレディ(貴族の夫人)ではありませんもの。侍女、と大変便利な言い回しを「ライサ皇女殿下の日記」で見た覚えがありましたのでそう呼ぶことにしました。
私は傍らのベッカを見上げました。黒い瞳に黒の巻き毛。カーラは赤毛に緑の目とそばかす、マリーは褐色の肌に長いまつ毛にくりくりとした大きな青い目と黒毛、マスクに隠れていますが様々な特徴があります。
私は暇なことも手伝って、それとこれから苦難を共にする侍女たちを信頼したく世間話を求めました。
「皆の事を知りたいわ」
「そうですねえ、私はベッカ・キャバレロです。帝国の東の方の出身です。キャバレロ伯爵家の次女ですわ。看護部を卒業してから、帝都の病棟に勤めておりました」
「病棟?」
「ええ、帝都が運営する大きな治療する施設ですよ。そこに7年勤めておりました」
「沢山、私みたいな方がいるのかしら」
「ご病気の方やお怪我をされた方もいらっしゃいました」
「大変なのね…」
ベッカは目元を緩ませると、カーラを見遣り、話を促しました。カーラは私の近くへ寄りニコニコとお喋りしてくれました。
「私はカーラ・ベルージです。ベルージ男爵家の四女で帝国の西の出身ですわ。看護部を卒業してからは領地を回っていましたの。私の領地にも病棟はありますが、主に訪問看護と学舎へ行って病気予防に対しての啓蒙活動を行っておりましたのよ。あと、私はバイオリンが得意なのです。お嬢様の淑女教育にピアノかバイオリンかどちらかがございますわ。
バイオリンでしたら私と弾きましょうね」
「うふふ、楽しみだわ。訪問看護ってなあに?」
「自宅で療養している患者の元へ行って看護をするのですわ。病棟より自宅のほうがいいからって仰る方もいますもの。私も気持ちはよくわかりますわ、家族といたほうが心強うございますものね。それに、私の兄は医師ですから一緒に回っておりましたのよ」
「ご兄弟で? 素敵だわ。学舎は寄宿学校と違うの?」
「違いますとも。寄宿学校は帝国が運営する貴族の学校ですが、学舎は領主が運営いたしますし生徒は皆通いの、領地に住まう子供たちですわ。それに小等部までですの」
「ええ? それじゃあ、どうやってお勉強したらいいの?」
「ふふ。お勉強ができる子は領主の推薦を受けて特待生として寄宿学校へ入学できるのです。それに彼らは、早くから希望の職の師へ弟子入りしてその道の勉強をするのが一般的なのですよ」
「そうなのね。知らなかったわ」
「これからその帝国についてもお勉強いたしますよ。マリー」
「はい、お嬢様。私はマリー・ソレルと申します。帝国の南、うんと南ですわ」
「うんと?」
「ええ、うんと。帝国の地図を見たことはおありですか?」
「いいえ、まだだわ」
「私は南諸島の一番大きな島の出身なのです。ここから行くには列車と船を乗り継いでも一週間はかかりますわね」
「まあ、遠いのね。寂しくはない?」
「ちっとも。私はソレル伯爵家の三女です。看護部を卒業してからは大公様の看護のために出仕しておりましたの」
「まあ、大公様はお体は大丈夫?」
「お年もお年でしたからね。でも、まだまだ元気ですわ。ここへ勤めるための推薦状も大公様が書いてくださったのです。エラお嬢様を心配されていましたわ。そして、16歳のデビュタントが済んだら是非お越しくださいと。綺麗な海で心地の良い陽気ですもの、きっと気に入りますわ」
「嬉しい。大公様にお手紙書くわ。お父様にご相談してからだけど」
ベッカ達3人は明日傍で世話する他3人のお話を聞けるだろうと言ってくれますが、私はお勉強が足りないわと静かに落ち込んでおりました。私はあまり外に対して興味を向けておらず、外出と言えば精々グレタ伯母様とのお茶、それもごくごく私用であるために身内だけの集まりしかありませんでした。
そこで、一気に情報量がベッカたちから齎されたのですから至らなさが目立ちます。私は外に出ている三人を呼び戻すようにお願いして、お話をせがみました。
ライサ皇女のこともあったから焦っていたのかもしれません。それを知ってか知らずか、ベッカは3人を呼び戻し、私の傍で自己紹介がてらお話をなさいと伝えてくれました。
ゾフィは明るい茶髪に榛色の目、ルビーは赤みのかかった金髪に暗い緑の目、ナディアは黒髪に水色の目です。
「では私から。ゾフィ・オルセンですわ。オルセン侯爵家の、とはいえ末子ですので、好きなことをさせてもらっていますわ。オルセン家は学問に親しんでいる家柄ですので、お嬢様のお勉強は勿論、気になることがあれば何でもお尋ねくださいね」
「お嬢様、私はルビー・ジュシューです。ジュシュー子爵家の出ですが、元はジュシューの領地に住まう平民ですの。寄宿学校への推薦とご厚意で養子として迎え入れて貰いましたのですが、ご心配なさらないでくださいましね、きちんと貴族子女としての教養も修めておりますから問題なく仕えることができますわ」
「ナディア・アムイですわ、エラお嬢様。私はアムイ公爵家の三女ですわ。マリーと同じ南諸島の出身ですわ。ゾフィは私の一つ先輩、ルビーとは同窓でおりますの。今年度に看護部を卒業したばかりですが、精一杯お仕えしますわ」
「ルビーやナディアはベルレブルクと同格か高位の爵位なのね…。ねえ、私分からないのだけれど、それっていいのかしら。爵位順に権力差があると家庭教師に習ったわ」
ゾフィとナディアが顔を見合わせクスリと笑います。そして、ナディアが口を開きました。
「エラお嬢様、確かに爵位順ではございますし、それに対するマナーもありますわ。ですが、帝国はまた少しこの大陸国でも変わっているのです」
「変わっている…」
「ええ、これは明日から学んでいきましょう。でも、第一の理由は、私たちは看護の意思があってこの学術を学び、従事しているのですわ。そこに家格はなく、ましてや小さなエラお嬢様が懸命に耐えてらっしゃるからお支えしたい一心でお仕えしましたの。ご理解くださいましたか?」
「…ええ、分かったわ」
ベッカ達6人がほわりと微笑むのが分かります。
私は、なんて果報者なのでしょう。その幸運をしみじみと噛みしめておりました。




