3-19 相変わらず、加熱操作出来ないのね
一部文章抜けを修正。たぶん、なんかへんなところがあったかと。
やっと進み始めました。どうにか夏までに書き上げたいなぁ……
「……もしかして、エレーミアが動いてるのかしら?」
「…どうだろうなぁ……」
先代ならまだしも、というのがイーリスの予想である。あの三代目に諸外国とのやりとりが出来るとは思えない。ただ文官たちはそこそこのやり手だから、状況の把握くらいはしているかもしれない。
そう言えば、と二人は宿を逃げ出すその刹那の声を思い出した。
――逃げんじゃないですよ魔王さまぁぁぁぁっ!
「……貴方絡みの追っ手だと思って逃げ出したのだけど」
「……違ったかも知れないな……」
だが、どちらとも断言は出来なかった。かの国への滞在日数を考えると、居所がばれて追っ手が来た可能性も考えられるのだ。或いは、両方の情報を持っていたか。その辺りは、蒼夜からの連絡を待つしかない。
「……ねえ、あの鳥。どれくらい飛べるの?」
「速度も距離も、本物と同じくらいだな」
本物の渡り鳥も、昼夜問わずに飛び続けることが出来る。あの鳥自体は夕闇の情報を集めるために作っただけだから、それ以上は不要だった。だがこうなると、もう少し考えるべきだったかと思えてしまう。だからと言って、他に手はないのだが。
「戻る?」
「勘弁してくれ……そもそも無理だ」
連日に渡る”興図”の連発というそれだけでもかなり厳しいのである。実を言えば、妖力を錬ることも辛いくらいに消耗していて、今の”人間の振り”は都合がいいのだ。
そう、とシトリは溜息を吐いた。彼が了承すれば、とりあえず戻ることは出来る。しなくても距離を置いて勝手に移動することは可能だ。問題はその後でここまで来る方法がないこと。他人を連れて移動する”興図”が使えるのは、歴代の妖皇と、幾人かの魔王だけなのだ。更に言うならそれぞれに癖のある術式で、条件を満たしたときだけ希望の場所へ行けるという代物ばかり。当てにするわけにいかないのである。
「それに、やることは変わらないだろう?」
「……まあ、そうだけれど」
エレーミアが動いているかどうか、それを知っているだけでも楽が出来る。まあ、その程度のことでしかないので、彼が頷くとは端から考えてはいない。一応、念のため、もしかしたらで聞いてみただけである。
溜息を付いて、シトリは壊れたものを一つ、手に取った。比較的まともに、許容値越えで焼き付いただけのものだ。
「……マルバスの工房だわ。あの子、無頓着だものねぇ……」
一瞬だけ考えて、イーリスはそれが”魔王マルバス”の事だと思い出す。彼には、……発明狂という二つ名があったようななかったような。いや、違う。妖術具の開発にしか興味がない魔王だが、それだけだ。被験者を必要とするわけでもなく、弟子をとるわけでもなく、ただ只管に妖術具を造り続ける職人だったはず、と言うことは思い出せた。
それに連鎖して、彼の工房が出来た際に結界代わりの術陣を張らされたことと、そのときに彼の紋章を使ったことまで記憶が蘇る。なるほど確かに、簡略化されているようだが見覚えのある印章だ。術陣と同じ理屈で回路に仕立てたのだろう。なるほどこれなら、人間が過大な妖力を流し込んだところで、無事に稼働する。……するはず、だ、それが本物であるのなら。
現状を鑑みるに、当然それが怪しいと言うことになる。
「あー……お前さん方、どうやらエレーミアに伝手があるっぽいな?」
「え」
「あ」
纏め役殿に声を掛けられて、二人は固まった。彼がいることどころか、そもそもどうして人間の振りをしていたのか、すっかり忘れていたわけだが…にやりとした笑顔に、失態を悟る。
「あー、なんだ。ほれ、規格外品とかいいから、用意出来ねぇか? 支払いはどうにか頑張るからよ?」
さてどうするかと、イーリスはシトリを見た。はっきり言って、引き籠もっていた己より、蒼夜に伝手があり、国にも帰る彼女の方が有能だ。それは当然彼女もわかっているので、文句が帰ったりはしない。しかし、渋面は返される。
「難しいわよ」
まず、エレーミアの術具というものは全て、希少価値が高い。というのも、生産される数量自体が多くないためだ。何しろ”発明狂”と二つ名が付くとおり、とにかく次々と新しいものを作り出していく魔王さまなので、その弟子たちもその技術を取り込むためにそれに付き合わなければならない。すると必然、次々と違うものを作り上げることになり、量産というにはほど遠い状態となってしまうのだ。妖皇宮が、材料費を稼ぐためにと言うことでどうにか説き伏せて、ある程度の数を確保しているが、すぐに買い手がつく。割り込むことも出来なくはないが、それをしたところで、ないものはないのである。
纏め役殿とて、そこまで詳しくはないものの、希少価値が高いことは知っていた。今も実際、すぐに用意してくれなどというつもりはなく、何年かかけて用意出来ないかという意味で聞いたのだ。なので誤解しているらしき彼らに告げようと口を開き掛けたのだが、地図を開きなおす彼にその気が削がれた。何やら美女と話し合い、地図を示してはまた悩み、としばし声を掛けづらい雰囲気が続く。
「纏め役殿。あれ、全部引き取っていいか? あと、出来れば無事なものも一度全て、確認したい」
示されたのは残骸の山である。もちろんそんなものに使い道はないので、回答は「是」だ。無事というか、使われていない分も、どれが壊れてどれが無事に済むかわからない以上は、倉庫の肥やしでしかないので問題はない。何をしようとしているのかはなんとなく分かったが、本当にそんなことが出来るのかと半信半疑であるけれど。
ではさっそくと美女がそれを入れた箱を抱えるが、冗談ではないので慌てて奪い取る。彼女が何者かなどどうでもいい、詰め所から美女に大荷物を運ばせるなど、出来るはずがない。苦笑された気がしたが、そこは意地というか、…後の評判が怖いのである。ただ、運び追えてからはちょっとだけ後悔しなくもなかった。何しろ場所は、街の外れの更に先――詰め所の反対端の宿場街だったので。
「じゃあ、夕方になー」
ふらふらと立ち去る纏め役殿を生温かい目で見送って、二人は天幕に入った。その前に、念のためと言うことでイーリスが簡単な術陣を周囲に敷いていたから、不思議に思ってシトリは問いかける。
「で、何を始めるの?」
「もう少しまともなものに作り直す。手伝ってくれるか?」
そんなことが出来るのかという興味半分、一人で回っても面白くないという心半分で、シトリは頷いた。
イーリスの指示は、まずガラクタを分解し、必要な素材のものだけを選り分けてほしいというものだった。主に金属部が欲しいだけだし、傷は付いてもかまわないというが、部屋に破片が飛び散るのは後々面倒だということで、比較的丁寧な作業が必要であった。
分解作業を任せた当人は、未使用だった分――予備として保管されていた分を備に調べていく。造りそのものが丁寧なものと、あからさまな模造品に分類するが、まあ当たり前ながら後者の方が大半であった。頭を抱えたくなるイーリスだったが、とりあえず作業を進めようと、一つずつ丁寧に術陣を剥がしていく。
「え。剥がせるの、これ?」
「ああ、正規品はな。廃棄されたか盗まれたかはわからんが」
一般の魔法具であれば、術陣は本体に刻み込まれるものである。エレーミア製の術具であっても、そこは変わらない。けれど魔王マルバスの作であると話が違う。幾重にも重ねる塗料の間に術陣を埋め込むので、実は本体に、傷一つついていないのだ。イーリスは今、その塗料を剥がしているのである。見目はもちろん悪くなるが、そこはもう諦めて貰おう。
マルバス工房製品の数は少なく、作業はほどなくして終わった。残りは偽物で、術陣はもちろん本体に刻み込まれている。作業中に壊すわけにはいかないので、こちらは部品ごとに分解して、纏めておく。シトリはと見れば分別はすんだようで、今は何やら硝子を使って遊んでいるようだった。
「おーい。ちょっと手伝ってもらえるか?」
視線に気づかなかったシトリはびっくりして硝子を落としかけたが、事なきを得た。何、と寄ってきた彼女に、本体部品を融かしてくれるように頼むと、笑み一つで引き受けてくれた。
「相変わらず、加熱操作出来ないのね」
「氷は得意なんだがな」
何でも出来るように思われている妖魔たちだが、それぞれに得手不得手、妖力差による可能不可能がある。イーリスの場合は同朋からも万能型と思われているが、実は加熱がまったく出来ないのである。だから実は、透鏡がないと火を興せなかったりする。シトリの場合はあまり何もしないので、本人も得手不得手は把握していないらしい。とりあえず、そこらの人間やら夜盗の集団程度に遅れをとったりしないことは確実だ。
融かして貰った材料は、ゆっくりと術陣にかけていく。彫りの荒いそれは同じ材質で埋めてしまうのが早い。最初は信じられないという顔をしていたシトリだったが、やがてあまりの数の多さに作業を手伝いだした。
途中でイーリスは作業をシトリに任せた。本人は角灯の寸法を正確に測り、時折額を押さえながら何やら絵を描いて、書き上がったものを板に写し、始めたそれは彫刻である。
「ちょっと…何してるのよ?」
「ん? ああ、私が術陣を書き込んだら、これが壊れるからな」
シトリに任せた分は、ごく普通の魔法具である。たぶん派手に壊れているものもそうだったのだろう。そんな中にエレーミアの術陣を書き込んだりしたものだから、許容量を越えて壊れたのだとイーリスは見ている。エレーミア性の術具がなぜ壊れにくいかと言えば、単純に頑丈だからだ。理由は材料の生成過程にあって、人間には不可能なレベルの品質を作り上げてしまうためである。故に、そんなものに書き込むような術陣を使うわけにはいかない。そもそもマルバスの紋章を書き込もうにも、そんな細かいところまで覚えているはずがないのだ。
なので、発想を逆転させたのだ。これらの魔法具でも耐えられる程度の術陣を施せばいい、と。相乗効果と同調による安定を狙うため、街に施されたものと同じく七宝紋様である。彫り上げた板で幾枚もの紙を刷り上げたら、今度は紙を折り、線に沿って切っていく。
やがて丁寧に広げられたそれは、見事な七宝模様となっていた。
「何よ、それ…すごいじゃない……」
興味津々で見ていたシトリの簡単に、イーリスは笑う。紋切りという、紙細工の一種である。鉄扇を伝えた国のお遊びらしいが、こんなときに便利なのでときどき使っているのだ。
シトリに手伝わせて、無事だった分からこれをぴったりと角灯の硝子部分に合わせ、糊で貼り付ける。飛び出した糊は丁寧に拭き取っておく。剥がれなければこれでも回路としては作用するが、もちろんそこまでの手抜きをする気はない。
調達しておいた革袋を床に置き、ランプの胴硝子を入れる。そこにシトリが遊んでいた硝子の一部を譲り受け、粉末状態にしたものを入れて、口をしっかり閉じた。疑問符を浮かべるシトリににやりと笑いかけて、術を発動する。袋が膨らみ、中で何やら音がして――どこか砂のような音だなと、彼女は興味津々である。小半時ほどでそれを取り出して見せると、先の七宝を魅せたとき以上の感嘆の声が上がった。
「なに、これ……削れてるの? どうやったの!?」
「放浪してた頃に教えて貰ったんだが、硝子の粒子をぶつけるんだ。…術式を渡すから、任せていいか」
砂嵐で削れていく岩を見て思いついたという伝説があるらしいが、本当のところがどうなのかは誰も知らない。中が見えないところを作業するので、相当な熟練がいる技法である。彼自身も、使い物になるまではかなり失敗しているのだ。もちろん術式は、そこまでの技も込みである。
再び出来がいい方の角灯へと向き直り、こちらには金属の本体部分へと、ゆっくりと手作業で七宝を施していく。胴体はシトリに任せたが、それらとかみ合うようにしっかりと計算しつつ、である。
そんなことをしていたものだから、全ての作業が終わった頃には日が暮れていたし、シトリも疲労困憊であった。
イーリスがやっている加工は、「サンドブラスター」です。昔、中日ビルの中にあった雑貨屋さんでやったことがあります。デザインナイフで切り絵を作って、それを機械に掛けて貰う感じですね。




