幕間 熊神退治絵巻
とある土曜日の午後、わたしはいつものようにリュックサックを背負うと、鳥居をくぐった。巫女服の腰には、いつものようにマタギナガサをつるしている。
背中のリュックの中身は、一つの細長い木箱。これを町はずれの「ニホンオオカミ保護センター」に届けるんだ。
「失礼しまーす!ニホンオオカミ保護観察官の御先愛美でーす!所長の秋葉さんにお届け物を持ってきました!」
大声で呼ぶと、秋葉さんが頭をかきながら出てきた。
「『アレ』、持ってきましたよ。」
わたしがそういうと、秋葉さんの目が輝いた。
「ああ、『アレ』ね。ありがとう。」
背中のリュックから細長い木箱を取り出して、秋葉さんに渡すと、秋葉さんは木箱を研究室の机において、白手袋をはめた手でそっとふたを取った。
中から一本の巻物を取り出して、巻かれてる紐の結び目を解く。
「はい、これですね。『狼神社縁起絵巻』」
「別名『熊神退治絵巻』ですね。」
秋葉さんの言葉に、わたしが返す。
この絵巻物「狼神社縁起絵巻」は、平安時代からわたしの家に伝わってて、文字通りわたしの家である狼神社が建立された由来を挿絵と詞書で描いたものだ。
「おおっ、これは・・・・・・・・・・こんなに保存状態がいいのは初めてだな。」
するすると巻物を広げた秋葉さんがうなった。わたしもわきからのぞき込む。わたしもこの絵巻物の中を見るのは初めてだ。
「ん!!」
そこには、色彩豊かな挿絵とそのあとに続く達筆な詞書が記されていた。
最初のシーンは、巨大なクマが村を荒らし、人をくわえて山に連れ去る様子が描かれている。
「えーっと、詞書にはこう書かれてるね。『ある時、悪しき熊神が村々を荒らして人を喰い、村人たちはたいそう悲しんだ。』」
秋葉さんが巻物を繰り、先に進める。そこには、白い狩衣と烏帽子姿の男の人と、巫女服の女の人、二人の前にひれ伏し拝む村人たちが描かれていた。拝まれてる二人の顔は、なぜか雄太とわたしにそっくりだ。
「『都から来た旅の陰陽師とその助手が村に滞在した時、村人たちは二人に熊神討伐を頼み、陰陽師はそれを受けた。村人たちは額づき伏し拝み、感謝した。』」
秋葉さんが詞書を現代語訳して読み上げると、さらに巻物を繰った。今度は、あの二人とその後ろに続くオオカミの群れが描かれている。そのオオカミたちは、山津見たちにそっくりだ。
「『二人が山に入ると、どこからともなく白と黒の二匹のオオカミに率いられたオオカミの大群がやってきた。巫女はその特殊な力を用いて彼らと会話した。オオカミたちは二人の一族に忠誠を誓い、式神となった。』」
秋葉さんの声を聞いてるうちに、わたしの目の前に一つの景色が浮かび上がってきた。
周りにあふれる木々の緑色。木漏れ日が地面にちらちらと踊ってる。
(これは、なに?)
不思議と違和感は感じない。
わたしの目の前に、雄太が立っている。なぜか平安貴族みたいな狩衣姿だ。わたしはいつもの巫女服だけど、腰にきれいな太刀をつっている。
雄太が口を開いた。
「のう、我ら、夫婦にならんか?」
(えっ・・・・・・!?)
混乱するわたしの意思とは関係なく、わたしの口は言葉を紡ぎだす。
「はい。喜んで。」
(ちょっ!何言ってるのよわたし!)
そっと雄太がわたしを抱きしめる。
「・・・・・・・・・・・愛美ちゃん!愛美ちゃん!」
はっ!わたしはいったい何を?
横を見ると、心配そうにこっちを見てる秋葉さんがいた。
「大丈夫かい?なんか放心状態だったけど。」
雄太に告白されてたなんて言えるわけない。わたしは首を横に振った。
「いえ、何でもありません。それで、最後はどうなってますか?」
秋葉さんは、巻物に目を走らせるといった。
「オオカミや山人の力を借りて悪しき熊神を倒し、その魂を天界に送る。そして、二人は夫婦となってこの地に住み着き、自分たちの手助けをした山人とオオカミをそれぞれ『大山祇の神』、『大口の真神』として祀った・・・・・・ということになってる。」
(ん!!)
もしかして、わたしが見たシーンは・・・・・・・・・・
「これはいったん借りて、こっちで記録・解析作業をさせてもらうけど、いいかな?」
「わかりました。ありがとうございます。」
秋葉さんに頭を下げて、わたしは保護センターを出た。