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魔王が逃げて、何が悪い?  作者: 冬野ゆすら
第三章
62/64

3-21……いつもの料理番はよぉ。煮込み料理が絶品なんだ。

すみませんまた原稿をアップする分間違えましたm(__)m

自分で見直して今頃驚いたよ…!!


何とか週1更新継続中。…てか書き上げたいんだってばぁ(泣)

 雑踏に戻り、何とはなしに人気の少ない辺りを歩いていくと、見慣れた建物――詰め所に出会(でくわ)した。昼間は表から出入りしたから気づかなかったが、どうやら裏から回るとここへ出るようだ。まあそんなことが分かったところで、そうそう使うことになるとは思えないのだが。


「賑やかねぇ」

「まあ、詰め所だからなぁ」

 騒動が起きると飛び出さなくてはならないし、どちらかと言えば夜の方が出動が多いだろうと予想もつく。まあ陣中見舞いにでも行くかと門を抜けると、何やら男たちがぐったりしていた。いくらかは見覚えがあるから、恐らく警備に参加している面々なのだろうが、皆一様に意気消沈の様子である。


「……何があったんだ?」

「何がって、所長が夜食つくってやがんだよ……」

「あら、いい所長さんじゃない?」

 後から顔を出したシトリの声に、男たちが一斉に顔を上げた。


「――姐さん!」

「ってお前今朝の新人か! ちょっとこい、ちょっと! おいお前ら、姐さんに何かお出ししろっ」

 あらあらあらと楽しげなシトリと裏腹に、イーリスは反応する暇もなく部屋の隅へと連れて行かれた。何だ一体と問い返すよりも先に、真剣な顔で男が囁いてくる。


「すまん、ほんっとうにすまんのだが、姐さんに料理を頼めないか!?」

「シトリに?」

「もちろんただでとは言わん、きっちり支払う! 何ならあれだ、後からになるがギルドへの依頼にして、点数つけるから! 頼む!」

 何やら必死の形相であるものだから、イーリスはちょっとだけ、その答えを口にすることを躊躇った。しかし、言わないわけにはいかないだろう。……彼女の料理は、壊滅的な腕前なのだ。


「……ま…マジ…か……」

「うん。本人も自覚はしてて、絶対にやらない。味覚はしっかりしてるからな」

「…そうか……そうかぁ……」

 がくりと項垂れる男から視線を反らすと、ちやほやされて楽しい…を通り越したらしく、困惑しているシトリが見て取れた。たぶんあの男たちは彼女の料理を楽しみにしているのだろう。まあ、…食べさせてやってもいいのだがと思わなくはないイーリスである。そもそも、どうして彼女の料理が壊滅的であることを自分が知っているのかという話であるから。


「あー…期待を裏切った詫びといってはあれだが、一応、私が作れるぞ?」

「!?」

「せいぜいが家庭料理だが」

「……マジだな?」

「一応な。……あー、そうだ点数の話だが、美味いと思ったらつけてくれればいいから、それでどうだ?」

「…………」

 男もまた、彼女とそれを取り巻く仲間を見た。あっさりと陥落した彼について廊下へ出たら、気づいたシトリが付いてきた。どうしようかと思ったが、まあ食事というのが楽しみでしかない妖魔に対して、喰わねば動けぬ人間たちが相手である。ちょっと可哀想な気がするし、長居をするわけでもないので、夢を見させておくことにした。

 そして案内された先は、当然ながら厨房である。そこそこ広いのは、やはり大勢が食べることを前提としているのだろう。ただ調理器具は少なくて、見た限りは暖炉風の大釜と、大小それぞれの天火(てんぴ)があるだけだ。調味料はそれなりに揃っているが、埃を被っているようにも見えるので、活用はされていないらしい。しかし、疑問である。……それならそれで、いつものことではないのだろうか?


「……いつもの料理番はよぉ。煮込み料理が絶品なんだ」

「それはまあ、そうだろうな」

 それは納得の話であった。大勢が食べるとなると時間も限られるし、食材も多種多様にとはいかないだろう。そして細かい作業や時間がかかる作業は避けたいだろうし、そこそこの味で大量に作りたいとなれば、煮込みや汁物(スープ)が適している。他にはあの大きな天火だし、パイやグラタンなどもいいかもしれない。そしてその辺りの料理は、基本的に単純な味わい――塩とちょっとした香辛料程度で作るのが最高だ。蕃茄で挽肉を煮込むと美味いが、あれは入手が難しいので、自分たちで栽培しなければならない。高く付いていいなら、実はエレーミアからの輸入が可能だったりするのだが、流石に冬に向かう時期である、とんでもない値がつくだろう。ただ、と思う。煮込み料理というのは、じっくり弱火でことこと煮続けることでうまみが出るものだ。だから、よほど変な調味料を突っ込まなければ。よほど材料を間違えなければ。そうしたら、そこそこの味のものが作れるはずなのだ。どうしてこの男たち、その程度の事も出来ないのか。


「炭は食べたくねぇんだよ……」

「そうか。分かった、納得した」

 それはもちろん、自身にも覚えがあるのだ。煮込めているのか不安になるあまり、火力を上げすぎて……出来上がった炭からは、ほんのりと肉の香りがしていた気がする。そのときは幸か不幸か塊肉だったので、実は内部が上手い具合に焼けていたが、それ以来、弱火でしか調理をしなくなった経験者である。炭は、食べるものではない。

 それで、と背を向けている男に目を向ける。…どうみても、纏め役殿である。 




「……何、してるんだ?」

「おー? おお、起きたのか。いや、ちょっと賭けで負けちまってなー。賄い番に休みやっちまったんだよ」

「賭け?」

「あんたが勝手に負けるのはかまわねえけどなぁ!? せめて誰か料理番用意してくれよ!?」

 掴みかからんばかりの彼と飄々とした纏め役殿を尻目に、シトリがそそ、と椀を手に取った。そして実に自然な仕草で中身を注ぎ、一口食べて――固まった。


「……シトリ?」

 イーリスが声をかけると、ぎいぎいと音がしないのが不思議なほどの仕草で顔を上げ、口を動かし、どうにかそれを飲み下したらしき様子だったが、その手の椀はずずいっ、と目の前に突きつけられた。思わず受け取って彼らを見ると、喧々囂々の真っ最中である。が、イーリスには分かった。外遊官として各国を渡り歩いた身には、わかってしまった。あれは完全に逃げである、と。いやたぶん、自分でなくとも…とシトリを見るが、よほどの衝撃だったのか、身体が固まったままであった。まあとりあえず、とそれを一口、含んでみて。


「…………え?」

 あまりに拍子抜けする味だったので、とりあえず飲み込んでしまった。

 覚悟したような衝撃は、来なかった。シトリのあの様子で相当なものだろうと予想したのに、幸か不幸か、それはあっさりと裏切られた。だが、不味くもなんともないそれが信じられなくて、更に一口――今度は具を食べてみた。


「…………」

 やはり、同じだ。不味くもなんともない――スープと全く同じに。


「いやいやいやいやいや!?」

 お玉をひったくり、二杯目を自らよそって食べてみて、それが気のせいではないとイーリスは結論づける。スープと具材と、全く同じ香りである。違いはそう、歯応えくらいだ。


「やっぱりそうよね? わたしが酔ってるからとか、そういう話じゃないわよね!?」

「ああ、違う。そんな話じゃない……」

 我が意を得たりとシトリが語りかけて来た。

 これは確かに、そう思っても仕方のない味だ。スープも、芋も、菜も、肉も、全て…全て、すっとするような香りしかしない。落ち込んでいた面々のその理由が判明した瞬間である。こんなものを賄いで出された日には、…塩で味をつけるにも限界がある。


「いやー、何かなあ、オレが作るとこうなるんだよ。子供用の薬とか作る分には重宝されんだけどなー」

「なんでそれで賭けなんかしたんだよ!?」

「いや、そのときは一応、宛てがあってだな?」

 ちらちらと見るその視線は、シトリにある。ちょっと、とシトリは迷惑げに顔を顰めた。


「勝手に期待しないでくれる?」

「いやだってな、美人が作ったっていうだけで、十分じゃね?」

「足りるわけねえですよ!?」

「ありえんから捨てろ、その考え!!」

「迷惑だわ……」

 集中砲火も何処吹く風である。よし、とイーリスは心を決めた。


「シトリ。一人分何か、作れるか?」

「……食材が勿体ないわよ?」

「かまわん、纏め役殿の夜食だ」

 分かっていて話を振ってくる彼に、シトリは渋面になりかけたが、そういうことならと承知した。実は料理の真似事自体は嫌いではないので、ちょっとだけ楽しいのだ。まして、味を気にしなくていいし、それは心躍るお誘いだ。

 イーリスと二人で調味料と香辛料――いや、香辛料に出来る各種の香草や種の味を確かめつつ揃えていく。


「不味いわけじゃないんだ……そう、不味くはない……」

 呪文のように呟くそれは、間違って自分が変な味にしないようにという予防線である。


「そうね、それは分かるわ。味がないのよね?」

 適当に心引かれた素材を鍋で煮込みつつ、シトリは応える。


「そう。原因は……まあ、あれだ。臭い消しのやり過ぎだ。それにしたって……」

 ぶつぶつと呟く彼を、珍しげに眺めつつ、シトリの煮込み料理は続く。何やら色が怪しげな紫に染まっているが、これは赤い葉野菜を煮込めばそうなるから、まあ不思議はない。まあ、普通はやらないが。


(臭いがきついのは確かだが、それもまた味であって……いやそれ以前にここまで徹底して抜かなくてもいいだろうに)

 

 野生の動物などの肉は、ある種の臭いがある。それを風味と喜ぶ人間もいれば、臭みと嫌がる人間もいる。そこは彼ら妖魔とて同じであった。だからある程度は香草などで臭いを弱めたり、つけたりする。だが見た限り、食べた限りは香草が使われた気配がない。恐らく一度、全ての具材を茹でて、ゆで汁を捨ててから調理を始めたのだろうと当たりがついた。折角のうまみが、全て捨てられているのである。普通はやらない。ついでに言うなら、それが薬草であろうとも、同じである。ここまで徹底して臭いを消したりしたら、たぶん薬効も消え失せているのではないだろうか。

 問題は、どうやって味を戻すのか、であるが、そんなことは不可能なので、無駄な時間を過ごす気はない。


「あ、これ貰うぞ」

 如何にも、な形の金属の器を見つけ、返事も待たずに中身をどぼどぼと鍋へ流し込む。真っ白になったそこに塩を足し、香辛料を足し、小麦粉を篩いながら足して、更には野菜もいくらか足して、ゆっくりと鍋をかき混ぜる。真っ白に染まったスープがじっくりじっくり煮詰められていく中、具材もだんだんと消えていく。纏め役殿には見えないが、見えていたらどんな反応をしただろうか。騒ぎこそしなかったが、シトリも流石にそれは驚いた。何をしようとしているのかはわかったが、彼が手にしているのはお玉でしかないので、こんなことが出来るように思えなかったのだ。種を明かせば、こっそりと鍋の中で術を発動して、中身をすり潰しているだけなのだが。


「……まあ、こんなところか」

 味を見て、満足のいく出来とは言えなかったが、まあどうにかまともな味になっただろうとイーリスは椀によそったそれを、シトリに差し出す。警戒しているのかちょびっとだけ嘗めた彼女だったが、すぐに匙を持ち替えてぺろりと平らげた。どうやら問題はないらしい。


「さて、纏め役殿。貴方はこちらだ。……ゆっくり、味わってくれ」


 その後で纏め役殿がどうなったか、彼らは知らない。

 シトリは皿運びを手伝ったし、声を掛けてきた彼はビスケットを取ってくると食料庫へ向かったし、イーリスは当然、鍋を持って大広間へ戻ったのだから。

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