第二章 ミナグロ
山から下りて、神社の鳥居をくぐった。
「ただいま帰りましたー。」
本殿のとなりにある社務所に入る。
「愛美ちゃんおかえりー。どうだった?」
神主さんの奥さんが出てきた。
「はい、みんな元気そうでした。」
ガラガラガラ
「ただいまー。」
ドアを開けて入ってきたのは、おさななじみの春野雄太だ。神主さんの息子で、この神社の跡取りでもある。
「愛美、帰ってたか。」
ジーンズをはいて、半そでのパーカーを着ている。
「ちょうどよかった。愛美ちゃん、晩ごはんの材料、買ってきてくれない?」
神主さんの奥さんがわたしにメモを渡していった。
「いいですよ。じゃあ、いってきます。」
メモと財布をもって、玄関を出た。
鳥居をくぐって、石段を降りると、三春の街だ。
町の中にあるスーパー「ヨークベニマル」にむかう。
今、福島県内では、「コードF」というリアル宝探しゲームを開催していて、わたしたちの神社もポイントになってる。
街中には、「コードF」の参加者が歩いていたりする。その中には「ヲタク」な人もいるわけで、そういう人に時々写真を撮られたりする。
ベニマルにつく直前、古い蔵を改装した物産館の前を通った。
ベニマルについた。メモを確認する。
「まずは、ほうれん草一つ・・・と。」
野菜コーナーに向かう。そこに、見なれた姿を見つけた。
「あ、夏波じゃん。何買いに来たの~?」
クラスメイトの伊藤夏波だ。清楚系の美人で、男子連中からはモテる。
でも、ちょっと霊感が強いらしくて、今までに、「この世ならざるモノ」をたくさん見ている。
「ちょっと明日作るやつの材料買いにね~。」
高くて澄んだきれいな声がかえってくる。夏波は料理部に所属していて、料理がうまい。
清楚な白いブラウスと、紺色のスカートを身に着けて、首元に深紅のリボンを結んだ姿は、どっからどう見ても「お育ちのいいお嬢様」だ。おまけに超美形。
これなら男子連中がアリのように群がってくるのもうなずける。
夏波と別れた後、言われたものを手早く買って、ベニマルを出た。神社に向かって歩く。
途中で、町で唯一の剝製屋さん「田母神剥製店」の前を通った。
ショーウィンドウには、作られたたくさんの剥製が並べられている。
その中の一つ、灰色の毛をした動物にわたしの目はすいよせられた。
それは、山津見の孫、磐梯だった。
(どうして!?なんで!?オオカミは鳥獣保護法で保護獣に指定されて、とっちゃダメなはずなのに?)
頭の中をたくさんの考えが走り回る。
「すいません!!」
目の前のドアを開けて、店の中に入ると、店の主人の稔さんが出てきた。
「お、愛美じゃねぇか。どうした?」
「これ、オオカミですよね。どうしたんですか?」
磐梯の剥製を指さす。
稔さんはわたしが指さすものを見て、言った。
「ああ~、確かにオオカミだわ。あれね、『狩人衆』の伊三郎が持ってきたのよ。」
伊三郎さんは、25歳くらいの男の人。ちなみに、「狩人衆」というのは、三春に古くからある狩猟の同業者集団のことだ。
「でも、オオカミは鳥獣保護法でとってはいけないことになってますよね。」
「伊三郎はなぁ、自分で仕留めてはいないっていってたぞ。できたって知らせたから、今にも来るかも知んねぇなぁ。」
カランコロン
ドアを開けて、当の伊三郎さんが入ってきた。
「伊三郎さん!!」
わたしが叫ぶ。
「おわっ!なんだい愛美ちゃん。」
「オオカミをとったんですか!?」
身を乗り出すようにしてきく。
「とってねぇよ!死体をひろったんだよ!!」
「とにかく、剥製をもって、ついてきてください!!」
「わかったよ。」
伊三郎さんを連れて、町はずれにある「ニホンオオカミ保護センター」に向かう。
伊三郎さんは磐梯の剥製が入った箱を抱えている。
センターに入って、廊下を進む。「研究室」と書かれた部屋のドアをノックした。
「どうぞ。」
中から若い男の人の声がする。
ドアを開けて中に入ると、一人の男の人が、窓を背にして立っていた。
グレーのスラックスにワイシャツ、その上から白衣をまとっている。
眼鏡をかけた頭のよさそうな顔は、まさに「THE・研究者」ってかんじだ。
この人は、「ニホンオオカミ保護センター」の研究員の秋葉教彦さんだ。25歳で、オオカミの研究と保護に取り組んでいる。
「どうしたんだい?ずいぶんと急いでるようだが。」
「とにかく、これを見てください!」
磐梯の剝製を箱から出して、机に置く。
秋葉さんは、その剥製にさっと目を走らせて、わたしの後ろに立ってる伊三郎さんを見た。
「この剥製は?」
「おれが拾って、加工してもらったんです。」
伊三郎さんが言う。
「たしかに、銃で撃たれたり、罠に挟まれたりした跡はないですね。」
剥製を観察してから、秋葉さんが言った。
「どこで拾ったんです?」
「ダムの奥のほうで。」
「禁猟期なのに、銃を持って山に入ったんですか?」
秋葉さんが問い詰める。
「役場のほうから、『人里の近くにクマが出た』って来たんで、事実確認に行ったんですよ。そしたら、並外れてでっけぇクマが、なんかの死体をくわえてたんだよ。人だったらマズいって思ってなぁ、一、二発ぶっ放したら、クマのやつ、獲物をはなして逃げてったよ。で、それをもってきて、剥製にしてもらったってわけよ。」
伊三郎さんが説明する。そのまま、続けた。
「でよぉ、そのクマがなぁ、ミナグロみたいなんだよ。」
ミナグロ・・・?どっかで聞いたことがあるような気がする。あっ!山津見が言ってたヤツだ!
「ミナグロって、なんですか?」
「え!?知らないのか!?」
秋葉さんが驚いてる。
秋葉さんが教えてくれたことによると、「ミナグロ」というのは、この周辺をうろつく人喰い熊なんだそうだ。子熊のころ、人に育てられたらしくて、人を恐れないらしい。これまでにかなりの数のハンターが退治しようとしてるけど、返り討ちにあってるという。
「町には連絡したからな。ほとんどの山で、入山禁止が出ている。町からも、『有害鳥獣駆除』の許可が下りた。」
伊三郎さんが、そこまで言って、立ち上がる。
「この剥製は、そっちに寄贈させてもらいます。失礼しました。」
そのまま部屋を出ていく。
秋葉さんは、机の引き出しからタグを出すと、万年筆で、さらさらと何かを書き始めた。
「採集地・・・日本国福島県三春町、推定1歳半ほどのオス・・・・・・」
ダメだ。自分の世界に没頭している。
わたしは、音をたてないようにそっと、部屋を出た。
その三日後、営林署の職員が、ミナグロに喰われた。
御先愛美のオオカミ講座 第二限目「オオカミと人間の関係」
皆さんこんにちは、御先愛美です。今回も、この講座をとってくれてありがとうございます。
今回は、「オオカミと人間の関係」についてお話ししたいと思います。
みなさんは、オオカミと聞いて、どんなイメージを抱きますか?
人それぞれでしょうけど、否定的なイメージが多いはずです。が、そのイメージのほとんどは間違っていると言えるでしょう。
わたしが実際に体を張って山津見の群れと仲良くしてきましたが、病院に入るようなケガはしたことがありません!嚙まれることはありますけど、赤ちゃんだったころの安達太良に甘噛みされたくらいです。
足をくじいたり骨を折ったりしたことはありますけど、それはわたしの注意が足りなくて崖から落っこちただけです。
それに、オオカミの夫婦愛はとっても強いんです。ほんとうに情熱的で、「死が二匹を分かつ」まで添い遂げるんです。その様子を見ていると、こっちのほうが羨ましくなってきちゃうほどなんですよ~!
(愛美は彼氏いない歴=年齢。by作者)
「オオカミのようだ」と言われた世の男性の皆さん!自信を持ってください。「オオカミのよう」とは、「伴侶を一生思い続ける」ことなんですからね。
コホン・・・・・そもそも、なぜオオカミが悪役なのかと言いますと、「キリスト教」にその原因があるのです。
キリスト教が発達したヨーロッパは、かなり過酷な土地です。そもそも、日本人には「自分が恵まれている」自覚がないように思えます。そこでは、穀物が取れないので牧草を作って動物に食べさせ、その動物の肉を食べる習慣ができたのです。したがって、人間の家畜を襲ったオオカミは「敵」とみなされ、キリスト教史において長い間迫害を受けることになるのです。
一方、日本を含めたアジア、さらには白人入植前のアメリカはどうだったのでしょうか?
アジアや北アメリカには古くから「アニミズム」つまり「自然崇拝」の習慣がありました。日本の神道における「八百万の神」やアイヌのユーカラに見られる人と動物の姿をした神の対話は、そのよい例です。オオカミは、本文にも記されているように「大口の真神」と呼ばれて神格化されます。
当時の記録によりますと、「こなたより手を出さねば咬むものにあらず」つまり、こちらから手を出さなければ咬むことはない。とか「かしこき神にしてあらわざを好む」という記述があります。
こんなふうに、いい関係が続いていたんですね~。
しかし、その関係は、一つの伝染病によって崩壊してしまうのです。江戸時代中期ごろから日本で流行をくりかえしたその恐ろしい病の名は、「狂犬病」と言いました。
この病に侵されたオオカミは狂い、動くものならなんにでも襲いかかります。そして、咬まれた人は脳を侵され、死に至るのです。あっ、もちろん今日の日本では撲滅済みですよ。
これによってオオカミは、「田畑の神」から「人の敵」へと変貌するのです。
さらに、明治の代になって文明開化が始まります。それと同時に「殖産興業」という名の自然破壊も始まりました。オオカミの生息できる箇所はどんどん減っていったのです。
文明開化の結果、海外から「赤ずきん」や「オオカミと七匹の子ヤギ」などキリスト教的観念でオオカミを悪者としたお話もたくさん入ってきて、もはやオオカミを敬う心は日本人の中から消えようとしていました。
人間はオオカミを殺し始めました、わなを仕掛け、毒餌をまき、こうして、オオカミの数は減っていったのです。
ほかの国々でも、入植した白人や日本と同じようなことで、オオカミを殺す道を選んだのです。
あとは、復習として各自調べてください。
今回の授業はこれでおしまいです。次は、「オオカミが生態系に及ぼす影響」についての講義です。しっかり予習をしてきてくださいね。
では、これで授業を終わります。ご苦労様でした。
追伸、この前の答えは、イノシンやシカを食べてくれるからです。




