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第七章 闇夜の戦闘

 ミナグロの犠牲者が発見されたその夜。山人の村の中にあるウォセの家には、犠牲者であるウォセのお父さんのご遺体が安置されていた。

「******・・・・・・・***」

 一人の男の人がぼそぼそと何かを言う。

 わたしは一番壁際にひざをそろえて正座し、雄太は片膝を立てて体育座りと胡坐を合わせたような立ち上がりやすい座り方で肩に狼神社社宝「破邪ノ短槍」を担いでいた。

 そして、さっき到着したばかりの環境民俗学者の冬野菜実さんがわたしの隣に正座し、山津見率いるオオカミたちは入り口のすぐ近くに控えていた。

「クゥ~ン」

 まだ幼い安達太良がわたしの膝の上で甘えた声を出す。

 その頭をナデナデしながらわたしは素早く周りに目を走らせた。

(クマには自らの獲物を取り戻そうとする習性がある・・・・・・・・・)

 山人の家は、壁がカヤかアシのような植物を束ねたものでできている。今回の犯人・・・・・いや犯熊、ミナグロの体長は180センチ越え、こんな壁など簡単に突き破れるだろう。

(そして、ウォセのお父さんは殺された時点で「ミナグロの獲物」。それを持ってきたわたしたちは「ミナグロの敵」ということになる・・・・・・・・)

 わたしは、壁の向こうにいるであろう山津見に意識を集中させた。

(山津見、山津見、聞こえる?)

《ああ、聞こえる。どうした、愛実?》

 これは、わたしが「思念」と呼んでる方法で、わたしが動物と話すときによく使う方法だ。

(山津見はミナグロを見たことあるんでしょ?)

《ああ、それがどうした?》

(わたしはミナグロを見たことがないの。だから、ミナグロがどんなのか教えてくれない?)

《ああ、教えてやろう。これを見るがいい。》

 次の瞬間、イメージがわたしの頭の中に一気に流れ込んできた。







 ・・・・・・目線が低い。きっとこれが山津見の頭の高さからの目線なんだろう。ちょうど、ひざと手をついて四つん這いになったくらいの高さだ。

 次の瞬間、目の前を横切る黒い影。それは、巨大なクマの形をしていた。







 そして、イメージが切れた。

(こいつが、ミナグロ?)

 ほんの一瞬、時間にして一秒か二秒くらい。でも、その間にわたしは気になるものを見つけた。

(なに・・・・・あれ?)

 ミナグロの耳についている黄色のモノ。なんか、飼われている牛の耳につけるタグに似ている。

(山津見・・・・)

《俺に訊くな》

 むう・・・・・本人がわからないんだから仕方ないか。

 その瞬間、ひざの上にいる安達太良の耳がピンと立った。

「グルルルルルゥゥゥゥゥゥゥ・・・・・・・」

 壁の向こう側のオオカミたちもうなり声を上げ始めた。

「雄太」

「わかった。」

 近くにいる雄太にそっと言うと、雄太は肩に担いでいた短槍を持ち換えて、両手でぎゅっと握りしめた。軽く振って鞘を払い、自分の手に落とす。

「ん!!」

 わたしの耳に、かすかな音が聞こえた。


 ガサガサッ、ポキッ・・・・・・


 藪をこぐ音と落ちた小枝を踏み折る音。


 ガサガサッ、ポキッ


 音はどんどん近づいてくる。その音は、どんどん早くなっていった。


 ドドドドドドッ!


(!!)

 足音が走るときのそれに変わった。雄太が一気に立ち上がる。


 ドガッ!


「ファーーーーーーーーッ!」

「はぁぁぁぁぁっ!」

 ミナグロがうなりながら壁を破って突入し、雄太が即座にジャンプして上から切りかかる。

 わたしは冬野さんと山人の皆さんを背後にかばいつつ、腰につっているマタギナガサを抜いてミナグロと対峙した。

「ファーーーーーーーーッ!」

 ミナグロが声を上げる。

 わたしの目の前には、体重80キロを優に超えるであろう巨大熊がいた。

「こいつが・・・・・・ミナグロ・・・・・・・・・」

 隣で短槍を構えた雄太がつぶやく。

「・・・・・やっと会えたなミナグロさんよぉ!」

 雄太の顔には、このあまたの人を喰ったクマに対する憤怒の表情があふれ、食いしばった歯の間からぎりぎりという音が聞こえた。

「ヴェンカムイ・・・・・・・・・・・・!」

 ウォセが叫び、矢を弓につがえる。

 ギリギリと引き絞ると、ミナグロに向けて矢を放った。


 ヒョォォォォォォォォォ!カッ!


 矢は空気を切り裂いて飛び、ミナグロの背後の壁に突き刺さった。ミナグロの目がウォセをとらえる。

「ファーーーーーーッ!」

 ミナグロが、その巨体からは想像もできない俊敏さでウォセにとびかかる。ウォセは弓を前に出し、その攻撃を防ごうとした。

「グルァァァァァァァァァァ!」

 山津見たちが戸口から突入してくると、わたしたちを守るかのように前に立った。ミナグロの攻撃がいったんやむ。

 と、いきなりわたしの頭の中に「思念」が流れ込んできた。

《待っていたぞ。人間に、オオカミたちよ。》

(え!?これ、ミナグロが言ってるの?)

 山津見たちオオカミもこれを感じ取っているらしく、警戒した表情を浮かべている。

《・・・・・・・》

 ミナグロはそのまま背を向けて去っていく。

「待て!」

 雄太を先頭に外に走り出るが、そこにはただ、黒々とした闇があるばかりだった。








 家の中に戻ったわたしたちは床に血の跡があるのを見つけた。

 それをたどると、居間の真ん中に落ちている黒い物にたどり着いた。

「これは・・・・・・・・・ミナグロの耳?」

「たぶん、俺が切り落としたんだな。」

 雄太がそれを拾って言う。そして、怪訝そうに眉をひそめた。

「これ、なんだ?」

 ミナグロの耳には、黄色のタグがつけられていた。表面には「M50101」という識別番号らしき物が刻まれている。

「これは、放獣タグじゃないの!」

 冬野さんが呟く。

「放獣タグ?」

「そう。」

 冬野さんはうなずくと、説明を始めた。

「愛美ちゃんは、『熊害対策基本法ゆうがいたいさくきほんほう』は知ってる?」

「はい。」

 わたしがうなずくと、冬野さんはさらに説明を続けた。

「これではね。生け捕りにされたクマは全て虐めてから放獣することになってるの。人里にでないようにね。その時に耳につけるのがこれなの。この番号は、識別番号」

「と、言うことは・・・・・」

 雄太が呟く。

「・・・・・・・ミナグロは、放獣されたことがある?」

「その可能性が高いわ。クマにも性格があるからね。虐められて人間を逆恨みするのがいないとも限らない。」

 そうか。クマにもいろいろいるもんね。

「明日、夜が明けるのを待って出立しよう。」

 雄太の言葉に皆がうなずく。

「じゃあ、今日のところは寝るか。」

 そう言うと、雄太は壁にもたれて眠り始めた。

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