第九章 山中の出会い
ミナグロの臭いをたどって獣道を三日ほど進み、山人の村が見えなくなったころ・・・・・・・
ピクッ!
山津見の鼻が少し動いた。
《チッ・・・・・・・・やるしかないか》
不機嫌なのが露骨に伝わってくる。
「どうしたの、やまつ・・・・・・・」
山津見に理由を聞こうとした瞬間、
「ウォオーーーーーーン、ウアオーー、オォオー、オー」
山津見の群れとは違う個体の遠吠えが山中に響き渡った。わたしだって日本国ニホンオオカミ保護観察官だ。自分の担当する群れの個体とそれ以外の声は聞き分けれる。
(そうか・・・・・・・・・)
わたしは一度、研修でオオカミ保護の聖地ともいわれるアメリカはイエローストーン国立公園を訪ね、そこで研究をしている方に話を聞いたことがある。そして、こう訊いたんだ。「オオカミとは、どんな動物ですか?」と。
研究者の方は笑ってこう言う。「I don't know!」って。そして、こう続けるんだ。「野生にある以上、決まった形などない。群れの頭数も、縄張りも、刻々と変わる。リーダーを失ってチリジリバラバラになる群れもいれば、新たなリーダーを見つけてうまくやってく群れもある」ってね。
山津見の群れとほかの群れとの境界線は、数年前に作られて、今も使われている資料ではこの辺りじゃなかったはず。
(おそらく・・・・・・・・・・)
ここ数年の間に、縄張りに何らかの変化があったのだろう。そして、縄張りの境界線がこの近くなんだ。この遠吠えはおそらく、「こっから先は俺たちの縄張りだ。勝手に入るんじゃねぇぞ!」という警告。
その声にかまわず、山津見たちはどんどん獣道を進んでいく。そして、尾根筋に出た。最近伐採され、植林はまだのようで、視界が開けている。
尾根筋には、五頭のオオカミがこちらを待っていた。わたしの記憶が正しければ、推定年齢三歳のオス「信夫」が率いる群れ、通称「信夫パック」だ。あ、パックっていうのは群れのことね。
一番真ん中には、群れのリーダーである信夫が座り、その周りに群れのメンバーたちが腰を下ろしていた。一見無防備なように見えるが、いざとなったらすぐに山津見の群れに襲い掛かれる態勢をとっている。
「クゥ~ン、クゥ~ン」
山津見が低い姿勢で信夫にすり寄った。信夫とお互いに口の周りをなめあう。
両者の緊張が一気にほどけた。
わたしは、「思念」の力を発動させると、山津見たちの会話に意識を集中させた。
《そう言えば・・・・・・・・》
山津見が信夫に問う。
《最近、ミナグロがこの辺を通らなかったか?》
信夫が大きく首を振った。
《ああ、通っていきやがった!ったく、アイツが来るとシカとかイノシシがビビって逃げちまうからほんと大迷惑なんだよ。この辺りから俺たちの縄張りに入って、三日くらいこの辺りをうろついた後出ていきやがった。で、そうしてお前らはあんなゴロツキ糞クマ野郎のことなんか訊くんだ?》
信夫が不思議そうな目をする。
《実はな、我々はあいつを追っているのだ。なんとしてでも仕留めたい。》
山津見が答えた。
《そりゃあ賛成だ!俺もあいつのことは前々からぶちのめしてやりてぇと思ってたんだ!どうだ、一緒に戦わんか?》
《それには及ばない。ミナグロは知っての通り手ごわい敵だ。俺はお前たちを無意味に死なせたくはない。ただ・・・・・・》
山津見が信夫を真正面から見据える。
《ミナグロを追うため、お前の縄張りを少し通らせてくれ。頼む。》
信夫は自らの群れを振り返った。みんなの反応を見る。そして、口を開いた。
《今回だけ、特別だ。ミナグロが出たところまで案内してやらぁ》
《感謝するぞ、信夫》
《とりあえず、ついて来い。》
信夫たちの群れの後に続いて、わたしたちはまた進み始めた。




