表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が逃げて、何が悪い?  作者: 冬野ゆすら
第三章
56/64

3-15 そのときは、わたしたちも遊びましょう。

「本当に仕入れだったんだな……」

「仕入れ……ですかね、あれ……」

 どの店でも交渉に立つ飛白と荷物持ちの天籟、と言う図式が成立していた。しかも、街の皆様は慣れている感じで何の戸惑いもなかったあたり、……まあ、そういうことなのだろう。

 大量の生活非必需品を乗せた荷車の上で、飛白が手を振っている。宿の露台からそれを見送って、二人は思い思いに呟いた。

 彼らは己の宿へと帰っていくが、こちらは次の街へ行かなければならないので、街の宿へ泊まりである。仲居のお仕着せはとっとと脱いでしまって、ごく普通の旅人仕様だ。

 この衣服の調達は、飛白である。これはもう、どう考えても天籟より適役だった。もとは夕闇に選ばせようとしていたが、ここが町中であることが災いして、どうみても両家のお嬢さんだとか、町娘の散策用の組み合わせにしかならず、業を煮やしてしまったのである。とりあえず一般的な旅人の服装、というものが理解出来たから、次は大丈夫だと胸を張る夕闇に、アヴィと飛白はちょっとだけ、明後日の方向をみつめてしまったのは仕方が無いことだろう。

 アヴィたちが向かう先は、移動遊園地(キルメス)が滞在中の街である。ここからは馬車で三日ほどかかるらしい。直通の馬車は出てしまったということで、二人は乗合馬車を乗り継ぐことになった。

 この情報と乗車券の入手は、飛白の活躍である。

 まず、移動遊園地の情報は、元々彼女が持っていた。正確には天籟が持っていた情報らしいが、そこへ魔王二人が出向くだろうと当たりを付けたのが飛白である。逃げる最中にそれはないだろうと天籟が否定したが、黙殺された。夕闇もアヴィも、少なくともイーリスならやりかねないと思ったからだ。

 なおこの各種手配の際、料金はアヴィたちが支払っている。手荷物の類いが荷車に用意されていて、そこにあった換金用の宝飾品を売り払ったのだ。この時もまた、飛白の活躍であった。天籟は全くそれに関わらず、本当に、ただ本当に仕入れだけをしていた。呆れたことに、その支払いや値引き交渉も全て、飛白である。おかげで周囲の情報も手に入り、驚嘆した夕闇がこっそりと術を書き換えたくらいだ。弾き飛ばすのではなくて、近寄れない、程度のものに。彼女も気づいたようだったが、視線をしばらく合わせた後は、何も言わなかったし、聞かなかった。

 やがて荷車が見えなくなって、二人はこれからの行く先に思いを向ける。


「……見つかると思うか?」

「向こうが見つけてくれますよ」

「移動遊園地だぞ? この前の祭もしっかり楽しんでたじゃん」

「そのときは、わたしたちも遊びましょう」

 はっきりきっぱり、夕闇は言い切った。

 即答ではあるが、イーリスの知識から弾き出した”妖魔”という存在の情報に加えて、自分の感覚、そしてあの魔王さまたちの性格を鑑みての結論である。そもそも何の心配をする必要も無い彼らなのだ。あちらが自分たちを気にしてくれているならともかく、そうでなかったら気にするだけ時間が無駄である。そのときは、彼らを忘れて楽しんでしまったほうがいい。まあ、せっかく作った小鳥たちの活躍が当分先になってしまいそうだが、それはそれだ。自分たちの連絡用に躾ければいいから、問題は無い。

 誂えた鳥籠を覗き込めば、朱風琴鳥――赤く可愛い小鳥たちは、大人しく眠っている。布をかけておけばいいと勧められてそうしてみたら、本当に大人しく眠ってしまったのは少し、驚いた。そんなところまで、完璧に生態を模写しているらしい。確かにこれでは、……喰われそうだなとちょっとだけ、アヴィの心配がわかりかけた夕闇であった。


「……てかさぁ。これ、落ち着かないんだけど」

「頑張って慣れてくださいな。それがあるだけで、印象はかなり違うんですよ?」

 そうは言うものの、服装自体はごく一般的なもので、布地が少々分厚い程度である。アヴィもそこは特に気にしていない。問題は、その顔にかかる眼鏡であった。一応は、妖皇宮の中を動き回っていた彼である。少なくとも勇者は顔を覚えているはずだ。術の中には記憶から絵を描きだすというものもあるらしく、万が一その使い手に勇者の記憶が読まれたりすると、見つけ出されてしまう。ということで、定番ではあるけれど眼鏡なのだ。ついでに特殊な薬で瞳の色は緑色だし、更に髪の色を抜いて白に近くしてあるので、たぶん勇者でもごまかせるだろう。


「夕闇はいいよなー、それで済むんだから」

 恨めしげな声で、アヴィは呟いた。彼女はただ、髪を思い切り短くしただけである。切ったのではなく、術での調整だからいつでも戻せるというお手軽さだ。術を使ったのは、存在をエレーミアに知られていないからで、妖魔二人で彷徨いているけれど魔王ではない、となればすぐにはばれたりしないだろうとの目論見である。こちらもまた、旅人仕様の女性服であった。ただそれとは別に、変えたこともあり。


「あら、それはどなたのことでした?」

 うっそりとした笑みで、夕闇はアヴィをつつく。あ、と決まり悪げに視線が反らされた。


「いいよな、ユウは簡単で」

 言い直した彼に、よく出来ましたと夕闇が微笑んだ。珍しすぎる発音の名前だから、少し隠してみようということになったのだが、なかなかアヴィはそれに慣れないようだった。アヴィについてはそもそもが略称――愛称となっているので、今更である。



 翌朝は早く、日の出とあまり変わらぬころに馬車の乗客になった。他に客のいない乗り合い馬車なのでそこそこ速いが、実は乗り心地はよろしくない。夕闇はこっそり自分の重量を軽くして、衝撃を減らそうとしていたくらいである。それが出来ないアヴィは疲労困憊で、途中の休憩所では外に出るなりぐったりと、大の字に寝っ転がる始末であった。馬車は初めてかと笑う御者が、残る道のりを御者席に呼んでくれなかったら、宿まで自力で歩けなかったかもしれない。


「アヴィ。アヴィ、生きてます?」

「……あー……」

 部屋に入るなり寝台に倒れ込んだアヴィに、夕闇が声を掛けた。ここまで自力で歩いて来ただけ褒めて欲しい。そう思うくらいには、アヴィはぐったりしている。

 対して夕闇は、さほどの疲労ではない。もちろんタネは、イーリス譲りの疲労回復術である。アヴィには悪いが、それが妖魔の標準なのだ。

 標準と言えば、人間は食事を取るのが標準である。なので宿につくなり、食事がいつでも出来る、とは言われているのだが。


「……食事、貰ってきますね。何か軽いものにして貰いますから」

 いらないと拒否するアヴィではあるが、食べた方が回復も早いことを知る夕闇に、耳を貸す気はない。人間と違って栄養を必要とするわけではないはずなのに、不思議なものである。ついでに湯浴みをしてくることにして、うとうとし始めたアヴィの邪魔をしないよう、静かに部屋を出た。

 残されたアヴィは、半分眠っていた。と言っても疲労と酔いでぐったりしている以上、心地よいものとは行かない。見知らぬ地、慣れぬ場所に一人残されて、更には奇妙に賑やかな音楽が聞こえてくるとなれば、余計である。


「……お囃子……?」

 何となくそんな言葉が浮かび、呟いたアヴィの脳裏に、言葉が展開される。


(――”お囃子”。祭の際に演奏される曲。歌がついていることは希である)

 体調に影響されるのか、知識の発露も勢いがなく、常に比べれば短い気がして、アヴィは苦笑した。どうせ影響されるなら、こんなときくらいは黙っていて欲しい。ああ全く、休めると思ったのに耳についてしまって離れないし眠れない。こんなところまで遊園地のそれが聞こえるはずもないし、ではこの村のどこかでも祭りが行われているのだろうか。或いはそれの練習か。


(祭って夜が本番だよなー。もしかしたら行けるかな…あー、でもやってるのかなぁ)

 練習という可能性も捨てきれないが、夕闇に聞いてきて貰うのもあれだし、でもやってるなら行きたいし。考えているうちに意識が遠ざかる。当然のようにお囃子も小さく微かになっていく。そのまま意識を手放そうかと思いきや、いきなり音が大きくなった。驚くアヴィだが、身体はすでに眠る体勢になっているものだから動かない。音自体も窓の下を楽隊が抜ければ不思議もないかともう一度目を閉じたところで、びゅあっと風に呷られた。


「さむっ!?」

 今度こそ覚醒である。見れば、窓が開いてそこから何者かが逃げ出していくところだった。慌てて飛び起きるが、シーツに足を取られてすっころび、窓に駆け寄ったころにはもう何も見えなかった。

 いやいやいや、と周囲を見回すが、やはり何もいない。


「……人間か、いまの?」

 何しろ、足場がないのである。窓の桟があるから、どうにか足は乗るかも知れないがそれを伝って歩くなど無理な造りだ。しかもそこは表通りに面しているから、とても目立つ。農村と言えど人通りはあるし、今もこの寒い中を窓から覗くアヴィを不思議そうに見る街人がいるくらいだ。見られていればちょっとした騒ぎになるだろう。……この町ごと加担しているとか、流石にそれは考えたくないし。この街ごと、何に? それはもちろん盗みに、だ。

 何を盗まれたかと周囲を見るが、そもそも自分たちが持ち込んだものなどごくわずかだし、前の街で用意した旅装程度を盗みに来るとか、ちょっと有り得ない。財布はまあしっかり入っているのかも知れないが、あれは夕闇が持ち歩くことにしているからまず心配はないし、首を傾げた。他に盗まれそうなものに、心当たりなどない。とりあえずは寒いしと窓を閉めて、もう一度荷物を見る。…やはり、わからない。何がなくなったのだろう?


「羊は置いて来ちゃったしなぁ…まあ、いいか」

 夕闇がけっこう落ち込んでいるので、イーリスたちと合流出来たら取りに戻れないかなと本気で考えているところへ、どれほど時間が経ったのか、夕闇が戻ってきた。しっとりした髪はどこか、(なま)めかしい。


「あら、寝てなくていいんですか?」

「うん、別に平気。てかさっき、変なのが来たから目が覚めた」

「変なの?」

 先の話を掻い摘まむと、夕闇も不思議そうに首を傾げた。財布はやはり彼女が持っていて、盗まれても困るようなものはないと言うのだ。

 そうだよなあと納得しなおしたアヴィが、ふと夕闇の手にある何かに気づく。


「……ん、あれ? 何持ってる? 葉っぱ?」

「あ、これですか。ええ、小鳥のおやつになるかと……あら、鳥籠……?」

「……あ!?」

 二人はようやく気づいたのである。唯一、盗まれたら困るものの存在と、その不在に。


「なんでっ!? 鳴きもしなかったぞ、あいつ!?」

「その程度じゃ鳴きませんよ、番犬じゃないんですから。まったく……アヴィ、妖力借りますよ」

 焦るアヴィとは対照的に、落ち着いた様子の夕闇が指を鳴らした。現れたのは小さな球で、その中に浮かぶ鏃のようなものが、床を指している。”羅針儀”と言う、捜し物の術式である。ただし、探せるものが自分の妖力を帯びていないとダメという、使いどころが非常に限定されるものであるが。ちなみに床を指しているのは、この部屋が二階に位置するためだ。


「……まあ、そうでしょうね。アヴィ、行きますよ」

「あ、うん」

 とりあえずは階下か外だと、二人は部屋を出た。誰もいないのを幸いに、夕闇はあちらへ行ってこちらへ戻り、を繰り返す。アヴィは一応、周囲を警戒しておいた。主に、人目に付かないように。

 やがて辿り着いた先は、古びた建物――倉庫か何かだろうと思われる、無骨な建屋だ。躊躇わずに一歩を踏み出した夕闇だったが、その手にあった羅針儀が一瞬にして散り消えた。反射的に彼女を庇ったアヴィだったが、それ以上は何事も起こらなくて、二人は顔を見合わせた。

 もう一度、と夕闇は”羅針儀”を呼び出そうとするが、これもまた、何も起きなかった。


「……ああ、あの闘技場と同じ仕組みですね、ここ」

「……やばくね、それ?」

「いえ、別に?」

 魔素そのものが霧散するから、普通なら術を使うこと自体が封じられると言うことになる。息をするように術を使う妖魔にとって、それは致命傷に成りかねない。けれど、夕闇は笑った。少なくとも、ここまでは”羅針儀”で追えたのだ。その程度には綻びがあるのだろう。であれば、アヴィがいる以上は術が封じられるということはない。そんなふうに考えて。たぶん、アヴィ自身はそれを理解していないのだろうなと思いながら。


「まあ、あまりのんびりは出来ませんね。あの子たちは小さいですから」

 アヴィはどちらかというと、それを思い出すべきだっただろう。体内の魔素を使い切った結果、イーリスの身体が消滅しかけたあれは、ごく最近のことなのだから。

 ちょっとだけ責める目をしつつ、夕闇は敷地へと足を踏み入れた。一瞬にして結界が派手に反応するが、そこは先見の明というべきか、アヴィの腕を抱き込んでの一歩だったので、敷地内外で分断されるということは免れた。戸惑うアヴィをぐいぐいと引いて進み行く先には、立派な正面玄関がある。


「……ちょっと、嫌な予感がしますね」

「んー……」

 行く手を塞ぐ立派な扉、その文様を夕闇は知っていた。アヴィ自身は覚えていなかったが、既視感はあった。逆に言えば、そんなものを見る機会があったのは、彼と出会ってからのここしばらくの間、でしかないわけで。

 出来れば関わりたくないな、というのが、偽らざる彼ら二人の心境である。


『あの子たちを取り戻して、すぐに逃げますよ』

「あ、うん」

 答えてから、口元に指を当てられてドギマギしたアヴィだったが、すぐに気がついた。今の声は、耳から聞こえたものではなく、通信術だという事に。つまりは声を出すなと言うことかと頷くと、指は離された。


『何かあったら、わたしが対応します。下手に口を開かないで下さいね』

 扉の文様は見せかけなのか、何の抵抗もなく屋内へ入ることが出来た。中には人の気配がなく、夕闇は警戒を見せずに奥へと進んでいく。屋敷の造りは立派な割に、手入れはあまりされていない。扉が開け放たれた部屋はそこら中にあるし、その中は雑多にガラクタが詰め込まれているしで、家主の性格を窺わせる。

 普通ならここで、使用人の一人もいないことに疑問を持つだろう。しかし、夕闇はそもそもその辺りを――人間たちの常識を気にかけないし、アヴィのほうもイーリスが屋敷に一人住まいであったことを知っているから、特におかしいとは思わなかった。二人がようやく異常に気づいたのは、夕闇が足を止めたその先が、地下へ向かう階段だったそのときだ。


「鳥を愛でる気はないようですね」

 ここへ来るまでに、夕闇はこっそり後悔していたのだ。小さな渡り鳥で、見目が綺麗な小鳥に見えるような存在を生み出してしまったことを。あれを見た誰かが、飼いたくなっても不思議はないと。それなのに何の注意もせず、守る仕掛けもせずにいたことは失敗だったと。だから、さらった相手を責める気は、実はなかった。籠自体にかけた防護の術があるから、鳥たちが無事であることもわかっていたし、ただ無事に取り戻せればいいと、それだけだったのだ。


「アヴィ。離れないで下さいね?」

 言い放たれた言葉と同時に、行く先で何かが崩れる音と、人の悲鳴のような何かが聞こえた。さっさと階段を降りる夕闇に、アヴィは慌ててついていく。

 降りた先には、幾つかの扉があった。そのうちの一つが壊れていて、彼女の行き先は当然のようにその中だ。何やら焦げ臭い臭いと煙、煤けたような痕が真新しい。奥の方が見えないのは、明かりがないからだろうか。まったく怯まないということは、これもやはり夕闇の仕業なのだろう。


(鳥……大丈夫かな……)

 ちょっとだけ遠い目で、アヴィは思う。けっこうな惨事である。小鳥たちが生き物ではないとは言え、無事でいられるのだろうか。いや彼女の事だからそこまでも織り込み済みで何か仕掛けたのかもしれないがというか、たぶんそうなのだろう。何しろケホケホと咳き込む声が向こうの方から聞こえるし。


「ケッホ……ちょっと、何するのよ!? 侵入者のくせにいい度胸じゃない!?」

「そちらこそ、泥棒のくせによいお屋敷にお住まいですね。…ああ、もしかして家主ではないのですか?」

 いきなりの舌戦に、アヴィは慌てて前に出た。夕闇の腕をひき、己の後ろに隠すように立ち塞がる……のだが、それで大人しく守られてくれる夕闇ではなくて、にっこりと笑いながら言葉が続く。


「は? 家主に決まってるでしょ、でなきゃこんなとこにいないわよ。あんたたちこそ何よ、勝手に押し入ってきたくせに」

「ええ、すぐにお暇いたしますよ。この子たちを引き取りに来ただけですから」

 夕闇が示す先、そこにはあの鳥籠があって、布が消えたその分中の小鳥たちが無事であることが見て取れた。その周囲は奇妙にぽっかりと空間が空いている。どうもその煤痕からすると、鳥籠が起点になったような気配があるのだが、中の小鳥たちに異常があるようには見えないし、籠もまったく無事である。つまり、と失われた布をアヴィは探すが、それらしきものはみつからない。たぶん、そういうことなのだろう。どこまで考えて何を仕掛けているのか、なかなか怖いお嬢さんである。


「……何、あんたたち馬鹿なの? わざわざこんなもの取り戻しに来たの? 死にたいの?」

「死ぬ?」

「当たり前じゃない、人造生命なんてどこの国も許してないわ。例外がエレーミアだけど、それだって他国の人間に譲渡するなんて考えてないからよ。あれでしょ、宿の仲居とか言う変なお子様たちに押しつけられたんでしょ。考えなしだもの、あのお子様たち。ああ、あなたたちは知らずに押しつけられた被害者だし、別に何もしないわ。今の様子だと、禁忌だってことも知らなかったみたいだし、不問にしてあげる。伝書に使いたいならほら、これでちゃんと躾けられた本物を買いなさいな」

 ほら、と装飾品の一つが無造作に放り投げられた。反射的にそれを受け止めたアヴィだったが、瞬時にそれを叩き返す。そして、それは正解だった。ぶわりとそこから広がった魔力の糸が、二人に覆い被さるかのように迫ってきたのだ。もちろんそれは、夕闇が消滅させる。

 あら、と家主が目を細めた。


「外に送り出してあげるつもりだったのに心外だわ。でもなかなかやるわね。簡易だけど、一応は魔素が禁じてあるのよ?」

「ええ、分かってますよ。何の備えもなく飛び込めるところではありませんね」

 備えてたのか、とアヴィの内心は引きつっていた。どう見ても、どう思い返しても、夕闇が何かに備えていたとは思いがたいのだ。――未だに自分の特性が自覚できていない見習い妖魔である彼には、妖力生成型である自分を連れているだけで十分な備えになっているという自覚はない。


「ま、いいわ。邪魔はしないから、それ、置いて出て行きなさいな。こっちで処分してあげるわ」

「無用です。長居する気はありませんので、お暇はいたしますが」

 籠を庇うように抱きしめて、夕闇は一歩を下がる。次いでアヴィの袖を引き、行きますよと声を掛けた。


「――置いて行きなさいな。禁忌に関わったら碌な事が無いわよ」

「わたしたちにとっては、禁忌ではないんですよ」

「人造生命そのものが禁忌よ。聞き分けなさいな、お嬢ちゃん?」

「それを言ったら、ご自身も――ですよね?」

 ザシュ、と音がした。続けて響いたガランゴロンと言う音は、周りのガラクタが立てた音だ。

 アヴィがそう認識したとき、その目の前には倒れ込む少女――首を失った少女が倒れ伏していた。


「わ…わーっ!?」

 悲鳴を上げたアヴィに、夕闇はふうと溜息をつく。


「よく見て下さいな、人形ですよ」

「に、にん、にんぎっ……にん、ぎょう?」

 てい、と夕闇が転がってきた頭を蹴り飛ばすところを、アヴィは見てしまった。だが確かにそれは、表情どころか顔ですらない、ただの人形の頭である。しかも、どことなく小さく見えた。倒れ伏した少女を恐る恐る見てみれば、……自分たちと変わらぬ大きさだったはずのそれは、せいぜいが抱き人形と言った大きさだ。首が飛んでいるのはやはり、いただけないけれど。


「行きますよ、アヴィ」

 長居は無用と歩き出す夕闇に、アヴィは慌てて付き従った。そんな彼らの後ろで人形が動く……などと言うことはなく、ましてや行く先に仲間が待ち構えている……ということもなく、静かなものであった。

 ちょっとだけ物音が鳴ったのは、夕闇があの紋章が入った扉を粉々に破壊した、そのときだけである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ