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魔王が逃げて、何が悪い?  作者: 冬野ゆすら
第三章
54/64

★3-13  …まあ、旅仲間だからな。遠慮はしなくていいぞ?

2020年2月2日 ネタ間違いによる全面改稿 その⑦


何やら評価が増えていて嬉しい限り(;;)

「……はい」

「そりゃ、……別に、いいけど」

 にっこりと微笑むシトリに、それぞれが頷いた。本当にそれでいいのかとの疑問には「お目付役がいるでしょ」のとの返答であった。


「安心なさいな、イーリスよりは顔も利くわよ」

「顔?」

「さっき話してた旅団よ。わたしならいつでも連絡が取れるわ」

「ああ、それは心強いですね」

 そう答えた夕闇に、「でしょでしょ」とはしゃぐ様を見るとそれは本当に心強いのだろうかと悩んでしまうアヴィである。イーリスはもう、何も言う気がないようだ。だが、とだけ呟いて。


「……一応、蒼夜との連絡は取れるんだが」

 風を切って飛んできたのは、小さな鳥である。迷わずに彼の指に止まって、どうやら甘えているようだ。ちょっとアヴィが手を出すと、怯えたように下がってしまった。目を輝かせた夕闇も同じ有様で、シトリに至ってはイーリスの袂に逃げ込まれる有様である。ちょっと、とその目が半眼になった。


「どうしてこうなるのよ?」

「お前の妖気に覚えがないんだろ」

 生まれた経緯を知らないシトリは不満げだが、素知らぬ顔である。そもそも、自分と蒼夜の連絡手段なので、彼女たちに使わせる予定はない。餌も自分の妖力だし、それはもう仕方が無いことだ。


「……別に、いいけど。壊れるところ、見たくないし」

「壊れる?」

「あら、知らない? 私たちが術で作るとね、壊れるのよ。逸れも何の前触れもなく、突然ね。この子もたぶん、そうなるんじゃないかしら?」

「……ならないと思うが」

「あら、どうして?」

「常に妖力を注ぎ込んでる状態だからな。…ああ、そう言えば」

 忘れていたと呟いて、イーリスは己の髪を引き抜いた。同時にそれが足輪に変化して、鳥の足に綺麗に嵌まる。これがあれば、自分から離れている間も妖力が供給される保険である。


「それ、妖力珠? そんなことも出来るの?」

「滅多にやらないけどな」

 自分の髪を媒体に……というか、芯として作る妖力珠、その変形である。普通に作るだけでは壊れてしまうものだが、この方法ならまず壊れないと、長い放浪生活の中で気づいたのだ。ただ、髪一本だとその程度が限度だし(夕闇の核が指輪だったのもそれが理由である)、大きいものは作りたくないとイーリスは笑った。


「……やってみるか?」

「え? あの、わたしですか?」

「ああ。新しく作ったから、継承してないしな。アヴィと作って見ろ」

「え、おれ? なんで?」

「……四六時中一緒にいるなら、それでもかまわないが」

 アヴィはちょっとだけ首を傾げた。そしてここが何処なのかを思い出し、自分が何をされたのかまで思い出して、ぎぎぃ、と首を縦に振る。ちょっとだけ夕闇がそっぽを向いたが、イーリスはかまわずにその額に触れて、術式を二人に継承させた。


「失敗するとけっこうな惨事よ。外で試した方がいいわ」

 つい先ほどの荒れ模様を思い出したのか、シトリがそんなことを付け加えた。夕闇がぷくっと膨れたが、まあまあと宥めるアヴィを連れて、姿を消した。どこか適当なところに移動したのだろう。


「……行ったぞ」

「そうね」

 彼らに気づかれぬ程度の結界を張り、イーリスはシトリに向き直る。で、と彼女を促した。もちろん、彼らを追い出したいことに気づいたからだ。


「ちょっと確認したかったのよ。あの子がいる場で聞くのも酷だから。……”時の迷い子”は、自我ある妖魔のなれの果て――貴方の認識もそうよね?」

「ああ、そうだ。夕闇自身、それを自覚しているし、間違いないだろう」

「賢い子ね。夕闇ちゃんの存在を認識したのは、現界してからよね。けど、あの坊やの魂に寄生していたなら、彼女は”異域”にいたことになるけど、合ってる?」

「そうだな。それ自体は別に、不思議じゃないさ。現に私も出入りできるし、二代目も出来たはずだ」

「ああ、そこじゃないのよ。いえ、そこだと言えばそうなのだけど、”異域”にいたこと自体は問題でもないし、疑うわけでもないわ」

 要領を得ないシトリに、何が問題なのかとイーリスは首を傾げる。


「貴方の館にある泉が特殊なものだということは聞いてるわ。まさか、”異域”へ繋がるものだとは思ってなかったけれど。初代はあの泉があったから、そこに館を作ってエレーミアを立ち上げたのだそうよ」

「そうなのか」

 それは初耳だった。けれど確かにあの泉の特異性を鑑みれば、それは不思議でもなんでもない。いや、如何に人がいない極寒の地とは言え、どうしてそこを国にしたのかは疑問だったが、逆に納得がいくというものだ。……主たる自分に聞かされていないとか、そこはどうかと思うけれど。明かしたのは、シトリなら信用出来ると言うことと、隠すとどうしても話がしにくいためだ。


「でもね、わたしも他にそんなものがあるとは聞いてないのよ」

「他に? あるのか?」

「わからないからおかしいのよ。ねえ、貴方は魔素溜まりの封じもやってたわよね。どこかで見たことはある?」

 その問いには、ない、と答えるだけである。”畏域”から漏れ出した魔素の吹き溜まり、人間の間で幻泉と呼ばれるそれらだが、”畏域”へ繋がったものなど見たことがない。


「そうでしょう? ねえ、気づいてないの?」

 困惑気味のイーリスに、呆れたと言わんばかりの溜息が返された。だが、本気で彼には心当たりがないらしいと知り、シトリは額を押さえる。


「ねえ。彼女――夕闇ちゃんは、どこから”異域”へ入ったの?」

「え」

「館の主にも開放出来ないような結界を乗り越えて、泉へ入れるわけがないわ。そもそもあの屋敷、貴方の結界が張ってあるんでしょ?」

「――あ、あ。張って、ある……」

 言われて初めて気がついたと、イーリスは愕然とした。それが役目だったにも関わらず、完全に忘れていた己に。そう、あの泉を封じたのは初代妖皇だ。己の仕業ではない――自分に出来るのは、せいぜいが封じを一時的に弱めることくらい。完全に解いてしまったら、二度と戻すことは出来ないだろう。主である己に気づかせず、己が入るだけの隙間を空ける。そんなこと、誰に出来る?

 もし夕闇に出来るなら。そこまでやれるなら”畏域”へ入ろうなどというところまで思い詰めるはずがない。


「何処かにあるのよ、消えない幻泉が。探さないわけには、いかないわよね?」

「――ああ」

 魔素溜まりでさえ、魔物への変異を引き起こす。そう、人間を妖魔へ変じるほどの魔素溜まりすら存在していた。だが、それが永遠に消えない――あの”畏域”への入り口になっていると人間に知られたら、何が起きるか。


「……蒼夜に連絡を取らないとな」

「そうね。わたしの方も、旅団に連絡をつけるわ。差し当たっては――」

 立ち上がって、くるり。それだけで、シトリは黒一色のドレスを纏っていた。ついでに黒い三角帽子に箒と仮面、そこまで来れば何をする気か嫌でもわかる。どうして今の流れで、と問いかけたりはしない。


「出かけましょ。明日は万聖節(ハロウィン)よ」

「ああ、今夜だったか。遊びに行くって、どこへ行くんだ? 間に合うのか?」

「そんなに遠くないわ。行ったでしょ、移動遊園地が来てるのよ。”興図”で探せる距離のはずよ。衣装も誂えたいし、急ぎたいわ?」

 しつこいようだが、術で作ったものは前触れ無く壊れるのである。だからとりあえずの身支度には使うけれど、街まで降りたら新しく用意するのは、彼ら妖魔共通のお約束だ。もちろんさきほどの手段を使うことも出来るけれど、あれはあくまで自分用の術なので、彼女のものにまで出来るかどうかはわからない。

 そしてイーリスは、”興図”と聞いて渋い顔をした。何しろ昨日、使ったばかりだ。回復してきたとは言え、そうそう連日で使える術式ではない。と、一応それっぽく拒否しておく。アヴィの妖力を利用したから、実を言えば今からでも発動は可能なのだが、疲労は確実だ。一晩遊んでまた帰ってくるのに使うとか、御免被りたいのである。


「ああ、妖力なら私が補うわ。それで足りるでしょ。ていうか、それじゃないと間に合わないわよ?」

「間に合わない?」

「だってここ、私の拠点だって知られてるもの。貴方との関係だって、周知の事実よ?」

 それは暗に追っ手の存在を示していた。慌てたイーリスが周囲を探れば、……宿の一角が奇妙に騒がしく、思わず舌を打つ。


「結界を張るから、”興図”を展開して?」

「やってみるが」

 そういうことなら文句は言えないと、イーリスは頭を切り替えた。だが問題は、移動が間に合うかどうかだ。軌跡は残らないから、いっそ逃げるだけ逃げて、改めて起動しようとかと考えつつも、全開で”興図”を立ち上げる。


「ちょっ……、なにこれ!?」

「何って、”興図”だが……ああ」

 そう言えば”興図”を書き換えられたことは言ってなかったなと、自分でも忘れていたそれを思い出す。自分を中心に広げたそれに映るのは飛空挺とその基地――つまりは、数日前に出て来たはずの場所だ。彼女が知る”興図”は、ここまでの広範囲ではないから驚いたのだろう。そしてそれだけの距離があっても、十分に感知は出来ていた。


「これか?」

「回転木馬ね、ええ、それでいいわ」

「了解」

 二人の姿が掻き消えたまさにその瞬間、障子が開け放たれて。


「逃げんじゃないですよ魔王さまぁぁぁぁっ!」


 届くことのなかった叫び。しかし、もしそれを彼らが聞いていたら、笑い飛ばしたことだろう。

 「魔王が逃げて、何が悪い?」と。


   ※ ※ ※


「んで? 何すればいい?」

 二人きりにも関わらず何も言わないアヴィに、夕闇は苦笑した。まあ、下手に意識されるよりは話が早いので、今はそれでもいいかなというところだ。そろそろ昼に近い刻限のようで、日が高い。流石に直射日光はどうかと思ったので、ちょっとした木陰に転移していることに、アヴィが気づいたかどうか。


「術式はわたしが発動します。あなたは、そこにいてくださいな」

 アヴィに術式を渡すことが出来ても、自力で発動出来るかどうかが怪しい。ということで自分が術に慣れるためにも主導しようと決めたのである。

 発動させた術は意外と易しく、あっさりと成功した。……一応、は。


「なに、これ……めちゃかわいいけど」

「えっと……なんでしょう……?」

 五色で彩られた雀のような小鳥である。朱に偏った色合いであることに気づけば、それが朱雀であることに気づけたことだろう。だが、二人にその気配はない。


「見た目、これでいいけど……目立つ?」

「かなり目立ちます……えっと、たぶん見目は変えられるので……」

 再度、術式を発動させる。大きさはそのままで、身体も朱。しかし羽は黒っぽい、ちょっと珍しい鳥が現れた。二人は知らないが、朱風琴鳥と呼ばれる渡り鳥である。ちなみにこの術式、鳥の種類はイーリスの知識から拝借されている。二人が生みの親だからか、肩に乗り指に乗りと、甘え放題でとても可愛い。こんな可愛い生き物に連絡役が務まるのかと思わず不安になるほどだ。


「まあ、本物の鳥じゃありませんから、喰われたりはしないと思いますが……」

「いや、でも……」

「というか、喰われたらどうなるんでしょうね……?」

「……」

 純粋に鳥を心配するアヴィに対して、夕闇は興味のようだ。だからといってわざわざ実験はしないと確約を取って、アヴィは安堵した。


「ね、アヴィ。この術、書き換えられませんか?」

「書き換えるって?」

 夕闇の考えは、もう一羽を追加してイーリスたちに預けようというものだった。今後、もしかしたら別行動を取るかも知れない。という考えには大いに納得であったので、アヴィも同意した。ただ流石にこのままでは無理だったので一旦解放し、夕闇が再度発動させる。何やら違う鳥になったり、一羽しか生まれなかったりと試行錯誤の末、三羽の朱風琴鳥を生み出すことに成功したのである。

 が、そこで何やらざわつく気配に二人は気づいた。ふとそれを追ったアヴィの視界に、一瞬だけ天籟の姿が見えた。それから、後を追うかのように見知らぬ男が一人。


「――魔王さまを探しに来たみたいですよ、あれ」

「え、聞こえる?」

「それっぽい言葉がときどき。下手に術を使うとこちらが感づかれそうなので、ちょっと怪しいですけど。エレーミアからの追っ手みたいですね」

 まあ、それはそうだろう。”興図”まで使って駆け込んだこの宿に、人間がそうそう簡単に来られるとは思えない。

 まあ元々が追っ手から逃げている身なので、それは不思議でもないだろう。彼らの話からすると、人間ではない方の追っ手の可能性が高い。


「え。イーリスさま……シトリさま!?」

 慌てた様子で彼らがいるはずの上楼に目を夕闇だが、流石に見えない。ただ、彼らの気配が掻き消えた、そのことだけがはっきりしていた。


「逃げましたね……」

 アヴィが口を開くより先に、夕闇はそう判断する。そして、アヴィを抱えて飛び降りた。声が漏れるとちょっと面倒なことになりそうだったので、空いた彼の口を塞いでおくことも忘れない。そしてここばかりは、追跡されると困るので術を使わず、自由落下だ。


「んーっ!?」

 あわわわわと慌てるアヴィに目線だけ笑いかけ、夕闇は呟いた。「ヒハク」と。その瞬間、落下が緩やかになって二人はやがて、静かに地面へと降り立った。


「こっち」

 微かに聞こえた声に夕闇は歩き出す。足音を立てないように、アヴィにも立てさせないように慎重に。そうして迎え入れられた先は、…控えめに言って、納戸のような小部屋であった。


「着替えてー」

 ぽいっと放り投げられたそれは、宿のお仕着せである。訳の分からないまま、アヴィは着替えさせられた。


「これ着とけば、うちの従業員って分かるから。天籟が仕入れに出るから、一緒に行って」

「あ、飛白か」

 拗ねたような声の少女に、アヴィはさきほどの夕闇が呟いたそれが彼女の名だと思い出した。まあ、ますますとその頬が膨れただけなのだが。

 くすと夕闇が笑って、飛白の額に手を伸ばす。即座にそれを跳ね返したのは、反射なのだろうか。


「解かなくていいですー。自分で解くからー」

「わたしが認めないと解けませんよ?」

「別にー、どうせもう、フェネクスさま来ないしー」

「まあこの宿に来るかというと、難しいでしょうね」

 そうなのかとアヴィが夕闇を見る。先の騒動から想像がつくだろうにと夕闇は溜息をついた。


「エレーミアに近すぎるんですよ、この国は。”興図”の使い手も、少ないだけでいますから」

「さっき来たー。今、お部屋に向かってますー」

「……え? いいの?」

 ふ、と唇の端をあげた飛白と、にやりと瞳が笑った夕闇の息が合う。


「想定済みー。シトリさま、頭いいからー」

「あの方の指図でしたか」

「イーリス様たちは行ったー。後はあなたたちがいなくなればー、ここはいつも通り」

 早く行けとばかりに、裏庭へ続く扉が開けられた。張り出した露台の下にあるらしく、上からはまあ見えないだろう。湯殿そのものにのぞき見防止らしき結界も張られているので、それが上手く作用するはずだと夕闇は見る。


「行きますよ、アヴィ」

「え?」

「ここにいたらエレーミアに連行されます。妖魔は気が長いですから、取り調べだけでも数年かかりますよ」

「は!?」

「かかるー。だから逃がすー」

 ちょっとだけ青ざめた気がする飛白が先導するかのように庭に降りた。旅にふさわしいのかどうか分からないが、二人の足下は地下足袋なので、そのまま出歩いても問題は無い。汚れたところで洗浄術を披露するだけだと、夕闇はまたアヴィを引っ張って庭へと降りた。そのまま案内されたのは、荷車やらが置かれた勝手口である。その外に、天籟がいた。


「お、来たか」

「え、あれ? さっきなんかやってなかった?」

「あ、一応な。じゃ、行くぞ」

 飛白がさっさと二人を放り込み、ちょこんとその後ろに着いた。二人は荷車に積み込まれて更には蓆っぽい何かを被せられて、流石の夕闇も一瞬は面食らったようである。


「できるだけ妖力消しておいてくれよ? 後追われたら意味ないからなー」

 昼日中の逃走に追われるも何もない気はするが、そういうことらしい。問題は、当然の如くアヴィにそれが不可能なことである。夕闇がそれを何とかしようと試みたが、やはり主当人ではないためか、生成に歯止めはかからない。精々が自分に集めて漏れないようにする程度が限界だと、早々に諦めた。


「……仕方ない、ですね。アヴィ、これ預かって下さい」

 渡したのは、己の核でもある指輪だ。アヴィはそれを知らないのか困惑顔だが、とりあえず、妖力を吸収する機構は生きているので、応急処置である。現界したての頃に比べれば妖力の生成は抑えられているので、しばらくは凌げるだろうという判断だ。あくまで、しばらくの間だけれど。


「お、うまくやったな。けど顔は出すなよ、それ、一応擬装用の布だからな」

「偽装?」

「今みたいなときのためのな?」

 それは別に、イーリスのためというわけではない。先に夕闇が言った通り、彼の宿はエレーミアにとても近く、シトリが頻繁に訪れることが本国に知られている。知られていると言うことは、シトリに用があるととりあえず、確認に来るということだ。彼女の使う”興図”はエレーミアへの一方通行なので、もし逃げようと思うなら、徒歩か移動術となる。しかし移動術は軌跡が残るので追われてしまう。それならいっそ、ということで創り上げられた渾身の作である。機構はわからないが、とりあえず布を被っている限りは認識されないという仕様らしい。実際、それで幾度か逃げ切っているので、驚威である。


「いいのかよ、俺らがそんなの使っちゃって?」

「シトリさまの指示ー」

「平気だろ。フェネクスさまの”興図”は追えないらしいし」

 そうなのか、とアヴィは夕闇を見た。


「あの方のというより、”興図”がそもそも追えないと思いますよ。同じ地図を展開出来るなら別ですけれど」

 要は”興図”の元となるのが地図であり、その地図を”書き興す”からこそ”興図”と言われるのである。例え軌跡を読めたところで、地図が違えば行き先は重ならない。それだけのことである。


「イーリス様の”興図”、かなり広い範囲を興せますね。しかも本人を基軸にしてますし。全く同じ場所でやれればまだしも……縮尺も自由ですね、これ。とてもじゃありませんが、真似出来ると思えませんよ」

「……お嬢さん。なんで、わかるんです?」

「継承してますから」

 あっさりと答える夕闇だが、実はフェネクスの独自型と、その原型となったらしき”興図”、それに加えてアヴィが編纂した特殊型と、都合三つを所持していたりする。だが、どれも展開は出来なさそうだった。アヴィの妖力を全開で生成させて、その上で自分が彼の身体を使えば可能かもしれないが、身体を得た今、もう無理な話だ。逆に考えると、彼らを探す手段がない。それはどうするのかと問いかければ、乾いた笑いが返された。


「あはは、逃げるための手段だからなぁ」

「シトリさま、適当に他の宿もいくし」

 そりゃそうだよな、とアヴィは頷いた。まあそうでしょうね、と夕闇も理解を示した。

 彼女が逃げるための手段なのだし。行き先を知っていたら、何かの弾みにもれるかもしれないし。そう考えたら、そこまでしか打ち合わせにないのは、至極当然である。

 だが。


「「だからって納得できるか(できません)っ!」

 そうだよねー、と飛白の呟きまでこぼれたのである。

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